WWE – 世界一のプロレス興行団体 | 世界でエンタメ三昧【第47回】

映像メディア事業としてのWWEプロレス

 WWEという名前をきいたことがありますか?World Wrestling Entertainmentというその名が示す通り、米国発の世界最大のプロレス団体です。ただ「プロレス」は野球やサッカーに比べるとまだまだマイナーなスポーツに思えます。WWEの2017年の年間興行動員数は延べ210万人(北米170万、海外40万)。第32回でも研究しましたが、米国4大スポーツのMLB(野球)7300万、NBA(バスケ)2200万、NHL(アイスホッケー)2100万、NFL(アメフト)1750万に比べればまだまだ、といったところ。アメリカでは人気のないMLS(サッカー)の620万にも届きません。

 ところがWWEのレスラーというのはアメリカでは5、6歳の少年でも皆知っているようなヒーローでもあります。マテル社のアクションフィギュアでいえばスターウォーズやタートルズに次いで、WWEのレスラーのフィギュアが全米3位の売上。Dwayne “The Rock” JohnsonというWWEレスラーは同時にハリウッド俳優でもあり、ハムナプトラ2やワイルド・スピードにも登場し、Forbesが選ぶ高所得セレブリティでも17年で22位にランクインする超有名人。興行そのものは(土地が広すぎる米国ならではの理由もありますが)参加者数が限定的でも、実は興行の「視聴者」として考えると、4大スポーツに伍するだけの露出が十分に担保されているのです。

 プロレスといえばチケットを買って会場でみる「Live Event」のイメージが強いですが、それはWWEの全体の売上2割程度にしかすぎません。それでは何で収益を稼いでいるのかといえば、「映像」なのです。図1をみるとPPV(Pay-Per-View)といって、試合の同時視聴サービスが2001年ごろから$100M超とLiveEventそのものよりも売上をあげています。それもそのはず、興行参加者の200万人に対して、有料のPPV視聴者が400〜500万人もいるのです。驚くべきはその客単価、試合チケットの平均費用は$37〜40(13年$48、16年$58とここ10年上がり続けていますが)に対して、PPVは$34.95(07年から$39.95、10年から$44.95)と、もはや試合観戦と変わらぬ値段。最も視聴率の高いWrestleManiaに関しては、PPV費用は$55〜60にもなります。海外は興行チケット$70〜80の、PPV$15〜20と十分な価格差がついていますが、年間300程度の試合のうち12回ほどしかみれないPPVの視聴に、この価格戦略でユーザーがついてくるのは、映像にお金を払うことに慣れている米国ならでは。近年では2014年ごろからNetflixのような月次定額課金サービスSubscriptionに入れ替わり、有料加入者は80万(14年)→120万(15年)→140万(16年)とどんどん増えており、映像の有料配信としては十分な収益確保が出来ています。

 それ以上に驚くのはTVRightsとしての放映権です。地上波・ケーブル放送のWWE視聴者は年間約2000万人います。2000年前半では$50M程度だったその収益は、2008年に$100M、13年に$160M、直近17年には$270Mまでうなぎ上り。もはや興行収益の2倍近い額が「放映権」として入ってくる状態にあります。興行20:映像50:グッズライセンス30のWWEは、利益でいうとさらに映像に依存しています。極論を言えば、興行そのものはおまけであって、むしろ興行そのものを映像化して通信・放送・ビデオとして「映像販売をすること」が事業の根幹をなしているのです。

興行・グッズの日本と映像事業の米国

 では日米でのプロレス事業の違いはどうでしょうか。図2は2007年時点でWWEと新日本プロレスの売上・利益の構造比較を行ったものです。当時は新日本も史上最低水準の売上の11億にまで落ちており、正直$317MのWWEとはまともに比較にならない差があります。新日は当時興行5億の、テレビ朝日の放映権4億弱、この2つでなんとか存続している赤字組織でした。

 米国にあって、日本にないのは「PPV/Subscription/Advertise」といった「自社で映像・広告販売する機能」です。当時の日本では当然地上波がメイン、PPVなどの映像販売機能はほとんど発達していません。また放映権料もこれ以上にはあがらず、米国のような「コンテンツを買うために放送・通信プラットフォーマーが買値をあげていくような状態」は起こりませんでした。スポーツ事業は儲からない。むしろ球団・チームを丸ごと借り上げてプロモーション目的にお金を補填していく事業、というのが長らく日本がおかれていたスポーツ事業の前提でした。

