世界でエンタメ三昧 #38 ~新日本プロレスと興行ビジネス~

~新日本プロレスと興行ビジネス~

「衰退」しているスポーツ産業

リングロープをつかって飛び膝を入れると、血汗が飛沫となって飛び散る。コーナーポストからバク転で場外にいる相手にボディアタックをしては、コンクリート床にもかかわらず柵ごしに脳髄キック。表情をしわくちゃにして痛がったかと思うと、途端にけろっとした顔で攻撃をかわしては立ち上がる。なんともダイナミックなスポーツである。4対4で小さくなったリングを縦横無尽にかけまわり、ときには1対1のタイマン戦でも飽きさせることなく60分戦い続ける。私はプロレスはおろか格闘技と呼ばれるものに触れたこともなく、正直こうした観戦自体もブシロードに入るまで、まともに経験したことがありませんでした。それが隔月でプロレス、MMA、Kickboxingの試合をみるようになり、最近はすっかりと虜になってしまっています。

第29回でスポーツビジネス市場、第32回でスポーツ放映権について取り上げてきましたが、米国の10分の1にしか満たない日本のスポーツ市場の現状については、まさに現在ブシロードとしても日々痛感している課題です。プロレス世界一のWWEの売上約800億、総合格闘技世界一のUFC売上約400億、それに対して新日本プロレスは約40億円弱、キックボクシング団体となるとさらにまた一桁落ちるのが現状です。興行やグッズの販売という意味では遜色ないものの、やはり放映範囲の広さと放映権料・ライセンス料での収益さはいまだ埋めがたい大きな差となっています。

最近は2020年の東京オリンピックにむけて、またDeNAの横浜ベイスターズや弊社の新日本プロレスなどの「スポーツ分野での経営成功事例」なども生まれてきたことで、スポーツビジネス自体がフォーカスされ、「産業」として目されることが増えてきました。ただ、ここで忘れてはいけないのは、「スポーツの経済産業規模は全体でみればここ20年で衰え続けている」という事実です。90年代のバブル後の企業スポーツスポンサーの終焉、スキー・ゴルフブームの終焉などでグッズ売上・施設売上などは基本的にずっと下降曲線を描いているのです。図1をみれば、スポーツジャンル全体で1.4兆円から1.1兆円に減少、この中で唯一増えているのが全体の数%にしか満たない「興行」だけなのです。

若年人口減少、メジャースポーツブームの減退、可処分所得の制限からくる娯楽出費削減、いくつかの要因が積み重なって、「スポーツを見に行く」以外の要素はすべて市場規模を落としました。マスの浮動層ではなく、本当に各スポーツが好きな人しか残らなくなった群島型の市場になったともいえるでしょう。

世界二位の興行大国、勝ち組だけが成長している

第34回で音楽市場がライブ(=興行)に大きく収益の舵をきっていることを書きましたが、スポーツジャンルについても全く同じ状況なのです。21世紀初頭はコンテンツの消費形態がマスチャネル・アナログから、パーソナルチャネル・デジタルに不可逆な変革を遂げており、まさにそれに適用した進化ができる産業のみが、新たな成長の萌芽をみせはじめたのがこの5年間、といえるでしょう。

日本は世界で2-3位を争う興行大国でもあります。日本スポーツ界の年間動員数(会場に足を運んで観戦する人)でいえば野球(↑)>サッカー(↑↑)>ゴルフ・相撲・プロレス・ボクシング(↓)と、二極化が進んでおります。野球は80年代の1500万から増え続けて、ついには2500万人規模となっています。二番手サッカー・Jリーグも93年の300万人から直近は1000万人弱に至り、かげりをみせません(図2はJ1のみの数字)。この2つの競技は世界各国の有名リーグと比べてもひけをとらず、図2でみると野球は世界2位、Jリーグは世界13位(ただあくまで興行での比較なので、放映権料などの差で総合収益力にはいまだ格段の差がありますが…)。


それに対して他の競技は実はちょっと厳しい状況。相撲・男子/女子ゴルフ・プロレス・ボクシングなど、100万人規模だったスポーツは軒並みこの20年で半減に近い減少をしており、ちょっとカテゴリーは異なる興行ではあるものの競馬・競輪・競艇・オートレースなども急激に視聴人口を減らしています。興行全体が盛り上がっているというよりは、興行の勝ち負けが明確に分かれるなかで、勝ち組の成長幅が上回っているというだけの状態なのです。

興行の成長ヒントを握っている新日本プロレス

97年のピークでプロレスの年間動員80万人強(主催者発表値推定)から6年で半減し、そのままなだらかに2010年ごろまで下降曲線を描いていたのがプロレスなのです。そうしたプロレス業界においてアントニオ猪木が設立し、すでに45年の歴史をもつ新日本プロレスがいま老兵が急転したような復活をみせているのが今回のメインテーマのお話です。

