民主化が生んだ金正恩氏のワールド ー 岡本裕明

このところ日本のニュースに北朝鮮問題が出ない日はない。しかし金正恩氏が特異な指導者という認識をするだけではこの問題の本質を捉えられない。そもそも、金正恩氏が何を求めて弾道ミサイルやICBMを飛ばしているのか解説している人はあまりいないだろう。彼は何を欲しているのか、これを考えてみよう。


長いこと、国際社会を自分なりに眺めてきたが、明らかに変質化したのはオバマ大統領の時代からである。それまでのブッシュ大統領の姿勢、特にイラク戦争への関与に失望し、アメリカ人のボイスは「情報開示」「政権の裏側」「民意」といったワードと共に世論の逆回転を引き起こすきっかけとなった。

そのオバマ大統領は口が達者で演説させればNO.1と言われ、人々のハートをたやすくつかんできた。が、大統領就任後期になると国民はスパイスが効いていないことに気が付く。その意味ではトランプとクリントン両氏の選挙戦を通じた大バトルはアメリカ人にとってひねくれた意味で「目が覚めるような痛快なひと時」だったに違いない。そして更に学んだ。自分たちのボイスをより大きな声で外へ向けよう、と。

オバマ政権時代に「99%と1%」のバトルがあった。「LGBT」が話題になったのもその頃だ。トランプ政権の時代には「白人至上主義」のボイスが起きた。これらは全て埋もれていた様々な声が民主化という名の下でむくむく起き上がってきたと言えよう。

もう少し、世界をみると「アラブの春」を通じて中東各国で政変が起きた時、その主導的役割を果たしたのが民意のチカラとなった携帯電話のテキストであった。英国のEU離脱もフランスの大統領選挙も民意のぶつかり合いであった。

我々は日々、溢れるほどのニュースソースと対面している。その中には「お気に入り」があるはずでコアなファンがそれを支える時代となった。つまり民衆はいつの間にか、ネット上に溢れる無数の色のついた意見に対して賛成派と反対派の囲い込みの罠にはまってきたともいえる。

これは政治の世界だけではない。皆さんの身近な世界でも民主化は起きている。例えば、白いイヤフォンをして街を闊歩するとき、あなたはどんな音楽を聴くだろうか?どこかで見つけてきたインディーズ系のあのグループ、この歌手だったりしないだろうか?つい数年前までは影響力がある人気アイドルグループだったはずだ。これはミュージシャンの民主化とも言えないだろうか?

では金正恩氏を考えてみよう。彼の国は地球儀の中で見ればちっぽけで人口も2500万人、工業化も進んでおらず、北はロシア、西に中国、南は敵対する韓国と実にやりにくい地勢的特性下にある。正恩氏は親父からその地位を引き継いだものの、既に他界し、小うるさい叔父は虐殺した。兄弟の正男ももういない。正にオウンワールドを築くために着々とそのステップを進めてきた。では弾道ミサイルは何を意味するのか、といえば耳目を集めたい、ただそれだけのはずだった。

「はずだった」というのは元に戻れないゲームに踏み出したことに当初は気が付いていなかった可能性が高い。せいぜい気勢を上げて「ここに金正恩あり。もっと俺の声にも耳を傾けろ!」くらいだった。が、私の9月7日のブログ、「引くに引けなくなった金正恩氏」というタイトルの通りでまさにデスゲームへの展開となっている。

今までの国際情勢ならばそんな火遊びはできなかったのになぜ今ならできるのか、といえば一つにはアメリカの弱体化がある。「世界の警官」から降りたオバマ氏のポリシーはトランプ氏にもきっちり引き継がれている。アメリカファーストだとアメリカが自分のことを中心に考えるようになったこともある。世界の異音を封じることもなくなったと言えよう。

次いで中国にもその責任の一端はある。習近平国家主席はその保身を目指し、国内反対派勢力の打倒に力点を入れてきた。その構想はどうやら完成間近で13億の民のトップに立つ絶対的地位をまもなく手中にする。が、その代償として外交など本来もっと力を割かねばならないことを避けてきた。香港、台湾や小民族問題のみならず、隣接する北朝鮮への外交的コントロールも十分ではない。

ロシアもそうだ。ウクライナ問題やクリミア侵攻など国土の西側にその勢力を注ぎ込んできた。これは大戦の歴史がそうであったように東西に長い国の弱点とも言える東側への目配りの薄さの間隙を突いたといえる。

一般的に金正恩氏が目指すのは核を所有する国になりたいという願望と考えられている。核保有国には一定の「構え」や「十分な対応」を取らざるを得ないと信じている。言い換えればやはり、自分へのリスペクトの願望と考えられないだろうか?

残念ながらこの戦略をもっとまともに進めるなら世界の民意を味方につけるべきであった。北朝鮮をもっと開かれた国家とし、世界のより優れた思想を取り込み、国家発展を目指せば中国を凌駕するGDP10%の成長は確実だったはずだ。

若さゆえの暴挙と言ってしまえばそれまでだが、彼は本当の英雄になれるチャンスをみすみす逃し、世界で悪名高き独裁者として歴史に名を刻むことになる。選択のチャンスがあったのに正しい道に進めなかったのは彼の取り巻きが父親の考えを踏襲する保身的な高齢者ばかりであったことも当然ながら影響する。若い側近をつけないのは何よりも彼がそれを恐れているからとも言えなくはないのだろう。実に残念な状況である。


岡本裕明(おかもとひろあき)

1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。

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