カナダのカリビアンカルチャー|寒いトロントをいざ脱出!カリブ海特集


多文化社会で知られているカナダだが、その気風は活気ある芸術と文化の領域にも現れている。様々な文化背景を持つアーティストが数多く活躍しているなか、今回は今トロントで注目を浴びているカリブ海にルーツを持つ小説家、ミュージックシーン、そしてフードカルチャーを紹介する。

カナダのカリブ海系移住者の歴史

 第二次世界大戦以前は移住者の大半がヨーロッパ出身者を占めていたが、60年代を境にカリブ海諸国からの移住者数が増え、多文化モザイクをより豊かに彩ることになった。2006年の国勢調査によると、カナダには57万8695人のカリブ海にルーツを持つ市民がおりその割合は非ヨーロッパの移民集団の中でも極めて大きい。大多数が70年代以降の移民で、移住者の割合の大きさ順ではジャマイカが23万1110人、ハイチが10万2430人、グヤナが6万1085人、トリニダード・トバゴが5万8415人となる。英領西インド諸島の移住者は主にオンタリオ州に移住し、フランス領西インド諸島の移民はモントリオールに移住した。

カリブ海出身の作家

ニューアカデミー文学賞受賞
カリブ海出身のマリーズ・コンデ氏

  カリブ海出身の作家と聞いて記憶に新しいのは、今年の発表が見送られたノーベル賞の代替賞「ニューアカデミー文学賞」の受賞者、グアドループ出身の女性作家マリーズ・コンデ氏だろうか。彼女の作品は地元紙によると審査員に「植民地主義の荒廃と独立後の混沌を正確かつ圧倒的な言葉で表現している」と評価されている。授賞式は12月9日にストックホルムで開催。

マリーズ・コンデ
Maryse Condé

 カリブ海の仏領植民地、アンテイユ諸島グアドループに生まれ、『セグー』『わたしはティチューバ』など数多くの戯曲、小説やエッセイを発表し、コロンビア大学でカリブ海文学を教えてきた。黒人解放運動の歴史家としても精力的に活動している。

クレオール文学とは?

 コンデ氏出身のアンテイユ諸島は、1942年のヨーロッパ人の到来により先住民が絶滅状態に追い込まれ、フランス領となった区域である。 アフリカ出身の黒人奴隷が生み出した独自の言語システムと、次世代に受け継がれてきた多言語的な文化が「クレオール」と呼ばれている。

 黒人女性であるコンデ氏は喜劇的要素を含みつつも、新しい視点で植民地制の歴史、アイデンティティの不在や差別を描き出し、クレオール文学の可能性を大きく広げてきた。コンデ氏が最終候補者の一人として読者投票により選ばれたことは、世界的にクレオール文学が注目されている表れだろう。

2018年トロント・ブック・アワード受賞
デイヴィッド・シャリアンディ

 毎年、受賞者の発表前から何かと話題になるトロント・ブック・アワード。10月10日、カリブ系カナダ人作家のデイヴィッド・シャリアンディが第二作目の『Brother』で賞を受賞し、1万ドルの賞金が授与された。

デイヴィッド・シャリアンディ
David Chariandy

 1969年、カリブ海トリニダード・トバゴ出身の親の元、カナダで生まれる。2007年刊行のデビュー作『Soucouyant』が高い評価を受け、2018年に二作目の『Brother』で2018年10月にToronto Book Award受賞。現在、サイモン・フレーザー大学文学科で教鞭を執る。

スカボローが舞台カリブ海系兄弟の成長物語

 『Brother』は、1991年の暴力と人種差別が蔓延したオンタリオ州スカボローが舞台の、働き者のシングルマザーの手で育てられたトリニダード・トバゴ系カナダ人兄弟の成長物語である。新移民の流入が多いスカボローは、暴力や事件などがメディアで頻繁に取り上げられ文学で題材にされることが少なかった地区である。本作は地元住民の人間的な繋がりを鮮やかに描き出すことで、住民へのネガティブなステレオタイプを覆した。

 CBCによれば審査員は本作品に関して「完璧な作品」と述べており、トロント市立図書館員のVickery Bowlesは「若い家族が変化し続ける都市で生き延びようとする、大変豊かで感動的な物語だ」と述べている。カナダのディアスポラ文学の教授として、黒人研究に大きく貢献している作者の今後の活躍に注目していきたい。

脱構築により植民地支配の解体を図る新時代の文学

 同じく、今年のトロント・ブック・アワードの最終候補に上がっていたカリブ海出身のディオンヌ・ブランド。文学の旗手としてカナダで最も注目を集める作家のうちの一人である。詩人、作家、エッセイスト、ドキュメンタリー製作者でもある。

ディオンヌ・ブランド
Dionne Brand

 1953年、トリニダード・トバゴのグアヤグアヤレに生まれる。1970年にカナダに移住し、1975年にトロント大学で文学と哲学の学士を取得。2005年に『What We All Long For』でトロント・ブック・アワードを受賞し、2011年に『Ossuaries』でグリフィン・ポエトリー・プライズを受賞。2009年から2012年にかけてトロント第三番目の桂冠詩人として任命され、2007年には カナダ勲章が授与された。現在、Guelph大学で教鞭を執る。オープンなレズビアンである。


