ロイヤルオンタリオミュージアムにて日系カナダ人アーティストによる特別展「Being Japanese Canadian: Reflections on a Broken World」開催


1月31日、トロントのロイヤルオンタリオミュージアム(以下ROM)にて、特別展『Being Japanese Canadian: Reflections on a Broken World』のオープニング・プログラムが開催された。今展示会は、異なる世代の日系カナダ人のコンテンポラリーアーティストの個人的な視点を通して、1941年12月7日の真珠湾攻撃を境に行われた、カナダ連邦政府の日系社会の本格的な破壊に焦点を当てたものとなっている。

 今展示会は、ROMのSigmund Samuel Gallery of Canadaセクションにおいて、白人作家による〝歴史的〟な肖像画や歴史画等の西洋絵画と作品が連なる中、日系アーティストの絵画、インスタレーション、陶器等の作品が語られるべき歴史の一つとして展示されている。

 カナダ連邦政府による日系移民への差別的な政策を実際に体験した日系一世、そして親と祖父母の体験を通して影響を受けた二世、三世などの日系アーティストによる作品は、カナダ連邦政府が過去に数多くの日系移民へ与えた苦痛と、今の世代に残存する人種差別の影響を私たちに熟考させ、本日「カナダ人でいること」とは何を意味するのかというテーマを投げ掛ける展示会である。

 参加作家はリリアン・ミチコ・ブレイクリー氏、デイヴィッド・L・ハヤシダ、エマ・ニシムラ氏、スティーヴン・ヌノダ氏、ラウラ・シンタニ氏、ノーマン・タケウチ氏、マルジェン・マツナガ・ターンブル氏、イヴォンヌ・ワカバヤシ氏と、長年日系コミュニティの一員として様々な試みを行ってきたアーティストが揃った。展示会は、今年2月2日から8月5日まで開催される。

カナダの日系移民の歴史

 カナダ政府の日系社会の本格的な破壊は1941年12月7日の真珠湾攻撃を境に行われた。第二次世界大戦中の1942年2月、カナダ政府は防衛地帯と指定した西海岸から100マイルの地区への日系人立ち入り禁止令を発令し、日系移民はIDカードの所持が強制され、夜間外出禁止令が発行、令状なしの家宅捜査を行い、所持物は押収された。

 日本人の血が流れる者全ての移民を強制的に立ち退かせる政策が施行され、ブリティッシュ・コロンビア州で暮らしていた日系人をカナダ全国に分散させようとする分散政策が強行された。「敵国人」と規定された日系人は、48時間以内の退去命令で家族は散り散りに引き離された。政府に抵抗した者は、カナダへ不忠誠な者とみなされ、オンタリオ州の有刺鉄線と監視に囲まれた戦争捕虜収容所に送られた。

 1942年11月までに約2万2千の日系人が家を失い、強制移動し、約1万2千人の日系人がブリティッシュ・コロンビア内陸部の収容所に送還された。

 1945年、カナダ政府は日系人をブリティッシュ・コロンビア州から完全退去させるため、日系人にロッキー山脈以東への移動か日本への送還の二者択一を迫った。

 当時、日本が敗戦により極度な経済的疲弊に陥り、原爆の投下が伝えられていた時期であったが、1946年にカナダ政府は日系人を日本に送還させる政策を実行した。送還は計5回実地され、1946年3月の労働省のデータによると約4千名の者が送還された。

 カナダ政府はドイツ系、イタリア系移民に対して強制収容や送還政策を行っておらず、日系人移民のみに政策が適用され、カナダ政府が日系人を「敵性外国人」として差別していた。

作家テリー・ワタダ氏の朗読とロン・コーブ氏による華麗な演奏

 オープニング・プログラムでは、ROMの局次長であるジェニファー・ジェニファー・チャイコウスキー氏、副総領事のサトシ・オミナト氏、共同館長のカテリーン・ヤマシタ氏が挨拶を述べた。ゲストには日系カナダ人の作家、劇作家、詩人、漫画家のテリー・ワタダ氏と、グラミー賞受賞者の国際的フルート奏者と作曲家、ロン・コーブが招かれた 。

