日本文化を愛するカナダ人たち

11.Jessica Stuart 琴

jessica-stuart01本誌1月号でもピックアップした3ピースバンドThe Jessica Stuart Few(ザ・ジェシカ・スチュアート・フュー)。バンクーバーからトロントにやって来たボーカルのJessica Stuartさん(以下敬称略)が4年前に立ち上げたこのバンドは、ギター、ダブルベース(コントラバス)とドラムスの基本的なバンド体形に、日本の伝統的な弦楽器である琴のサウンドを取り入れた、カナダでは唯一無二のアーティスト集団だ。

9歳の頃、琴奏者である母とともに日本へ

TORJA(以下T):どうして日本へ行くことに?
Jessica(以下J):琴奏者である母の「1年間日本で琴を習いたい」という意向が理由の一つでした。
T:日本に行ってから、「琴をやりたい!」と思った理由が何かあったんですか?
J:日本に来てすぐに琴のレッスンを受け始めた母の後を追うように、私もすぐに琴を習い始めたのが初めて琴に触れることになったきっかけでした。でも、琴を始めようと思った動機というか、特に始めた理由っていうのはないんです。どうして琴だったんでしょうね(笑)
T:お母様が琴奏者だったというのも関係しているのかもしれませんね。
J:そうですね。身近にいる母が素晴らしいアーティストであったこと、彼女から多大なインスピレーションを受けて育ってきたことがきっと琴を自然と選んだ理由なんじゃないかなと、今となってみればそう感じます。

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思春期の苦い思い出と琴との再会

1年間の日本での生活を終え、10歳の時にバンクーバーに戻る。その後中学に進学するも、日本に住んでいたことがあるという理由から珍しがられ、心ないクラスメイトのいじめの標的にされてしまったJessicaは、琴を弾かなくなってしまったのだ。そのまま中学を卒業後、高校、そして大学に進学。その後生活の基盤を築いてきたバンクーバーを離れ心機一転、4年前にトロントにやってきた。そこで結成したのがThe Jessica Stuart Fewだ。
T:バンド結成当時から琴を演奏していたのですか?
J:いえ、実は琴は中学の時の苦い思い出からずっと弾いていなくて。バンド結成当初、私は琴ではなくギターを弾いていたんです。でもバンドを始めて音楽ともっと深く関わってくるようになると、「やっぱりもう一度琴を触りたい!」という気持ちが次第に抑えられなくなってきて。その気持ちに加えて、琴の音色をギターやベースと交わらせればきっと面白いことになる!という考えが溢れだしてきたんです。
T:それで、琴を再びバンドで演奏しようと。
J:ええ。オリジナリティを出したくて、琴の基本ペンタトニック・スケール(五音音階)に独自で2音階足して新しいスケールを作ったのもそのためなんです。
T:面白い。そうやって琴とギターを融合させて音を作り上げていく中で、新しい音楽の可能性が見えてきそうですよね。
J:そう。そうすることで、日本の伝統的なメロディーを残しながらも、ユニークな音を作りだせると思ったんです。今の琴が生み出す音は魅惑的で幻想的で、まるで別世界を創りだすような音だからとても大好き。

日本文化を知るアーティストとしての自負

T:カナダ人として日本の文化に対してどのようなスタンスでいるんでしょうか。
J:私はカナダで生まれ育ったカナダ人で、その中の1年だけ日本に住んだことがあるだけ。だけど日本で触れた文化は私の身体の中に確かに染み込んでいて、まるで自分の文化のように愛しいんですよね。
T:とすると、日本文化を学んだアーティストとして、日本人以外の人に日本のことを知ってもらいたいという気持ちはやはり強いですか?
J:そうですね。日本の文化の中で学んだ琴の音色を自分の大好きな音楽に組み込んで、琴という楽器自体や日本の文化を何千人という人たちに伝える“伝道師”をしているような強い自負がやっぱりあります。

もっと高みを目指して

T:これからの音楽活動で何か目標はありますか?
J:これからもっともっとツアーをして、カナダだけでなく日本やヨーロッパなど、世界中を回りたい。
T:ツアーで日本に行く予定は?
J:今のところは、来年3〜4ヶ月ほどライブではなく一人で日本に滞在しようと思っていて、新しい琴を買ったり、琴のレッスンを受けたりしようと思っているだけなんですよね。
T:じゃあその次に行く時は日本でライブができたら良いですよね。
J:そうなってくれたら良いな。私が日本から得たものを日本で音楽を通して還元したい。
T:そしてそこから更に世界へThe Jessica Stuart Fewを広めていくわけですね。
J:はい。私の中に根付く日本文化を、私の生み出す音で、声で、パフォーマンス全てをもって世界中の人たちに伝えていきたいですね。


