海外で活躍する方法
日本で起業するのと海外で頑張るのは大きな差がある。それは自分の能力の発揮の仕方とそれがどう評価されるかわからないからである。日本ならば民族を通じた阿吽の呼吸があるが、それがない海外での活躍の秘訣を考えてみたい。
イチロー選手が大リーグで3000本安打を記録した。数多くの日本人プロ野球選手が大リーグに挑戦してきたがここまで粘り強く頑張った選手はいない。ストイックで地味ながらも自分のスタイルを磨き上げ、こつこつ積み上げてきたその努力には称賛どころか、畏怖の念を抱かせる。
多くの優秀なプロ野球選手が大リーグに挑戦しているのに短い選手生活で終わり日本へ帰国を余儀なくさせられている。日本人選手の場合は日本で脂が乗り切っている時に大リーグに転身するため、どうしても活躍できる期間が短くなるというハンディがあることも事実である。だが、折角の能力を十分に出し切れずに帰国する選手も多いのではないだろうか?
海外で活躍する人はスポーツ選手だけではない。ビジネスパーソン、文化、芸術関係の人もいるし、公務を通じて世界各地で活躍する人もいる。その中で光り輝く人と芽が出ない人がいる。その違いは何だろうか?カナダで24年間業務に携わった経験を通じて海外でどう頑張ったらよいのか、思うところを記してみたい。
まず挙げたいのが国際感覚だろう。情報化社会ゆえ、表面的なルールやマナー、振る舞い方については多くの人はずいぶんスマートになったと思う。20年前には日本人の団体旅行客のマナーの悪さには外国に住む同じ日本人として恥ずかしい思いすらしたが、日本人も海外旅行慣れしたのかこれは大分改善した。だが、国際感覚とは「地球の歩き方」で覚えることではなく、バランス感覚をカラダで覚え、自然な態度をとるようになることだ。
最近この癖がついているせいか日本でエレベーターに乗っても女性の方を先に降ろしてあげるのだが、頑なな女性と譲り合いになりすぎてドアが閉まってしまったことがある。笑い話だが、日本の国際感覚がユニークである一面とも言える。
次に日本人は海外生活を日本人から学ぼうとする傾向が強い。駐在員の多くは社内版海外生活ガイドや前任者からの生活の引継ぎで多くを吸収しようとする。私もかつて駐在員の身分だった際には分厚いガイドを作り、今では不要になった運転免許の教本の日本語版まで作ったことがある。
その時は気が付かなかったが、今考えてみれば日本人が日本語で提供する海外生活ガイドそのものが良否の認識枠を決定づけ、そこからはみ出すことがなくなってしまう悪い教本であった気がする。郷に入れば郷に従えとはよく言ったものでその国について社会なり、ビジネスなり生活をローカルの人から直接聞き、感じ取り、徹底的に叩き込むことが海外に於いて成功する秘訣ではないかと思い直している。
私はカナダに一人赴任した初めての夜、当地のユダヤ人コンサルタントと二人でワインを2本空けながら不動産開発事業のイロハ、市役所の許認可申請のABC、市議会構成メンバーの各人の特徴を叩きこまれた。すべてが新しい情報だったこともあり、それだけ酒を飲んだにもかかわらず今でもその夜の会話はよく覚えている。
但し、多くの海外慣れによる失敗もこのあたりに見出すことができる。ある程度言葉がわかり、ある程度海外経験をすると外から聞こえてくるなるほどと思わせるローカルの論理的な説明に多くの日本人は引っかかってしまうのだ。「そうよねー。」「ローカルの人の話はやっぱり説得力があるね」と。
私もこれで騙された。ローカルの人は無知な日本人に自分の考えを押し付け、あたかもそれが当たり前であるような説明を見事に展開し、多くの日本人は感動すら覚えてしまう。
海外では質問の解は無限にあると考えてよい。ディベートで育った彼らにとって全ての主張が正しいのだが、それをどうプレゼンし、第三者を説得するか、これがキーなのである。つまり、我々日本人は自信たっぷり大げさに説明されるその真意を見抜き、自分が求めている解なのか見定めなくてはいけないのだが、これがなかなか難しい。
冒頭、イチロー選手の話を持ち出したのは他でもない。私が見るイチロー選手の偉大さは大リーグの中で体の小さい彼が最大限活躍できる方法を考え、技を磨き抜き、ニッチな能力で大リーグを翻弄してきた点にある。自分の進むべき道を信念と自信をもって確立し、ヒットの職人として日々100%のチカラが出せるように調整し続けてきた。
海外でもぶれないとはこういうことではないだろうか?海外で活躍するとはその道のプロとして磨き上げた能力や技術を海外というステージで如何に水平展開し、末永く成長することができるのか、ここにキーがある。それは決して海外のやり方にすり寄るわけではなく、日本のやり方に固執するわけでもない。TPOにあった最適解を自分の経験から見出し、信念をもってそこに突き進むことが成功に繋がる秘訣ではないだろうか?
海外にいる日本人が一人でも多く、成功のカギを掴んでくれれば同じ海外で働く日本人としてこれ以上嬉しいことはない。
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。