世界でエンタメ三昧 #30 モバイルゲーム海外開発の終焉と次の時代に向けて

モバイルゲーム海外開発の終焉と次の時代に向けて

モバイルゲーム企業、欧米展開の終焉

16年10月、僕個人にとってはとても大きなニュースがありました。DeNAが米国子会社を解散するというものです。ちょうど6年前の2010年に、DeNAはngmocoという当時サンフランシスコで最先端にあったモバイルプラットフォームを4億ドルで買収しました。日本のモバイルゲーム市場が倍々ゲームで伸びるなか、その成功を米国に「移植」させんと各社が気炎をはいていた時代です。続くGREEもまたOpenFeintを買収し、10社、20社と続々とモバイルゲームの会社がサンフランシスコにのりあげていったのです。当時まだ人材業界で海外展開に突当りを感じていた自分はゲーム業界を羨望のまなざしで見つめており、勢い込んでDeNAの門戸を叩いたきっかけにもなったのがngmocoでした。

縁あって13年末からバンクーバーに行ったころはそうした喧騒はひと段落しており、各社拠点を出したものの思うように結果が出ず、14年・15年と続々と撤退を表明していく中、DeNAは最後の砦のようにアメリカで開発を続けていました。その拠点がついに閉鎖、、、というのは、一つの時代の終わりを感じさせる象徴的な出来事なのです。初めて11年末にサンフランシスコに出張したときのワクワクと緊張は今でも忘れませんし、英語がわからず惨めな気持ちで食べたチーズケーキファクトリーの味も忘れられません。あの拠点を多くの人が通過して経験を積みながら、今はそれぞれ違う世界で活躍していることも、郷愁感をより濃くさせます。

まさにゲームバブルの喧騒と興奮から5年、結局は「同じような失敗パターン」と「小さな成功の兆し(でも海外展開時の期待値を大きく下回るもの)」だけが残りました。IRでわかる範囲&ざっくり丸めるとDeNA・GREEの二大企業はそれぞれ5年間で3〜500億円程度の買収資金を投じて、200億の運営赤字を出しながら、モバイルゲームで7〜800億円程度の売上を出してきました。両社とも投じたキャッシュが、ようやく同じ規模の売上をつくってTop10には入ったものの、完全な赤字。経営努力で赤字幅は削減できても、売上の伸び(=ヒットできるゲームづくり)がつくれず、縮小均衡もしくはDeNAのように撤退、という結果が今回の判断に至ります。

戦略と戦術、捉え方と動機で分かれた中国と西欧

好きな言葉があります。「素人は戦略を語り、プロはロジスティクス(調達・生産・販売など戦術にあたるもの)を語る」。あの時我々が欧米展開時に語っていたのは、まさに「戦略」でした。どういうプレイヤーがどんな攻め方をして、市場にはこんな隙間やチャンスがある。机の上にマップを広げて、集めうる情報を集め、全体を俯瞰しながら進むべき道を示すのです。でもそれは企業としてやるべきことの5%。残りの95%は、優れたチームを作り、その道の正しさをチームに信じてもらいながら、必要な調達・生産・販売のビジネスプロセスを磨き続ける、まさにロジスティクスなのです。もちろんそれもやっていました。

やっていましたが、あまりに現地の働き方・文化・クリエイティブのあり方に造詣が乏しく、熱意と論理だけでなんとかしようとしすぎた感は否めません。日本人としての限界を皆がうすうす感じながら、到底埋められない文化や育ちのギャップを、素地としての優秀さだけでカバーしようと躍起になっていました。5年間でプロは育たなかった、というと言いすぎかもしれませんが、言葉の壁・育ちの壁があって、僕自身も含め、プロになるにはあまりに日本に長く居すぎたなと感じます。

コロンブスを先駆けに新世界にむけて大航海時代を切り開いた西欧諸国、当時はそれらを歯牙にもかけない規模で圧倒的な存在感を示した国があります。中国です。コロンブス達が2、3隻の小舟で100人単位で命からがら航海していた時代に、明朝永楽帝の命を受けた鄭和は200隻の船と2万7千人を擁して、インドからアフリカまで30か国にわたる「大航海」を挙行していました。当時の西欧と中国には圧倒的な技術力・知識の開きがありました。豊かすぎるほど豊かだった中国は、各地で収奪する必要などなく、各国をまわっては珍しいものを各国に贈与したり、面白いものを持ち帰ったり、交流を旨とした展開をしていました。

ではなぜ弱小西欧がその後繁栄し、強者の中国が没落したのか。両者の違いを明確にわけたのは「海の捉え方」です。それまでは海は「陸の代替手段」でしかありませんでした。地域的な併合は陸を通して軍隊を送り「面で占領する」ことで行われます。ただ海の時代に入ると、港湾のポイントとなる「点を占領する」ことができれば、相手のアクセスを遮断することができ、占領状態を作り出すことができます。陸路では到底たどりつくことができないポルトガル・スペインのような国が、海を通して拠点をおさえに行ったのに対して、陸路で天下を睥睨していた中国にとって、海は「廉価で物流できる交通手段」でしかありません。まして当時の世界GDPの過半近くを占めていた中国にとって、あえて貧弱な国々を占領したり統治するメリットなどありません。サイズや発展度においては圧倒的な違いがあった西欧と中国ですが、「考え方の進化」をできたかどうかで、その後の命運が分かれたのです。この10年のGoogle/AppleとSonyを分かった理由にも通じそうな話です。

もう一つは「動機」です。こんな大規模の鄭和の大梯団も「永楽帝」という皇帝一人のみに紐づいた展開でした。鄭和の持ち帰るもの・土産話も「永楽帝にレポートするに値するもの」に焦点があり、あくまで中国視点のものでしかありません。しかし西欧諸国にとっての海外展開は「サバイバル&収益」です。儲かるはずの胡椒が、陸路を中東の商人に独占されていたので、海にしか道はないと各国の国王から皇帝から富裕層がやっきになって「投機」したのです。1/4の確率で死亡・沈没・漂流するような危険な航海もROIが10倍以上になる約束された商品市場によって、連続的に資金が集まり、特定の個人ではなく恒常的な流れとしての「大航海時代」に広がったのです。

海外展開がトップの1人に依存するものでないかどうか(海外展開の動機が組織DNAに移植されているかどうか)、展開と領域獲得について旧式の考え方に基づいていないかどうか(物理的な制限のある空間・商品を面で抑えるのではなく、無制限のデジタル空間において人の交流分岐点となるポイントを点で抑えられるかどうか)、そんなことを常に自分に問いかけながら出張先のマレーシアで記事をかいている今、ドナルド・トランプの大統領が決まりました。まさに今日、100年は言い過ぎですが四半世紀くらいでの歴史の分岐点にいるのだなとしみじみ感じ入ります。



atsuo-nakayama中山 淳雄
Bushiroadシンガポール法人COOとして日本コンテンツの海外展開に取り組む。リクルートスタッフィング、DeNA、コンサルを経て、直近バンダイナムコスタジオでバンクーバー、シンガポール、マレーシアで会社設立・新規事業展開に携わり、現在 に至る。東大社会学修士、McGill大学MBA修了。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。