12.Raymond Levy 弓道

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在トロント日本総領事館で働く傍ら、トロントの「Seikyukai」で弓道を学んでいるRaymond Levyさん(以下敬称略)。JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)により2007年に日本へ渡航し、2年間滞在した。そこで出会った弓道が教えてくれた、日本の文化の美しさ、奥深さとは。

弓道への道

TORJA(以下T):日本にいた時に弓道を始められたんですよね。
Raymond(以下R):JETプログラムで英語教師として鳥取県へ行ったときですね。たまたま友人に誘われて、弓道の練習を見について行ったのが始まりです。
T:それから本格的にスタートを?
R:それが、最初は始めるつもりはなかった。でも練習が終わって帰る際に、先生が「それじゃあまた来週ね!」と言うもんだから、来週も来なきゃ行けないような感じになっちゃって(笑)それで毎週通うようになったんです。
T:じゃあもう突然始めることになっちゃったっていう感じですね。
R:そう、突然。もともと日本の武道に興味はあったんですけどね。どんなものかはあんまり知らなかった。でも先生が弓道の精神的について練習中にお話してくださったこともあって、一層興味が深まったんですよ。それで「面白そうだし挑戦してみるか」という気持ちから始まって8ヶ月間通いました。

弓道とアーチェリーは随分違う

弓道とアーチェリーは、それぞれ「和弓」「洋弓」というように区別される。弓矢を用いる点で両者は似ているようではあるが、実は根本的な面で異なっているのだ。

raymond-levy02T:弓道とアーチェリーって似ているけど、目的がだいぶ違うって聞きました。
R:ええ。弓道もアーチェリーも的の中心点を目掛けて矢を射るという点では一緒ですが、アーチェリーはより中心点の近くに矢を当て点数を稼ぐことに意義があり、反面、弓道は当たった矢が中心点に近いか近くないかで自身の精神と肉体の状態を判断し、それを改善していくことに意義がある、という点で本当に違う。
T:中心点から近いとどういう状態で、逆に遠いとどういう状態なんですか?
R:自分の精神と肉体の状態が上手く統一されていないと、まるで写し鏡のように弓道の技に現れるとされているんです。だから遠いと、自分の肉体と精神に何かが欠けていると解釈することができる。そこから中心に近づいていくことは、心身が高められ、両者のバランスが均一になりつつある状態だと考えられているんです。

弓道から学んだ日本人の精神の美しさ

T:日本の伝統的武道である弓道ですが、そこから何か日本の風情を感じたりしますか?
R:日本でもカナダでも弓道の練習をしていて思うのは、日本人って常に向上心があるなってことです。特に「頑張る」っていう精神をとても大切にする。精神と肉体の融合を実現することが弓道の美しさとされていて、日本人はそれを達成しようと何度も矢を打って練習するんだけど、例え何投目かで上手くいっても、そこで満足してしまわないんですよね。もっと高みを目指して頑張るんですよ。

もっと弓道を広めたい

現在日系文化会館(以下JCCC)の一角を借りて弓道の練習を行なっているSeikyukai。しかし年々人数が増加し、練習スペースに支障を来しつつある。

R:広い練習スペースが欲しい。練習できないこともないんですが、やっぱりスペースの都合上長距離から矢を打つのが難しいんです。季節問わずに自由に弓道ができる大きな道場を作ることができればと考えています。
T:そうなるとイベントをする機会も増えそうですもんね。
R:そう。そういう場所があれば、そこに弓道講師を招いてのセミナーや、北米最大の弓道セミナーだって開催することがきっとできる。
T:そうすればもっとカナダの人たちだけでなく他の国の人にも弓道が広がりますよね。
R:きちんと弓道を根付かせていく場所があることで、カナダ人、日系人、日本人だけでなく、多くの人たちにさらに弓道の良さを伝えられると思います。


13.Ken Valvur 日本酒

ken-valvurトロントにある唯一の酒醸造所「泉〜IZUMI〜Ontario Spring Water Sake Company」を営むKen Valvurさんの経歴は面白い。もともとカナダで銀行員として働いていた彼は、仕事で日本へ行き、その後ロンドンへ行くことになるのだが、それをきっかけに大きく人生が動き出すことになる。カナダ人を駆り立てた日本酒、その出逢いの原点に迫る。

