卵とデザートとわたし

mon K patisserieオーナーパティシエ

喜多 竜介さん

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Coxwell駅からバスで約5分の閑静なEast Yorkエリアにあるペイストリーショップ「mon K patisserie」。喜多さんご夫婦が経営している同店には2012年6月のグランドオープン以来、日本人、そして地元常連客と、着実にそのファンを拡大し続けている。そんな多くの人が求めてやまないmon K patisserieの味を作り出しているのがオーナーシェフの喜多竜介さんだ。

ペーストリーショップである同店の棚に並ぶのは、そのほとんどが卵を使用したもの。なかでも今回特に注目したいのは、同店のラインナップに最近新たに加わったプリンだ。同店のプリンは「濃厚でなめらか」をテーマに、黄身だけを使用したことで、クレームブリュレに近いような濃厚さがありながらも、コッテリではなく、スッと口の中でとろけるようなイメージであり、材料には卵にクリーム、ミルクと、ごくシンプルなものが使われている。「シンプルなお菓子というのは火の通し方一つにもすごく左右され、技術がはっきりと味となって表れてくるので、一切ごまかしが効かないとても難しいとされるものの一つです」黄身が固まるギリギリの温度で湯煎、ミルクとクリームを沸騰させずに、卵が固まる寸前の温度まで上げて一緒に合わせるといった繊細な作業から、なめらかさが生まれる。「卵と温度の関係は密接で、そこを調節するのがパティシエの腕の見せ所。毎日が勉強です」

また、マカロンを作る際には、使用する卵白をわざと3日間冷蔵庫で寝かし、コシが切れて水溶化した卵白を使うことで、メレンゲがキメ細かく仕上がるようになると喜多さんは話す。「味的にはあまり変わらないのですが、割りたての卵白を使うと、必要以上に空気が入ってしまってダマのようなものができてしまのですよね。食材はいつもフレッシュなものを使うということは必ずしもすべてに当てはまるわけではなく、お菓子によってはわざとエイジングさせた方が良い場合もあります。前述の火加減同様、卵とはいつも挌闘しています」

生菓子であるケーキ(お菓子)。喜多さんはメレンゲにしても、卵黄にしてもきちんと決められた温度で殺菌、とくに小さな子供や高齢者も食べるものであるからこそ、衛生管理には特に気を遣っている。カナダで生卵を食べることに対し、少なからず抵抗を感じるという日本人は多く、日本はまだ良いが、カナダの衛星管理にあまり信用性が置けないというのが大きな理由のようだ。だが、そういった流れは近年、少しずつ変わってきたのではないかと喜多さんは語る。「最近はファーマーズマーケットなどでもFree Rangeの卵などが見られるようになりましたし、卵の品質改良の動きはこれからどんどん広がっていくのではないかと思います。すべてでなくとも、たとえばプリンのように卵の味が特に活きるものに対して、こだわりの卵を徐々に使っていけたらなという思いがあります。ですが、なかなか定期的に同じ量を同じ品質で、それも小さな農家から仕入れるというのは難しいのが現状。将来的にある程度の量をきちんと買えるようになれば、仕入れ農家の名前も商品名に 入れて販売していきたいなと思っています」

以前テレビで“食べるエサの色によって、黄身の色が変わる”ということを知り、卵にはその鶏の食べたものがそれほどまでにダイレクトに影響するのだということに衝撃を受けたという喜多さん。それがきっかけとなってこだわりの、美味しい卵を自身も使っていきたいと思うようになったという。「卵はなにを作るかで作業工程がコロコロ変わるので、とても扱いが難しい食材です。さらに卵黄だけ、卵白だけといった一部だけを使うお菓子もあったりと、実に多種多様な変化を見せる食材でもあります。卵アレルギーを持っている方もいらっしゃるので、いくつか卵抜きのものを作ろうかとも思うのですが、お菓子を作る上でとても重要な食材である卵を使わないものを作るということには、やはり苦戦します」

喜多 竜介(きた りょうすけ)
大阪に生まれ、1999年に来加。日本料理のシェフとして働いたのち、フランス料理へと転向。フランス料理部門だけでなくベーカリー部門にも携わるようになり、2足のわらじを脱ぎ捨て、ペーストリーに専念することを決意。その後トロント、フランスのペーストリーショップで修業を積み、2012年に念願の自身のペーストリーショップ「monK patisserie」を妻の直美さんとともにオープンさせる。