 昨年、第二次世界大戦時のブリティッシュ・コロンビア州における日系人の強制収容に関する小説、“The Three Pleasures”を執筆したワタダ氏は、19歳の頃に両親から日系人移民が「敵性外国人」として差別され、カナダ連邦政府による強制収容や送還政策強行を体験したことについて知らされるまでその実態を知らなかったという。当時の非道な体験をした者の数多くは「再度同じ目に合うのではないか」という恐れから長年、体験について語ることがないというのも、カナダ連邦政府による不正が日系コミュニティへ与えた影響の一つである。ワタダ氏は、「芸術のみが美と惨事を表現することができる」とスピーチで述べ、戦時中、そして戦後にも存在した日系コミュニティに属する者間の繋がりの重要さについて強調し、小説からの抜粋の朗読を行った。

 日本で「フルートの貴公子」として知られている日系カナダ人アーティストのコーブ氏は、多様な文化の曲を書き、様々なジャンルの音楽・管楽器に精通していることで知られている。2015年にアルバム『Asia Beauty』で第58回グラミー賞の最優秀ニューエイジ・アルバムを受賞しており、物語のテーマにことづいた標題音楽を製作し、彼の数多くの作品は日系祖先の探求とアジアでの豊富な旅行体験に基づいている。オープニングの夜は、記念すべき日系カナダ人の歴史を伝える展示会の幕開けとして、コーブ氏の日系移民である母のエピドードを語り、ファンなら馴染みの深い「東海道」や「村時雨」などのメロディーを奏で、「コルドバ」の軽やかなフラメンコのリズムで演奏を締めくくった。

 オープニング後、展示会は訪問者で溢れ、日系カナダ人の歴史に関する書籍が設置されるコーナーで 書籍を手に読み込む者の姿や、作品を見ながらあちらこちらでアーティストと共に議論を交わす姿が見受けられた。

 群衆の中でも一際目を引くキャッチーな赤いスパンコールのドレスに身を包み、『となりのトトロ』のマスコットバッグを抱えたアーティストのローラ・シンタニ氏は、“Emissaries of Mission 42”という、人の手助けを経て元いた場所に帰還するというインタラクティブなプロジェクトを行っているアーティストである。

 彼女の作品の一部であるガラスケース内のインスタレーションに手を伸ばし、マスコットの姿勢を〝正す〟姿もあった。日本のマスコットから着想を経たという、彼女らしく「日系カナダ人のマスコット」である愛らしいインスタレーション作品は、だるまのように片目のみが黒く塗られており、まだこのプロジェクトの目標が達成されていないことが示されている。頭の結び目は、過去の歴史を忘れないようにという意味が込められているそうだ。

 白人入植者の作家よる作品群が並ぶ中、日系カナダ人アーティストの作品が展示されることの意義について伺うと、「私は人と人を繋げるインタラクティブな作品を作ろうとチャレンジしています。この空間に私の作品が展示されることは素晴らしいことですが、それはここが〝理想的〟な空間とは言えないからです。完璧な場所というのは存在しませんから」と答えた。

 そして、日本の美意識である〝わび・さび〟を引き合いに出し、「完全なものには不完全なものが要素として含まれています。この作品が空間にフィットしないという事実が、この作品に適していると言えるでしょう。そのような状態にあるからこそ、アート作品は効果的なのです」と述べた。

これからのカナダの日系人社会

 現在、カナダで暮らす日系人の数は約11万人であり、すでに5世の時代を迎えているが、過去にカナダ連邦政府が日系移民に強行した強制送還、所持物の押収や強制収容などの迫害について語られる機会はまだ少ない。

 もし、今の世代を生きる私達がカナダで表立った差別を体験したことがないとしたら、それは1988年4月に500人の日系一世と二世がオタワ国会議事堂前までデモ行進を行ったからであり、数多くの日系人がリドレス(不正を正す・補償の意)運動を行い、カナダ連邦政府が日系人に対して行った不当な仕打ちを認めるよう要求した結果、補償問題の合意が実現し、人種関係資金の設立や戦時措置法の改正など、カナダの日系社会への償いが行われたからだということを忘れてはいけない。