知っておきたいカナダのモノ・コト・トコロ 変遷トピック 20|特集 カナダライフBEFORE AFTER

建国151周年目に振り返るBefore After 昔と何がどう変わったの?

 昨年カナダは建国150周年を盛大に祝ったことは皆さんに記憶にも新しいのではないだろうか?国が150年も存在しているのであれば、その歴史の中で人が変わったり、場所も変わったり、考え方も変わったりとしてきた。今回はTORJAが見つけたカナダのBefore & After 20をご紹介。そうだったんだ!なんて新しい発見があるかも。

1.1セント硬貨が無くなって便利に

今ではお目に掛かれないPenny


 カナダでは1セント硬貨が2013年に廃止となった。その最大の理由は、1セント硬貨1枚の製造には1.6セントかかり、流通の中止によって年間約1100万カナダドル(約9億円)のコストが削減できるからだ。さらに、一部国民の間でも1セントは実用的ではないとされていたため、必要性が感じられなくなったのだ。でも実はとってもカナダらしいデザインだった1セント。欲しくなった人は現地の友達に貰えるか聞いてみてはいかがだろうか。

2.スーパーでビールが買えるように

スーパーでお酒を買う時は事前に時間などを確認しておこう


 カナダでは飲酒のルールやお酒が買える場所というのが日本と比べて厳しい。しかしオンタリオ州ではその制度にも変化が出始め、今年の4月には合計で370店のスーパーマーケットでビールやサイダー、場所によってはワインも変えるようになった。しかし、会計の場所が違ったり、購入できる時間が違ったりと言った場合があるので要チェック。

3.歯止めがきかない人口増加


 トロント市によると、2017年におけるGTAの人口は6,346,088人だと発表されている。2000年には4,607,000人だったため、その成長率は約38%と17年間で飛躍的に伸びている。更に、オンタリオ財務省によると、GTAはオンタリオ州内で一番人口増加のペースが速く、2041年までには970万人に到達するとしている。

4.国歌がジェンダーニュートラルに


 カナダでは政府が2010年より検討し、議会に提出していた国歌の歌詞の一部を変更し、性別を問わない内容にするための法案が上院議会で可決されたことが話題となった。国家の具体的な変更点としては「汝の息子すべてに流れる真の愛国心(True patriot love in all thy sons command)」の「In all thy sons command」部分が「我らすべて(In all of us command)」となり、よりジェンダーニュートラルな内容になっている。

5.カナダに日本人が増えてきた

日本とカナダ間にも直行便が増えたのは記憶に新しい


 日本の外務省によると、2008年の在加邦人数は50,201人だったのに対し、2017年には70,025人へと増加した。これは2008年に比べると39%の増加となっており、カナダは在留邦人数においては5位にランクインしている。その内トロントには2017年時点で21,618人がいるというから驚きだ。そんなカナダに住む日本人には是非今月末開催のJapan Festival CANADA 2018にも足を運んでいただきたい(66ページ)。

6.銃事件の急激な増加

危険だと言われている場所にはなるべく立ち入らないようにしよう


 今月の特集48ページでも大きく取り上げた銃事件。こちらはどちらかと言うと今年跳ね上がった数値でもある。2014年には97件発生した銃事件はまだ終わってもいない2018年の現時点ですでに220件も発生しているのだ。より詳しく知りたい方は是非特集ページを読んでいただきたい。

7.Techセクターが強くなってきた

ウォータールー大学でエンジニアリングを勉強する学生が使う建物


 カナダと言えば農業や性ぞ行のイメージが強い中、いま急激に伸びているのがTechセクター。Brookfield Instituteによると特に注目すべきは研究開発費だという。Techセクター企業が90億ドルを投じ、GDPの内7.1%を占めているのだと言う。そしてそのセクターが注目される理由はモントリオールにAIの研究所が置かれたことや、世界でもこの分野でトップのエンジニアを輩出し続けるウォータールー大学の存在があるということも大きい。

