東芝問題に見る日本の会社の将来

東芝問題がこれほど世の中を騒がすとは誰も想像しなかったであろう。「チャレンジ」というのはベネッセの進研ゼミの特許用語だと思っていたら大人の世界では東芝の幹部が無理難題を強いる代名詞のような使い方をイメージさせた。そのベネッセも情報漏洩問題が尾を引き、業績の悪化に歯止めがかからないのを見ると大人も子供も上から目線のチャレンジは鬼門なのだろうか?

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今回の「東芝日曜劇場」は年度をまたがる壮大なスケールで展開され、前座のサザエさんも最近は日産の車に乗り換えるのではないかと囁かれるほど足元が揺らいでしまった。

その最大の問題はアメリカの原発事業会社、ウエスチングハウスを購入したところから始まる。購入した2006年当時は日経新聞などで大々的に持ち上げられ、日本M&Aの代表的ヒットぐらいの絶賛であった。しかし、国内で原発事業をしていた同社がアメリカの雄を札束はたいて購入したところで完全コントロールできるという確証はない。

それは私がかつて勤めていたゼネコンでも同じであった。当時、ブラジルなどでいくつかの5つ星ホテルを展開していたのだが、勢いに乗って世界有数のブランドホテルであるウエスティンを買収する。当時、秘書だった私はその経営を間近に見てきたのだが、買収失敗は目に見えていた。

理由は人材不足。ゼネコンのホテル部門は亜流であり、もともとの人材はほとんどおらず、外部から中途採用した人間を中心に回していた。自前のホテルを手塩にかけて育てる程度ならよいがアメリカの確立されたチェーンホテルに乗り込み、日本人が牛耳るのは並大抵ではない。送り込む人材は払底し、経理部門など中枢を極小人数で管理したに過ぎない。

これではこのチェーンホテルがカリスマ性をもって経営できると考えるのに無理がある。結果は自明の理であったが、今回の東芝事件を見ていると私が経験したあの時と瓜二つであることに自分ながら驚いている。

この続きはどうなるのか、といえば東芝は子会社ウエスチングハウスが15年末にS&W社を買収することを承認した。これが運の尽きである。

私が勤めた会社はどうだったといえばもっとホテルをということでヨーロッパにあるSホテルチェーンの買収に挑む。私もチューリッヒのホテルに2週間缶詰になったことがあるが、結果として失敗した。これは当時の会長、社長にお仕えする者としては申し訳ないが、「失敗して本当によかった」と心から思ったものである。私はそれで秘書役お役御免になったのだが、それから10年ほどして会社が倒産してしまった。ホテル事業など派生事業への投資負担が大きかったのが理由である。

では東芝はどうなるのか、といえば海外原発事業に高い離婚費用を払って離縁したが、問題が全て解決したとは思っていない。

私が勤めた会社が倒産した最大の理由はカリスマ経営者への反動である。つまり、社員3千人が考える力を失い、経営する正しい道のりを議論しなくなったことである。新入社員の時から「凄い経営者」と刷り込まれ、独裁者が奉られるがごとくの采配だったことが会社の持てる能力を出し切れなかった。

東芝は察するに部門間競争が熾烈だったこと、そして経営陣の間の派閥問題ではないかと感じている。これも会社の潜在的能力を出し切れないキャップ(ふた)が生じていた気がする。

世に言う大企業病とは歯車が歯車に過ぎないことである。大企業に採用されたであろう社員は優秀な人が多いはずだ。にもかかわらずその能力を引き出せないのは、何万人もの社員をコンプライアンスとガバナンスという一つのくくりの中に閉じ込めてしまう人事政策であろう。

つまり、私がかつて勤めたゼネコンも東芝も優秀な頭脳の集まりにもかかわらずその力を発揮できなかったということになる。この例はこれに留まらない。シャープ、ソニー、三菱重工、三菱自動車など枚挙にいとまがない。

その多くは社員の名刺の社名が独り歩きしている。そして社員は福利厚生に甘え、奥様は「辞めないで」と懇願する。この構図は明らかにおかしい。

数年前、国立大学の院卒で日本最大の自動車会社の技術職を3年ほど勤めて辞めた男性が私の会社でアルバイト勤務していたことがある。「なぜ?」と聞けば「この会社を通じた自分の人生が見えちゃいました」と。その彼からごく最近、近況報告があり、小さな旅行会社でとてものびのびと仕事をしていると嬉しそうなメールを貰った。

社員はロボットではない。数年前、池井戸潤氏原作の「下町ロケット」というドラマが日本で放映され、大ヒットした。あのシーンでは大企業と下町工場の熾烈な争いが印象深いが、その奥にあるものは社員の活力ではなかったか?町工場の社員は一人ひとりに表情があった。大企業に溢れんばかりいる社員の顔はみな同じ赤い制服を着たマインドコントロールされたサイボーグのように表現されていたことが思い出される。

今、日本の会社に求められていることは大企業でも中小企業でも社員各々の個性をしっかり育て上げ、刺激とやる気を与えることであろう。体育会系の押し付けから優秀な頭脳集団、職人集団とならねばニッポン株式会社は生き残れまい。


岡本裕明(おかもとひろあき)

okamoto021961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。