揺れる世界の中のニッポン

世の中トランプ大統領一色である。その次に英国のメイ首相だろうか?先が読めない不安感が世界を襲うが、世界は何処へ、そしてその中で日本の姿をどう捉えるべきか考えてみたい。

okamoto1703
トランプ大統領もよくもこれだけ話題を提供してくれるものだ。テロ対策の一環として一部の人への入国制限とは分からない訳ではないが、広く国民一般に納得させることができるかといえば否である。では、トランプ氏はなぜ、国民から多くの反発がある中でも強硬な姿勢を崩していないのかといえば民主的で日和見的で軟弱な政権運営への否定ということに尽きる。

同じことは英国のメイ首相にも言える。正に「鉄の女、サッチャー」の再来を思わせる強さは英国のEU離脱に向けたぶれない指針を打ち出している。これはトランプ大統領に通じるものがあり、意に反するものは何が何でも受け付けない太く貫くものを持ち合わせていると言えよう。

世界を見渡せば似たような強さを持つ国家元首は他にもフィリピンのドゥテルテ、中国の習近平、北朝鮮の金正恩、ロシアのプーチン氏らがすらっと頭に思い浮かべられる。そして次の目玉が春のフランス大統領選挙である。

同国の大統領選で第一回目投票では極右のルペン氏が第一位当選するとみられている。第二回目投票でルペン氏が勝つ見込みは薄いとされるもののルペン氏はEU離脱国民投票や共通通貨ユーロを止め参加国の通貨バスケット方式にする案を政策に掲げている。同様にオランダやドイツ、イタリアを含め、欧州全般に広がっていた心地よい民主主義のぬくもりは急速に薄れ、すきま風が吹く予見しにくい世界が生まれつつある。

民主主義全盛期に何が問題だったのだろう?

私は情報の透明化を梃にした「薄い連携と所属意識の価値観」の反動ではないかと思っている。言い方を代えれば「反フェイスブック現象」とも言える。人々はつながる喜びを感じ、行動する勇気を与えられた。アラブの春はその典型である。世界の多くの人の生活は緩い連携や見えない糸でより広範なアクセスを持てるようになっている。

スターバックスの長テーブルで皆と同じようにノートパソコンを持ち込み、白いイヤフォンをし、コーヒー片手にパソコンとにらめっこする空間を「同質感の共有」として喜びを持たなかっただろうか?フェイスブックやツイッターで人の行動をのぞき見し、「俺も知っているぜ」とひそかに有頂天になっていなかっただろうか?

だが、その緩い連携は真の連結ではない。人々が持つ無数の価値観のうちのたった一つとかごく少数のエレメントに「似た者同士」としての快感を求め、それ以外の無数の価値観に違和感があることには目をつぶった。我々は仲間のようで実は異質だったと感じ、新たな拠り所をもとめて漂流し始めた結果が英国やアメリカでの世論だったのではないか。そういう意味では英米は次の成長に向け開かれ、進んだ思想が展開しているとも言える。

EU離脱、TPP離脱、NAFTA再交渉、これらはすべて連携に対する再考を促すものである。

考えてみれば欧州がギリシャ問題で苦しみ、欧州の国家間格差が問題視された時、これがEUの構造的問題だと多くの学者が指摘したにもかかわらず、人々は問題がのど元を過ぎれば楽になると考えた。だが、ギリシャが改善の方向を示しただろうか?否である。いや、緊縮財政でより悪化しているといえるだろう。

オバマ大統領の時、アメリカはその外交下手をさらし続けた。北朝鮮もウクライナもシリアも何一つ解決できなかった。その上、中国は南シナ海に進出し、やりたい放題であったにもかかわらずそれを食い止める算段を持たなかった。アメリカの国際的地位は低下し、G20の一国に埋まってしまった悔しさは忘れたのだろうか?

2017年がより混とんとなる年になると考える多くの人たちの根拠は大潮流の変化を見て取っているからであろう。

では日本はどうあるべきだろうか。

幸いなことに今の日本では安倍首相が5年目の政権運営を行っている。支持率が5年目でも6割以上を誇るまれにみる安定政権は、野党とはほとんど勝負にならない存在感を打ち出す。

その本質は何か、といえば私は「ザ ニッポン」と表したい。首相の政策、行動は日本のことを守ろうとしている。保守とか改革という思想ではなく、日本が元来持つ伝統や考え方を生かしながら日本人がプライドを持って世界で羽ばたけるような道を一歩ずつ築いていると言ってもほめ過ぎではあるまい。

その点において日本は今、ベクトルがぶれない。英米が変化に向けたバトルの真っただ中にあり、欧州大陸では今年、国家元首選挙の嵐が通過する。この中にあって日本の安定感はG7の国では大変誇るべきことである。

これぞ世界がうらやむニッポンなのである。ではアメリカもいつかは日本のような安定感を持てるのか、といえばその道のりは遠いだろう。アメリカと日本の最大の視点の違いは自己利益の追求のアメリカと「利他の心」を持つ日本である。アメリカは確かに寄付などが日本に比べはるかに進んでいるが、人を思いやり、協調するより上のものが下を引っ張るという垂直関係の展開である。その背景はズバリ一神教という宗教がそれを作り上げる。

多神教の日本を欧米は真似もできないし、同質化することもあり得ないであろう。日本は日本のあるがままの道を突き進むことでよいではないか。


岡本裕明(おかもとひろあき)

okamoto021961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。