銀行員から飲食業界へ

TORJA(以下T):もともとはカナダの銀行で働かれていたんですよね。
Ken(以下K):はい。そこで働いていたとき、東京支店へ異動になって日本に2年間滞在しました。そしてその後ロンドンへ異動したのですが、ロンドンのファイナンシャルディストリクトで働くビジネスマンたちに、日本のテイクアウトフード、例えば寿司、お弁当が大人気だったのには驚きました。
T:それをビジネスに活かそうと?
K:ええ。それで退職をして。トロントに戻った後お寿司やお弁当のテイクアウトのサービスなどを提供するフード系のビジネスを立ち上げたんです。

名酒「真澄」との出逢い

T:日本食ビジネスと日本酒、近いようでちょっと遠いですよね。そこからどうやって日本酒までたどり着いたんでしょう。
K:日本で開催される巨大フードショー「FOODEX」へ参加した際、長野の名酒「真澄」の蔵元さんたちと知り合って。それが縁で長野にも赴きました。そこで真澄の「生酒」を飲ませてもらったんです。ちょうど酒の搾り機から出てきたばかりのね。飲んだ瞬間ね、もう今まで飲んできた酒は一体何だったんだろうと、その味わい深さと力強さに感極まってしまって。「この酒をカナダでも作ることができたら…」って思ったんです。

ken-valvur02オンタリオ地酒「泉」の誕生

T:生酒って“生”っていうぐらいだから、扱いが難しそうですよね。
K:生酒は熱処理を一切加えていないので、鮮度が命。美味しく味わっていただくためには、酒を醸造している地元で提供するしかないんです。だからもうそれならいっそのことカナダで作ってしまおう、という考えに行き着いた。
T:かなり思い切りましたね。醸造等の知識は?
K:そう、かなり。経験も全くなかったのに、です。でも「真澄」の蔵元さん方のお力をいただいて、杜氏さんを紹介していただき、カナダに招きました。そこで醸造や温度管理諸々の知識を教授していただいたんです。そうした協力もあり、2010年から本格的に酒の醸造を始め3度に渡る大掛かりな仕込みを終わらせ、みなさんの力で無事「泉」が完成させることができました。そして2011年4月に公式にオープンすることができたんです。

本物の酒の味を知ってほしい

T:初めて泉の酒を飲まれた方は味の違いに驚かれたでしょうね。
K:トロントで売られている輸入物の酒とはやっぱり大きく違いますからね。もちろん、正真正銘日本で造られた酒もあるんですが、輸入されている物は長距離の輸送で劣化がひどいことが多いんですよ。劣化した味を本物の日本の酒の味だと認識してしまっているきらいがある。だから初めてここにきて私達の酒を飲んだお客様は、その味の違いに驚かれる方ばかりなんです。
T:そうですよね。私も酒は好きでよく飲みますが、トロントで飲んだどの酒と比べても泉の生酒は味が全く違う。なんていうか、鮮度も違いますし。
K:そうした鮮度の違い、味の違いがこんなにも酒の美味さを変えるんだということを多くの方々に知っていただきたかった。だからこうしてローカルな醸造所を持ちたかったんです。

泉では、ムスコカの天然水を醸造に使用している。水質は京都の伏見地方の水にとても良く似ており、柔らかく深みのある水なので、酒にコクが出るのだそうだ。

日本酒の価値を浸透させていく

T:そうした「本物の酒」の味が伝わって、もっと酒の価値が認められて欲しいですよね。
K:日本酒自体はカナダにも徐々に浸透しつつあるんです。ただ、本物の味を知らない人は残念なことに意外と多い。そして未知の味への挑戦を買って出る人は少ない。だから酒の価値も当然安定しない。そこを塗り替えたいんです。
T:この「泉」はカナダ唯一の醸造所でもありますから、その上で大きな役割を担いますね。
K:そうですね。もっと多くのお客さんやレストランに泉の生酒を知ってもらって、味の違いを理解していただければ、きっと酒の価値は変わっていくと確信しています。これからも地元での酒造りを貫いて行くのは当然ですが、酒の鮮度を保ちながら他国にも生酒を広めていけるルートが見出せれば、酒の味を広めていく上でさらなる一歩となることでしょう。