 先月、新作の『The Blue Clerk』と『Theory』を発売したブランド氏は、雑誌NOWの言葉を借りれば「今トロントで一番忙しい作家」である。『Theory』は博士論文の完成に向けて学生が奮闘する物語であり、『The Blue Clerk』は「書く」という行為にフォーカスしたメタフィクションの詩集である。どちらも創造の過程に焦点を当てているが、最も大きなテーマは誰もが少なからず束縛されているジェンダー、人種と階級などのカテゴリーからの解放となっている。

 というのも、ブランド氏は作家活動を開始してから40年間、ジェンダー、人種、セクシュアリティ、フェミニズムのテーマを扱ってきた作家。執筆した数多くのアンソロジーで、黒人と先住民女性をターゲットにした犯罪や、1989年に14人の女性が銃撃された「モントリオール理工科大学虐殺事件」などについて書き、常に少数派が直面する抑圧と向かい合ってきた。

 ブランド氏は哲学者、デリダの思考方法である脱構築によって形而上学の仕組みを分解することにより、植民地支配を表面化し解体する試みを行なっている。作品は難解な言葉で書かれている訳ではないが、新しい文学体験となることは間違いない。OCAD大学の公園を散歩する機会があれば、ブランド氏の『Thisty』という素敵な詩の出だしが地面に彫られているので、是非探して見てほしい。

“This city is beauty Unbreakable and amorous as eyelids(この都市は美しい。壊れず、まぶたのように艶かしい)”
引用:『thirsty』(Toronto: McClelland & Stewart, 2002

カナダにおけるカリブ海の音楽


 1960年代初めに、カリブ海からの移住者がカナダで本土の伝統的な音楽を広めたことを発端に、ジャマイカ発祥のレゲエとトリニダード・トバゴ発祥の民族音楽のカリプソとスティールパン文化は、カナダに深く根着いている。

 毎夏トロントでは、カリブ海出身者による音楽を祝う大規模イベント『カリバナ』が約4週間にかけて開催され、最終日には毎年100万人の見物客を集める北米最大のパレードが行われる。モントリオールでは『カリフェテェ』が毎年7月に開催されている。

カリブ海発祥スティールパンの魅力

 カナダでは、過去30年間に渡りTDSBによりグレード5から8のカリキュラムに組まれているスティールパン。独特な低音の響きを持つ打楽器は、通常複数人の演奏者で奏でられる。今では世界的に愛されている楽器だが、その背景には激しい歴史があることをご存知だろうか。

スティールパンの歴史

 イギリス領のトリニダード・トバゴでは、18世紀末から19世紀初頭に掛け、黒人奴隷への待遇の悪さへの反発により集中的に政府や警察相手の暴動が発生していた。暴動は決まってカーニバルの時期に起き、奴隷暴動は独立運動に発展していった。1880年にイギリス植民地政府は暴動を取り締まるため、パーカッション音楽を全面禁止にした。

 1939年にウィンストン・スプリーという人物がドラム缶を叩き直そうとしていたところ、スティールパンの元となる楽器を偶然生み出す。その楽器はコミュニティ間であっという間に広まり、1941年に派遣された米海兵隊への余興としてスティールパンの演奏が行われ、それ以降人気が本格化した。1992年にトリニダード・トバゴ政府により正式に国民楽器に認定された。

カナダのスティールパン文化

 その陽気な音からは想像しがたいが、トリニダード・トバゴでは楽器発祥に起因する植民地支配の歴史と奴隷制度に対する労働階級者の怒りから、ネガティブな意味合いを包括していたそうだ。しかし、カナダに持ち寄られたことで「スティールパンは社会政治的な文脈から解放された」と、スティールパン演奏者を支援するチャリティ「Esther Dalton Foundation」の設立者、Simone Daltonは述べている。

・フードのルーツ

 カリブ海料理というと、ジャークチキンやナマズを使った料理が思い浮かぶかもしれない。カリブ海移住民の家にお邪魔させていただくと、何と中華焼きそば、炒飯、焼き鳥、シリア料理やインドのロティなどの多国籍の料理がテーブルに並ぶ。カリブ海料理は多様な文化が混じり合っており、アフリカ、クレオール、ケイジャン、北米先住民、ラテンアメリカ、東インドや中国の影響を受けている。

 カリブ海の地域によって味も大きく変わるところも奥深い。カリブ海の定番料理、葉野菜の煮込み料理カラルーは場所によって味が全く違うそうだ。トリニダード・トバゴでは、タロイモの葉とココナッツをスープに使ってアフリカ風の味付けなところ、比較してジャマイカではインド風の味付けだそう。

トロントのカリブ海レストラン

 トロント在住のカリブ系カナダ人がお勧めするレストランで、よく名前が挙がるのは『Ali’s West Roti Shop』。カジュアルなカリブ海料理店で、ヤギのロティは絶品だそう。ここのロティはリーズナブルながら、「本土の母の料理を思い出す」と通う人も多く、わざわざ遠くから来る人もいる。オーセンティックな西インド諸島料理を楽しみたい方は是非訪れてみてほしい。

本文=菅原万有
企画・編集=TORJA編集部

Ali’s West Roti Shop
1446 Queen St W
416-532-7701
営業時間: 月曜~日曜 11am -10pm