芸能事務所、その多様化するビジネスモデル | 世界でエンタメ三昧【第42回】

ブランドと権利で稼ぐ芸能事務所

エンタメ三昧とはいえども、過去41回、ずっと触れたくても触れられなかった分野があります。エンタメでありながら最も属人的で、市場競争原理が見えにくく、そして最も注目されて憶測渦巻く業界…芸能事務所です。昨今世間をにぎわすジャニーズ事務所のSMAP解散、その後の稲垣・草彅・香取3人組でのAbemaTV出演など、ザ・エンタメとして耳目を集める力は「タレント」に勝るものはありません。

芸能事務所もその構造だけ言ってしまえば人材派遣会社です。タレントを雇用して、テレビ番組・CM・映画・マーチャンダイジング・イベントへ派遣して、その市場価値と雇用価値との利ザヤをとる。事務所によってはジャニーズのように完全雇用の特定型、吉本興業のようにフルコミッションの登録型など違いはあるものの、基本的には原価となるタレントの雇用価値をベースに、どれだけCM出演から版権獲得まで市場価値を高めていくかの勝負になります。ただ一点、人材企業との大きな違いは、個々の「ブランド価値」とそれを換金化する「権利ビジネス」の存在です。

「ブランド」は言うまでもなくタレントの人気です。スキル・経験といった労働価値とは一線を画し、その人自身である容姿・声・雰囲気そのものにユーザーが極端に集まることによって「ヒットコンテンツ」のような付加価値が形成されます。年齢・経験によらず、株のように突然の値上がりがありえる。そして「権利」とは、主にそのタレントを通して電波される音楽の権利。音楽出版社として楽曲の著作権を握り、それがレコード・CDとなって出版されたり、ライブで演奏されたり、CMなどで使われるたびに、権利として料金を請求するのです。

音楽権利ビジネスの歴史はそれほど長いわけではなく、ビートルズの時代に成立しています。彼らがアメリカに上陸した1964年から活動を停止する69年の間に(現在の知名度からは驚くべきことですが、彼らの活動期間は英国時代も含め、実はたったの10年間!)、アメリカの音楽市場は約3倍に膨れました。「外国」である米国で英国の音楽が席巻するなど事例もなかった時代に、64年の1年間で$25M(現在の価値で188億円)を稼ぎ出し、「プロモーションビデオ」でタレントをブランド化し、「アルバム」として厳選された曲をパッケージとして売り出し、固定ファンをつくりプレミアムな情報を提供する「ファンクラブ」で固定ファンを囲い込む。こうした現在の音楽ビジネスの原型は実はビートルズが初めて先駆けたことであり、60-70年代の日本にも普及していきます。

テレビとともに成長し、放送局を凌駕する

日本最古の芸能プロは1912年創業の吉本興業です。戦前は演芸・劇場にタレントを送り込む斡旋業のような形態でしたが、彼らのビジネスを変えたのはTVの存在です。芸能事務所とは「テレビ画面」という限られた視聴番組枠を、TV局・制作会社と一緒になって寡占してきたキャスティング会社です。なかなか市場化されておらず、2003年のランキングである図1のトップの興行会社の中でも、上場しているのはエイベックスとアミューズくらい。MBOした吉本興業を筆頭に、ほとんどが株式公開されていないので経営実態も読めないのが実情です。ただ納税申告額から推察される売上規模は、ジャニーズがトップの1000億、次に劇団四季・エイベックス・アミューズなど数百億規模(2017年現在はエイベックス1600億、アミューズ500億)の会社が続いています。放送局のトップ5社が2000~5000億円規模であることを考えると十分に納得できる数字ではあります。