8.新10ドル札は縦型&初の黒人女性

紙幣でも多様性を尊重するカナダらしさが伺える ©Bank of Canada


 今年末から流通が予定されている新しい10ドル札が3月に発表された。新10ドル札の注目ポイントは主に2つ。1つ目は紙幣が縦長であること。2つ目は新紙幣に描かれたヴィオラ・デスモンド氏がカナダでは初めて黒人女性として紙幣に載った点だ。デスモンド氏はカナダのローザ・パークスとも呼ばれ、1946年に白人専用映画館を追い出されそうになるも動かなかったことで有名だ。彼女の行動と勇気が今日の多様性豊かなカナダになるまでに大きな役割を果たしたのは言うまでもない。

9.劇的進化を遂げたTTCストリートカー

1889年頃に使われていたストリートカー


 まずは写真を見ていただきたい。馬2頭がトロントで恐らくもっとも古いであろうストリートカーに繋がれている。行先にはNorth Toronto & Union Stationとあるのが見えるのではないだろうか。今にして思うとガスや電気で乗り物が動くのは当たり前だが、この写真が撮られた1889年にはまだまだそういったものは無く、動物の力を借りるのが基本だったのだ。そう思うとTTCのサービスもちょっとは許せそう。

10.マリファナ

日本人としてはマリワナ仕様前に法律をチェックしたい


 当初のカナダデー解禁からは遅れるものの、いよいよ今年10月にマリファナが合法化されることが決定している。トルドー首相の宣言通り、10月に解禁されるのであればカナダは世界で2番目にマリファナを商業化する国となる。自宅で栽培ができるようになったり、18歳以上であればだれでも買え、1人30グラムまでの所持が認められるようになるようだ。しかしここで我々日本人が注意しておきたいのは、日本人としてはマリファナを吸うことは違法になり得るという事だ。

11.先住民族の権利に関する国際連合宣言へ賛成を表明

先住民族の権利についてのニュースにはアンテナを貼っておきたい


 これは2007年の国際連合総会において採択された国際連合総会決議であり、宣言であるため国際法上の法的拘束力はない。この宣言では先住民の慣習、文化と伝統を守り、強化し、先住民の必要性と目標に合わせて発展を続行するために先住民族の権利を強調するという内容だ。総会では143カ国の賛成が得られ、4カ国の反対があった。その反対した国々はそれぞれオーストラリア、、ニュージーランド、アメリカというかなりの先住民族人口を持つ国だった。この時カナダが反対した理由としては、カナダの憲法システムと両立しない条項があり、根本的な欠陥があるからだと当時のインディアン・北部開発相と外相が共同声明を発表した。しかし2010年、スティーブン・ハーパー元首相の下、オーストラリアとニュージーランドに続いてこの宣言を支持する側に回ったのだ。そして昨年9月、国連でスピーチを行ったトルドー首相は先住民諸部族とのパートナーシップのもとにこの宣言を実行していくことを誓ったのだ。

12.ダウンタウンの中心部 Yonge-Dundas Square

今とは違う顔を見せ1948年のYonge and Dundas Square


 カナダのタイムズスクエアとして知られているYonge-Dundas Squareは平日週末問わず常に人がたくさんいる。いまでこそいつ通っても電光掲示板の光があかるく、昼夜がわからなくなるこの場所だが昔は勿論違った。1948年に撮影されたこの写真には当然電光掲示板など映っておらず、今ではすっかりどの建物がどれなのかもわからない。この写真を頭の片隅に置いてYonge-Dundas Squareに足を運んでみたらまたその発展に驚くことは間違いない。

13.地下鉄のマップが大幅に拡大

現在とは違うTTCマップ


 TTCは昨年末にLine 1の延長を完了し、今なおその路線を広げようと毎日工事を行っている。ここで一度昔のTTC路線マップを見ると、何とも貧相なものに見えてしまう。しかしそれと同時に、TTCが今も昔もそのサービスの範囲を広げようと努力している姿にはなんだか励まされるものがある。それに免じて週末のSubway Closureも多めに見てあげて欲しい。

14.Sunnysideの失われた遊園地

1922年に開園したSunnysideの遊園地


 ハイパークの近くにあり、オンタリオ湖畔沿いを散歩やサイクリングができることで知られるSunnyside。かつてここには遊園地があった。この遊園地は1922年にオープンし、メリーゴーランドや当時はかなり早い部類にあった時速90㎞のジェットコースターなどもあった。夏場になると“The Tank”との愛称で親しまれた巨大なプールがあり、TTCが無料ストリートカーを運営していたほど。この遊園地は車がより一般的な交通手段として普及するのにつれて人々が足を運ばなくなり、火災が発生したことも有り1950年後半には閉鎖に追いやられた。しかし今でもアウトドアプールは健在。