TOHENBOKU RAMENパティシエ

入江 孝治さん

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Osgoode駅から西へ3分、Queen Street West沿いというアクセス抜群の場所にあるTOUHENBOKU RAMEN。同店は日本のプロたちがプロデュースしたらーめんと本格スイーツが一つの店舗で楽しめると評判の店で、多くのトロントの人々を惹きつけている。
「日本人が作る日本のフランス菓子をトロントで」をコンセプトに同店デザートレシピを考案したのは、日本でパティシエとして30年働いた経歴を持つ入江孝治さん。昨年12月の同店オープン時の拠点は日本であったが、今年3月にトロントへと移り、現在では同店厨房から自身の考案したデザートをお客さんに提供している。

同店で使用されている材料はすべてがカナダ産。卵は同店で提供されている鶏白湯らーめんと同じオンタリオの養鶏場から仕入れされている。カナダの卵は日本の卵と違い、黄身が小さく、色が薄いと語る入江さん。卵を含め、材料すべてが日本のものとは違うカナダ。味わいはもちろんのこと、卵という同じ食材であってもその扱い方も変わってくる。「メレンゲを作るにも、日本の卵とはやはり感覚が違ってきます。いかに日本で作っていたもの同様、絹のようにキメの細かい、ふわっとした口当たりの良いものを作っていくことができるのかと、日々研究しながらデザートを作っています」

入江さんに同店のデザートの中でも特に卵の風味を感じるものを尋ねると、同店一押しの「ミルクレープ」と「チーズケーキ」を薦められた。同店のミルクレープは9層のクレープ生地から成り、このもちもちとした柔らかいクレープ生地を作るために新鮮な卵は欠かせない。その日の朝に入荷された卵を使い、入江さんの手で一枚一枚のクレープ生地が丁寧に焼き上げられていく。このクレープ生地に同様に新鮮な卵を使用して炊き上げられたカスタードクリームと生クリームをサンド。生地からもクリームからも卵の芳醇な香りが感じられる。「このクレープ生地のもちもちとした食感はその日限りのもので、やはり鮮度が重要となってきます」

もう一方のチーズケーキは、入江さんの師匠・直伝のベイクドチーズケーキ。小麦粉を使用せず炊き上げたカスタードクリームにクリームチーズを混ぜ合わせ、そこにふわふわのメレンゲを加えるという独特の製法で作られるクリーム生地は実になめらかで濃厚。クリーミーな舌触りを生み出して、下に敷かれた香ばしいサクサクとしたクッキー生地と相まって、多くのお客さんを虜にしている。「この二つの他、カスタードクリームでも卵は特に重要な役割を果たしています。口の中ですっと溶けるような、そんな柔らかなカスタードクリームを提供できるよう、温度管理などにも細心の注意を払いながら、こだわりを持って作っています」

トロントに拠点を移してから約一か月。以前の短期滞在時には気づかなかったことも多くあるという。「卵などは日本のように品質が均一化されておらず、同じ卵であっても日によってバラつきがあります。”何か今日はいつもと違うぞ”といったことがないよう、いつでも同じ味が提供できるように、一つ一つ丁寧に作っています。また、当初のレシピを改良することも心掛けています」

デザートと関わること30年。入江さんが考える、デザートを作る上での卵の存在とはどのようなものだろうか。「卵を構成する卵黄と卵白、ただこの二つだけをほぐして混ぜ合わせても美味しいものを作ることはできません。砂糖とすり合わせ、熱を加えることでようやく卵に味が出てくるのです。その効能を活かし、いろいろなフレーバーと組み合わせて、新しいものを生み出すことができる卵は、お菓子にマジックを起こすのです。現在提供しているすべてのデザートで卵は使われており、お菓子作りに卵は絶対に欠かせません。卵、砂糖、小麦粉といった必須食材が生み出すハーモニーは、とても重要なものだと思います」

入江 孝治(いりえ こうじ)
日本で30年間洋菓子店や大手ホテルなどでパティシエとして働き、伝統的なフランス菓子を学ぶ。昨年オープンしたTOHENBOKU RAMENで「日本人が作る日本のフランス菓子をトロントで」をコンセプトに日本からレシピを考案。メニューの完成、スタッフの指導のために同店オープン前にトロントに短期滞在する。今年3月からは拠点をトロントに移して、同店キッチンで自らの腕を揮っている。