ブシロードが2012年に買収後、売上は3倍以上に増えており、今期2017年度にはさらに売り上げを伸ばして、97年のピークに近い売上の年間37億円まで伸びる見込みです。実に5年で4倍弱の急激な回復なのです。競合プロレス団体の売上推定値はFY06-08年はむしろ新日本を上回っていましたが、そのまま下降を続けました。業界全体が回復したわけではなく、経営の方針転換による純然たる「新日本プロレスの復活」なのです。

最近プロレスが流行っている、という感触はところどころに持っている方もいらっしゃるのではないかと思いますが、一般の方々がそう感じるというのは相当な変化が起きている証拠です。そもそも人気があって視聴者も多かったものが「内部分裂(オーナー猪木との確執・業界暴露本)」「総合格闘技等への人材流出」などで急激にファン離れを起こしたのが2000年代の話です。それが、2005年からのユークスにオーナーが変更になったことで「企業組織化」し、基盤がかっちりとつくられ質としては安定したものになったところで、ブシロードのメディア力で失望していたファン達の間で大きく発火したというのがストーリーです。

興行の世界は想像しているよりずっとシンプルで、来場者数×客単価=売上です。モバイルでいえばDAU×ARPPU=売上。来場者数を増やすために、自社が得意とするTV・交通広告などのオフラインメディアのプロモーションを使って垂直立ち上げをし、テレビ朝日・アミューズ社などメディアに関わる強力なパートナーとの提携を強化しています。オカダ・カズチカ選手のようなスターをフォーカスし、試合の質をあげることでリピーターを呼び込みます。そこに客単価をあげるための、ブシロード社で展開してきたイベント事業の運営力、商品ラインナップの拡充・販売力などが底上げをしているのです。ここの詳細は『新日本プロレスV字回復の秘密』(2015年、KADOKAWA)を読んでいただければと思います。

プロレスの面白さはなんといってもその各選手のキャラクター性にあります。誰一人として「同じ選手」がおらず、キャラ立ちできるかどうかがフィジカルな強さとともに非常に大事なポイントでもあります。「キャラクタービジネスは、株式投資と似ていると思います。目立たない銘柄を発掘して権利をとっておき、アニメやゲームでブレイクしたら世に売り出す。キャラクターに売買という言葉を出すのは気が引けますが、成長のタイミングを見計らって仕掛けるという意味で似ているところが多いです」(木谷発言、前著より)という言葉に表れているように、ユーザーのあたたまり方をみて、即座にメディアを使って仕掛ける。スポーツ事業自体がサッカー、フィギュアなど近年のブームをみると、キャラをベースとしたエンタメビジネス化している、と強く感じます。

興行、そしてその先の海外市場

国内向けには興行の積み上げ、いわゆるサービス業としてのオペレーションの巧みさを練り上げる動きが必要な反面、労働集約的な「興行」は地域的な拡販には弱点があります。そこで効いてくるのが「デジタル化と海外化の仕掛け」です。

「新日本プロレスワールド」という月額999円で見放題の動画視聴サービスを展開しており、現在5万人を超える登録者を数えております。すでにそのうち海外視聴者は1万人を超えており、直近の新規登録数はむしろ海外のほうが多いくらいです。なぜかといえば、それはやはり定額視聴に慣れた海外視聴者&地理的に離れた場所にいる視聴者のほうが、そこにプレミアムを感じて登録してくれるからです。さらに新日本プロレスが海外化しやすい有利な状況は、その選手構成にあります。すでに日本においても登録選手の1/3が実は外国人。海外公演にはこの比率をひっくり返せば、そのままローカライズ化したコンテンツになりえるのです。

この7月1・2日、初の単独ロサンゼルス公演を行ってきました。かなりの席数を用意したにも関わらず、なんと発表後「2時間」でチケットがソールドアウト。これだけアメリカのユーザーが日本のプロレスに期待し、心待ちにしていてくれることの現れといえるでしょう。その結果としては…この動画視聴への登録数が急激に伸びるという結果に表れています。スポーツビジネスにとって「興行のキャラクタービジネス・エンタメ事業化」「デジタルによる地域的拡販」は21世紀型の新規のビジネス両輪になりえる存在です。おそらくは現在日本において、もっとも海外化に向いているライブコンテンツとしてのプロレス、これからの動きは必見です!



atsuo-nakayama中山 淳雄
Bushiroadシンガポール法人COOとして日本コンテンツの海外展開に取り組む。リクルートスタッフィング、DeNA、コンサルを経て、直近バンダイナムコスタジオでバンクーバー、シンガポール、マレーシアで会社設立・新規事業展開に携わり、現在 に至る。東大社会学修士、McGill大学MBA修了。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。