トランプ大統領のアメリカ
2016年11月8日、アメリカ人にとっても世界の国々の人にとっても再び起きた想定外にあたふたした。英国のEU離脱の国民投票のサプライズに並ぶ2016年度のトップニュースだ。何故、こんなことになったのか、後付けの解説はいくらでもできる。それよりも人々が何故、大方の予想を覆す選択をしたのか、そこに今後の世界を占うヒントが隠されている。
私は今回のアメリカ大統領選挙を予備選の時から注目し続けた。そこでは数々の起こりえない事態が発生した。民主党ではサンダース氏という伏兵にクリントン氏はずいぶん苦労した。共和党は候補者乱立の中、いつの間にか消えた名前は数知れず。その多くはトランプ氏の暴言にあえなく退散した人も多いが、注目すべきはブッシュ氏でさえ、その前哨戦で予選落ちしたことだろう。
選挙戦序盤で明白になったのはTPPをほぼすべての候補が反対するというアメリカ新時代の発想である。これを保護的スタンスと理解するのは正しくないかもしれない。日本がかつてバブル崩壊後、本業回帰として海外の事業を引き払い、派生ビジネスを売り払い、メインビジネスまっしぐらになった。アメリカが今望んでいるのは正に「本国回帰」である。巷に言う保護貿易主義とは若干違う。では日本は本業回帰してどうなったかといえば企業は活力を取り戻し、自己資本が高まり、現預金を持ち、M&A攻勢を展開した。アメリカも同じことを考えている。トランプ氏は企業の体力を取り戻すことを重点課題としているが、これが本気で展開されればアメリカは超強大な国家に変身できる素養を持っている。
TPPが必要ないというのは内向き姿勢というより、そんなもの無くてもアメリカはやっていけるという自信と受け止めている。NAFTAもそうかもしれない。紛れもなく強いアメリカを目指している。もちろん、空回りしないか心配ではあるが。
彼は剛腕な大統領になると思っている。理由は彼がビジネスを通じて培ったディール巧者だからだ。カードゲームではどんな手持ちカードを見ても感情を表さない。トランプ氏の暴言も強い言い回しもこれは「トランプゲーム」だとみている。その際どい言葉をそのまま鵜呑みにしたら本音と建前を読み違える。
ではカナダや日本に住む我々はどう対処したらよいのだろうか?
キーワードはトランプ氏は政治家ではなく、ビジネスマンだということである。ビジネスのシーンで最後に取りまとめる時を想像してもらいたい。一方はサービスなり商品を満足する形で受け取り、一方は代金を貰う、つまり、ウィン・ウィンである。これをベースに考えると目指す国づくりとはアメリカをより魅力的な国にして、そのアクセス料金はもっと高くなる、ということだろう。アメリカを太らせるには外国からむしり取るしかない。
カナダはどうすべきか?アメリカに緊密で双方の利益になるよう訴え、ディールするしかない。幸いにもアメリカはインフラなどを拡充し、資源産業にも追い風が吹くとみられている。あとはカナダがどれだけのプレゼン能力を持つかにかかっているのではないだろうか?
東アジアの防衛についてトランプ氏は撤退だとかカネを払えと言っている。これは本心に聞こえる。何故ならアメリカは東アジアでは食えず、赤字の元凶だからだ。同様に中東への関与も下がるであろう。身にならないカネは使わない、それだけのことである。
トランプ氏に人気がある理由は実にアメリカ的なストレートな意思表示にある。彼がTV番組「アプレンティス」でお前は首だ!という決め台詞にアメリカ人は刺激を受け、盛り上がった。トランプ氏が今、その言葉を向けたい相手はオバマ大統領かもしれない。それは過去8年で作り上げた炬燵の中で成熟社会を愉しむセミリタイアのアメリカという弛緩した社会への挑戦である。人々はSNSで心地よさを享受したが特に若者社会では厳しさへの忍耐からは遠ざかっていた気がする。
アメリカではこの5〜6年、政治不信が強まり、いわゆる二大政党に対する反発として政治に興味を持たない人が増えている。トランプ氏は形の上では共和党だが、実態は無所属新人も同然、且つ、選挙後半は共和党からも支持を得られず、選挙戦最終日は一人で演台に上がり、演説をぶっていた。選挙ではその無党派層を刺激し、票読みが出来なかった可能性はある。
このシーン、小池百合子氏が都知事に当選したケースとそっくりではないか?とすれば共和党とは近いうちに和解するであろう。そして小池塾のごとく、トランプシンパも続出するかもしれない。そのためにもトランプ氏としては分断された国家を来年1月の就任までに再び縫い合わせる努力が最も重要な準備作業となろう。
くれぐれも言っておくが、トランプ氏は政治をするわけではない。議会で演説するのも外交交渉も国内向けの新しい政策もビジネスなのである。そこを混同しないようにしないとトランプ大統領を理解する第一歩目を間違えるだろう。
最後に、トランプ氏にしろ、英国のEU離脱の選択にしろ、人々は今、既存の社会システムに違和感を持ち始めている。クリントン氏のようなマネーが絡み合った政治屋は国民からNOを突きつけられた。EUという我慢を強いる枠組みにも英国はNOを突きつけた。この流れは世界のあちらこちらで起きている。北アフリカの春もその一環だった。イスラム国に参加する若者もそうだろう。世界で大きな潮流が沸き起こっている。ユーロや中国共産党、北朝鮮の崩壊といった想像を超える事態すら起きないとも限らない。トランプ大統領の誕生はその一幕に過ぎない。
了
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。