カナダ・日本・世界を見つめる8人組 #32

世界一住みやすい都市トロント?

毎年恒例エコノミスト誌がおこなう、安全、環境、経済などの部門別世界都市ランキングで、今年トロントは総合第1位にランクインした(※注1)。

トロントに住んでいると、いろいろ不満はあるにしても、確かに居心地がいい。その理由はいくつかあるが、今回私が挙げたいのはこの街で生活していて感じる身軽さ。もちろんこれは誰にとっても住みやすいということではなく、20代前半で移り住んで9年になる私の個人的な経験から来るものであることを断っておく。

9年前、トロントに留学生としてやってきたときのこと。ホステルで1泊した翌朝、私はまず、大学の近くで見かけた銀行に口座を開設するため立ち寄った。口座を開くのに身分証明書、トロントの住所と電話番号が必要だったが、昨日引っ越してきたばっかりだと説明すると、対応した銀行のおじさんは「これは形式的なことだから」と、その時泊まっていたホステルの電話番号と住所で手続きを完了してくれた。

同じ日、何をするにも不便なので携帯電話を買いに行くと、そこでも電話番号が必要とのこと。だが事情を説明すると、それならばと適当な番号を記入していいということになり、無事携帯もゲットすることができた。

the-group-of-8-32家さがしにいたっても想像以上にすんなり終わった。2日目に気に入った物件があったので申し込むと、賃貸契約はとてもシンプルで、日本のような敷金、礼金にあたるものはなく、単にデポジットとして1ヶ月分の家賃を支払って、契約書にサインして終わり。ちなみにこの1ヶ月分をデポジットとして払うのは一般的なことで、この分は、賃貸契約を終えるときの最後の月の家賃に自動的にあてられるので、実質家賃以外の出費はない。(ただ、貸し手によっては収入証明を求めるところもあるらしい。)

そんなこんなで3日間で引っ越しの主な手続きが終わり、私はとても快適にトロント生活を始めることができた。その後生活に必要なものも、クレッグズリスト(個人同士の中古品売買や情報交換を目的としたウェブサイト)などでとても安く購入することができた。

日本人である私は日本に移り住むという経験をしたことがないので単純に比較はできないが、日本で働いていたアメリカ人の友人は銀行口座を開くのにカタカナの印鑑を作ってこうしてああして・・・という経験をしていたので、おそらく日本ではこうは簡単にはいかないのだろう。

9年たった今も思うのは、トロントでの生活は実用面重視で身動きがとりやすい。これはきっと、移民が築いた社会で、人が動くことを前提としていることと無関係ではないだろう。

就職に関しても、面接では過去の職務経験と仕事の内容に関する質問のみで出身地や年齢、家族構成を聞かれることはないし(こう言った質問は法律で禁じられている)、退職するにあたっても、一般的に必要なのは2週間の通知期間のみ。

加えて頻繁に人の入れ替わりがあるので、雇用者側からすると厄介だが、働く側にとっては転職しやすい環境といえる。

住宅購入にあたっても、ローンを組むのに必要なのは基本的に過去3年間の収入証明と、購入価格の5%かそれ以上の頭金。職業や正社員であるかなどを問われることはなく、私のまわりでは、働き出して数年でマンションを購入し、そして数年すると買い替え、といったパターンを取っている人が多い。

もちろん動きのある社会というのはよいことばかりではない。例えば、最近のある調査によると、働く人の半数近くが契約社員など不安定な雇用形態におかれているという(※注2)。ただ、移民などよそからやってきた人が大多数を占めるこの街は、多くの人にとってオープンで住みやすい社会だといえるのではないだろうか。

※注1 エコノミスト誌による『2015年安全都市インデックス』
safecities.economist.com/wp-content/uploads/2015/01/EIU_Safe_Cities_Index_2015_white_paper-1.pdf

※注2 PEPSOプロジェクトチームの調査結果:『Precarious Penalty(不安定さの罰則)』
pepsouwt.files.wordpress.com/2015/05/precarity-penalty-summary_final-hires_trimmed.pdf

今月の著者
空野 優子(Yuko Sorano)

2002 年に大学留学のため日本を離れて以来、アメリカ、フランスでの学生生活を経て、2006 年よりトロント在住。現在トロント市北部に位置するヨーク大学で職員として勤める傍ら、コミュニティーワーク、英語教育にも携わる。


The Group of 8
2011年夏、カナダ在住の翻訳家や通訳、活動家、物書き、研究家、学生などの有志が集まり、それぞれの分野で築き上げてきた仕事や研究、日常について語り合ったのがG8の会の発足のきっかけとなり、月に2回ほどカナダ・日本・世界についてのコラムを発信している。
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