 ただ米国内でも映像、特に放映権に関しては大きな構造変化が起こりました。2007年と2017年のWWEの売上・利益を比較すると、放映3倍、通信2倍、興行1.5倍となりました。この直近10年、いかに米国の通信・放送がコンテンツ業界を巻き込んで構造変化していったのか、そのインパクトの大きさを実感します。

 2017年でも米国で$800MのWWEと日本で約40億円の新日本、いまだ20倍近い差が開いています。新日も当時の11億から4倍に成長しましたが(詳細は第38回参照)、WWEもまた、$300Mから2.5倍成長しています。プロレス市場自体が成長トレンドというわけではありません。WWEも新日本も、いずれも米国と日本で市場原理によらず独力で大きくなっていった企業です。

 ですが、いまだに20倍の差があるのは、視聴者人口と映像ビジネスの構造の違いによるものが大きいです。3億人のアメリカで150万人(0.5%)集めて、2500万人(10%)が放送・通信で視聴するWWEに対して、1億人の日本で40万人(0.4%)集めて、数万人が視聴している年商40億円の新日本プロレス。興行動員数そのものでいえば、それほど違いはありません。チケット価格もそれほど違いなく、むしろグッズもあわせた興行における収益性は新日のほうが高いといえる水準です。しかし放映権やSubscriptionといった映像収入で圧倒的な違いがあり、それこそが日本におけるスポーツ事業の収益化の難しさを感じます。

世界最高峰のスポーツ団体を築いた米国映像業界

 図3をみれば、WWEの$800Mがいかに凄いかがわかります。スポーツチームの運営というカテゴリーの上位はほとんどがサッカーに占められます。日米のような野球やバスケ、さらにはプロレスというのはかなり特殊な域で、全グローバル単位でみればメジャースポーツから連想するのはほとんどがサッカーです。しかし、マンチェスター・ユナイテッド、バイエルン、アーセナル、そうした並居る世界的有名なクラブを押しのけて、WWEは実は世界一のスポーツ団体でもあります。プロレスなのに、です。もちろん売上ベースのものですので、基準による違いはありますが、それだけ映像としての力に集約し、・興行を収益最大化するとここまでなる、ということの証左でもあります。


 ここは根本的な問いに戻ります。なぜ北米では映像が高いのか?PPVや放映権が高い金額で売れるのはなぜなのか?シンプルに言うと「競争があるから」です。2010年代前半は旧勢力である地上波やケーブルテレビ(ESPN)などの放送メディアに対して、新勢力のNetflix/Amazonといった通信主体のメディアがコンテンツ獲得の競争を仕掛けているからです。RAWとSmackDown!の視聴率は2006年の4%/2.8%をピークに徐々に下がって2016年には2.5%/1.9%まで下がり続けています。みている人は減っているのです。それにも関わらず、「ライブ視聴の付加価値が高い」こうしたスポーツ系コンテンツは通信時代で価値が増大しており、放映権料は上がり続けているのです。

 スポーツ興行ビジネスの収益源はタレントとライブの強みを生かした興行(チケット/広告/スポンサー/グッズ)でコアファンをつくりながら、映像(PPV/サブスクリプション/広告)で広範なユーザーに視聴機会を広げてブランドを一般化し、ライセンス・グッズなどでコレクション性のあるアイテムをユーザーの手元に届けます。ですが、究極的にはハコを借りて運営して1人1人からチケット収入をとる興行は労働集約的で、回数をこなし、規模のリスクをとらないとなかなか売上拡張が厳しい。そこでブランド価値を高めて、映像権やスポンサーで一気な大きな額のディールを行う、といった飛び道具が収益の大きな部分を占めます。だが映像は需給バランスで大きく値崩れが起こしがち、最終的にそのスポーツを守ってくれるのは会場に足を運ぶ興行ファン、という根本は揺るぎません。

 映像ビジネスの構造要因でこれほど巨大に膨れ上がったWWEがどこまでサステイナブルなものなのか、まだ予断は許しません。そもそも2番手以下が$10M程度といった1社独占的な市場が市場バランスの原理としてどこまで維持できるものなのかも、他の野球やサッカーにはないプロレスならではの未来をみせてくれるのではないかと期待しています。


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中山 淳雄

ブシロードインターナショナル社長​。リクルートスタッフィング、DeNA、​デロイト​を経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで​新規事業会社設立後、現在​シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了​、早稲田大学MBA非常勤講師​。​著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。