芸能事務所の主だったところは、1950-60年代に設立されたものが多く、まさにTV局との関係性によってポジショニングを変えてきました。時にその巨大な人事の采配権によって、勢力図が動くことも稀ではありません。例えば1955年設立の渡辺プロダクション、通称ナベプロ。60年代に急激に頭角を現し最大手事務所として幾つもの逸話を残しています。1973年日テレの『NTV紅白歌のベストテン』にかぶせて、テレ朝と『スター・オン・ステージ』という番組を開設したことがありました。当時のナベプロは最大手事務所、そのタレントが出ないとなるとただではすまないと日テレ側が協力を求めに行くと「そんなにウチのタレントが欲しいなら、放送日を替えりゃいいじゃないか」と喝破しました。芸能事務所と放送局のパワーバランスを示すこの「月曜戦争」の事例も、結果的に日テレ側が勝利し、徐々にホリプロ、田辺エージェンシー、バーニングプロダクションといった新しい事務所が台頭してくるきっかけともなりました。ジャニーズもその一つで、郷ひろみから始まり、たのきんトリオ、少年隊、光GENJIときて、SMAPで「アイドルからバラエティ路線」を開拓したことで1995年に納税額で吉本興業を抜いて最大手の事務所となります。

テレビ・音楽からライブ・映像へ

あらゆる業界がそうであるように、業界が成熟してくると「IP」としてのキャラクター・タレントの力が大きくなります。どこも似たり寄ったりの番組になると、差別化はそうした人・キャラの違いしかなくなってくる。TVも同様ですが芸能事務所が最も大きくなったのはTVの成熟期である90-00年代です。ジャニーズ、吉本興業、ホリプロ、エイベックス、アミューズなども1990年前後は年商100億程度の(現在からみると)中規模サイズでした。それが数百億サイズに伸びてくるのが90年代後半、音楽を「権利」ビジネスとして展開していく時代です。音楽CDは芸能事務所にとって長らく最大のドル箱でした。1枚3000円の原価は6%。原版印税を含めてレコード会社に入る粗利は40%を超えます。1998年にピークを迎える「音楽パッケージ」市場が、芸能事務所のビジネスを大きく変えていくのです。

00年代に入るとそうした音楽CDビジネスも配信型・映像型へと切り替わっていきます。こうした主軸ビジネスの推移を辿るのに象徴的な事例がエイベックスです。97年、09年、16年の収益源を比較すると90年代はほとんど音楽(というより小室哲哉1人で280億近い稼ぎ)でしたが、00年代はライブで拡大し、10年代は特にdアニメなど映像権・ストリーミングサービスで伸びています。音楽事業自体は300億前後ですが、それ以外の事業が大きく成長してきました。

事務所にとって、60-80年代はテレビ枠を獲得し、スターを育てる時代でした。90年代からはそこに音楽権を絡ませ、音楽で儲ける時代に入ります。それまではレコード会社に一任していたTV局も芸能事務所も、自ら音楽出版社を立ち上げ、権利をとってビジネスを展開していきます。00年代はライブを中心にユーザー参加性を高めた音楽の派生ビジネスがメインとなります。そして最近では配信・アニメ、といった具合です。有力なタレントを抱えて、ビジネスを多角化してきた事務所は現在も成長し続けており、逆に純粋なタレントマネジメントのみを行う事務所は規模も伸び悩んでいます。

さらに2000年代はコンテンツ企業が芸能事務所、音楽出版社をもつという新しい時代に入ります。代表例がブシロードで、自社でレコード会社・音楽出版社をもちながら、響という声優事務所でマネジメントを行い、タレントバリューでグッズ販売、番組販売、協賛金などを集めていきます。こうした事例をみて、他の芸能事務所も「声優」という新規ジャンルでタレントを発掘してマネジメント、といったことが起こっています。タレントがいる限り、このビジネスは消えることはありません。それでいうとYoutuberのタレント事務所のUUUMも最近上場し、その売上は昨年70億からいま100億に届かんと成長をしています。Digitalは地上波TVと違ってコンテンツの参入障壁が極端に低いがゆえに視聴が分散しタレントも育ちにくいものではありますが、この100億規模の新しい事務所が、今後寡占メディア化していったときにどのくらい現在の芸能事務所と競っていくのかは非常に楽しみな動きでもあります。まさに芸能事務所も群雄割拠、他領域とのアライアンスで多角化しているというのが今の偉大なのです。


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中山 淳雄

ブシロードインターナショナル社長​。リクルートスタッフィング、DeNA、​デロイト​を経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで​新規事業会社設立後、現在​シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了​、早稲田大学MBA非常勤講師​。​著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。