15.カナダでも進む少子高齢化


 2017年、カナダ統計局はG7の中でカナダの過去5年間の人口の伸びが最も大きかったと発表した。2011年から比べる人口は170万人増え、その合計は3500万人を越えた。しかし、この人口増加の約3分の2は移民によるもので残りの3分の1が自然増に当たると言うのだ。年間30万人の移民受け入れを進めているということもあり、納得の結果ではある。そしてこうまでしてカナダが移民受け入れを進める背景には少子高齢化がある。

16.歴史的建造物としての価値が高いOld City Hall

まだ使用されていたころのOld City Hall


 1912年に撮られたこの写真はOld City Hallを映したもの。当然周りには現在のCity Hallや戦争で亡くなった方への慰霊碑も置いていないため、言われるまでわからなかった方も多いのでは?この建物は1899年9月18日に開館したもののトロントという街の規模を鑑みてもこの建物では広さが足りないということになり、当時市長だったネイサン・フィリップ氏の下で新しいCity Hallのデザインを世界中から募ることになった。その工事は1965年に完了し、1984年にはOld City Hallはカナダ政府によって国定史跡に定められた。

17.カナダにくる留学生が激増

カナダの魅力的な教育カリキュラムは世界中から人材を引き付けている


 Canadian Bureau for International Educationが2017年に行った調査によると、カナダには2017年時点では幼稚園から大学院まで合わせて494,525人の留学生が存在するそうだ。この数は2010年と比べると脅威の119%増加をしている。中でもベトナム人留学生の流入が盛んで、2016年と比較したところ2017年には89%の増加が見られた。そしてこうした留学生のうち51%はカナダで永住権を申請しようと思っているとの結果も見られた。カナダという国に対する評価の高さが伺える結果になったといえるだろう。

18.150年以上の歴史をもつディティラリー地区


 冬にはクリスマスマーケットが開催されることで大きな賑わいを見せるのがディスティラリー地区。ここは元々ウイスキーの醸造所が並んでいた場所であり、その跡地を再開発し、北米で最大且つ最も保存状態のいいビクトリア時代の産業建築が見られる観光名所として知られている。その歴史はカナダの歴史とは切っても切れない者であり、1837年の開設以来150年以上の歴史を歩んできた。国定史跡に定められているこの場所を歩くだけでタイムスリップした気分になれるのはもちろん、外観はそのままなのにモダンなお店が揃うここは散策にもおすすめ。

19.自治体レベルで強固になっている日加関係

 トロントと相模原市、バンクーバーと横浜市、ミシサガと刈谷市、というようにカナダと日本の間には数々の姉妹都市関係が存在している。中でも一番最初に両国の姉妹都市が誕生したのはブリティッシュコロンビア州のニューウエストミンスターと大阪府の守口市。両都市は1963年4月に姉妹年となってからすでに50年が経過しており、今でもその友好関係はかたい。この二都市を皮切りにほぼ毎年新たな姉妹都市協定が結ばれ、2018年現在72都市が日本とカナダを結ぶ架け橋となっている。更には姉妹州県としてはアルバータ州と北海道、そして友好提携協定ではケベック州と京都府がそれぞれ協定を結んでいる。

20.カナダ国旗の変遷

レッド・エンサインと呼ばれる旧国旗には小さくメープルの絵が見える

メープルのマークのサイドは太平洋と大西洋を意味しているそうだ


 今でこそカナダの国旗といえば、赤と白で真ん中にメープルリーフがある、とすぐにわかるものの、この国旗が最初に登場したのは1965年のことだった。この旗に決まるまでは様々なデザインが提案され、様々な検討がされたのち、やっと決まった国旗なのだ。カナダの歴史では1965年の現在の国旗になるまでの長い間、イギリスの国旗であるユニオンジャックが左上に描いてある旧国旗を使っていた。とは言え、旗に描かれた紋章もしばしば変化があり、1921年からは一部にメープルがあしらわれたデザインになっていった。現在の国旗に決まるまでは9つの国旗デザインを経ているというから驚きだ。