14.Ivan Fonseca 包丁研ぎ

ivan-fonseca01仏教に傾倒していた家族の影響で、精進料理を食べて育ったというIvan Fonsecaさん(以下敬称略)は、日本にゆかりの深い環境の中で幼少期を過ごしてきた。祖父の影響を多大に受け、現在、日本の包丁の良さを伝えるべく立ち上げた会社「Tosho Knife Arts」にて、包丁や砥石の販売、また研ぎ直しや修復などを行なっている。日本人の精神から得た彼の包丁に対する敬意と、そこに傾けた熱意とは。

祖父の影響、包丁への興味

TORJA(以下T):お祖父さんは何をなされてたんですか?
Ivan(以下I):祖父は建築家でした。日本製の建築工具を使用していたんです。
T:そこからどうやって包丁へと?
I:私は小さい時から料理をしていて。あるとき台所で自分が使っている包丁の鋼が日本製で、祖父が使っていた工具に使われていたものと同じ材質だと気づいたんです。そこから徐々に鋼、そして包丁にも興味を持つようになりました。
T:その興味が糧となって、鋼や刀など刃にまつわることや、包丁研ぎの勉強を本格的に始めたわけですね。
I:そうですね。

シェフとしての包丁の扱い方

T:Ivanさんはプロのシェフとしても長年働かれていると聞きました。
I:ええ。シェフとして働く中で、やはり一番多く触れるのは包丁です。それゆえその在り方を深く考えさせられることが昔からよくあって。
T:たとえば?
I:包丁はどういう風に扱われるべきなのか、もっと包丁に敬意を払うべきなんじゃないのかとかね。
T:深いですね。そう考えるに至る要因が?
I:多くのシェフは丸一日、朝から晩まで仕事に時間を捧げないといけない。そうなってくると、残念なことに、包丁をそのままシンクに放り投げていたりする光景って日常茶飯事で、色々と考えさせられてしまって。
T:忙しさにかまけてちょっと扱い方が乱雑になってしまっていると。
I:ええ。そういう扱いをしていると、包丁って繊細で、すぐに錆びたり、ダメージを受けて刃こぼれしてしまうんです。
T:その包丁で料理を作っていると考えると、味は一緒であれ食べる側も気分が悪いです。
I:その通り。私たちが生きていく上で必要な料理を生み出す包丁ですよね。そう考えると、包丁は私たちの生に密接に関わっている。だからこそ、包丁をもっと大切に扱って欲しいなって思うんです。ただ残念なことに、私の経験上、カナダ人シェフたちはそうした考えを持っている方が少ないように見受けられました。

ivan-fonseca02日本人の包丁に対する精神

T:日本人シェフとカナダ人シェフとでは包丁に対してのスタンスに違いが?
I:私の経験上、日本人シェフは包丁に敬意を示す方がほとんどなんですよ。例えば最も印象深かったのが、私の友人のシェフ。彼はいつも「包丁というのは手と一体化するもの」だと考えていて、決して汚れたままの手で包丁を触ったりしなかった。なぜなら包丁が手の汚(けが)れを吸い取り、そこにそのまま宿ってしまうと考えていたからなんです。彼はむしろ包丁をただの料理に使う道具としてではなく、自分の身体の一部分であり、「生」を生み出すものだとして敬意を払い、驚くほど丁寧に扱っていました。本当に感銘を受けましたよ。
T:日本人はそういう精神を持っている方が多いと。
I:ええ。それに対して、残念ながらカナダ人ではそこまでの精神を持って包丁を扱っている方はかなり少ないと思います。

ストーリーを知って欲しい

T:Tosho Knife Artsを立ち上げたのもそういった経験が生きているんですか?
I:そうですね。より多くの方たちに正しい包丁の扱い方を理解して欲しいという気持ちから設立に至りました。それと包丁だったり、砥石だったり、そこにストーリーがあることを知って欲しいというのもあって。
T:ストーリーというと?
I:例えば本焼き包丁は、約50〜60回の行程を経て完成するんです。そこには職人の熱意と、魂が込められている。また砥石は、遠く昔に火山の噴火によって死んだ微生物や土が長い年月をかけて積み重なって、出来上がった土層の中から採掘されます。だから砥石の中にはその層がくっきりと浮かんでいるものもある。つまり包丁はただの鋼の板ではなく、砥石はただの石ではなく、歴史と物語の上に出来上がったものなのです。
T:なるほど。そうした歴史や物語を知ることで、包丁や砥石をもっと大切に扱おうという気持ちにさせられますね。
I:そこが私達の目指すところなんです。そうしたストーリーを知っていただき、自分の人生というストーリーの一部として、包丁や砥石をより多くの方に、長く大切に使っていただくことを促していくことが、これからの私の使命だと自負しています。