テイラー・スウィフトはなぜYouTubeにキレたのか | 世界でエンタメ三昧【第49回】

音楽が市場化するまでの1000年、市場化した100年

 むかしむかし、音楽と言葉はほとんど同じものでした。詩のようなものを口にするとそこにリズムがのって、中世までの人の会話はまるで演劇か本を朗読するようなものだったと言います。その音楽と言葉が分かれるきっかけになったのは、グーテンベルクの印刷技術の時代、すなわち「言葉は黙読するもの」が習慣化する15世紀。そのあたりからルネサンス期で「おおっぴらに音楽にあわせて歌を歌うこと」が民主化していきます(中世のキリスト教会では歌は興奮を呼び起こす性的な作用をもつとして宗教的禁忌にしていた時代もありました。絵がそうであったように、歌も宗教に関わるもののみが許されたのです)。音楽は17世紀バッハの時代に構造化され、量産されはじめます。18-19世紀はまさにそのピークを迎え、ピアノなど楽器の発展とともに音楽が社交の道具としてポータブル化した時代です。当時の欧米社交界は貴族の妻たちが競って「サロン」(現在のSNS交流会のようなもの)を経営し、皆がモーツアルトやリストといった作曲家をサロンに呼び、音楽を通して交流したのです。ここまでは音楽が人を結び付ける媒介に過ぎなかった時代のお話です。

 20世紀の音楽市場は「モノ」化することで誕生します。個人の趣味・社交の道具など「コト」でしかなかった音楽を、蓄音機・ラジオ・レコードといった媒体にとじこめ、いつでもポータブルに呼び起こせる「モノ」にしたことで音楽は商品になりました。20世紀前半まで音楽業界の主役はレコード会社です。ビニル製レコードを製造するメーカーが工場をもちながら、歌手も作家も専属契約する垂直統合型の産業でした。ところが20世紀後半に入ると、ファブレス・水平分業の時代に入ります。工場どころか営業所ももたないレーベルが出始め、タレントマネジメントするプロダクションも参入し、TV局やアニメ会社などもタレント契約をベースにしながら音楽事業を展開します。渡辺プロが1961年に展開した植木等「スーダラ節」(累計80万枚)が最初の事例と言われ、徐々に音楽事業はタレントを中心に企画・制作・宣伝さえできればよいソフトプラットフォームになっていきます。

 この「モノ」化市場の絶頂期が80-90年代のCDの時代です。レコードからカセットに遷移しながら停滞をはじめていた音楽業界は、何度再生してもクオリティが変化せず、また原価も安い夢のような「CD」という発明に歓喜します。この時代はマスメディアと音楽の蜜月時代です。TV局の売上が90年代後半まで最大化するのに沿って、TVドラマとのタイアップをベースに音楽CDは1998年最大の売上を記録します。小室哲哉と宇多田ヒカル登場までのこの時代、21世紀の足音がこれほど音楽市場に厳しいものだったとは当時中学生の自分には全くもって予想もできませんでした。

21世紀、青天の霹靂の10年

 誇張なしに、21世紀最初の10年間は、1世紀かけて育てた音楽業界にとっての「青天の霹靂」でした。この10年の音楽業界は、あらゆるコンテンツ産業の未来を予言しています。出版も新聞も、テレビも映画も、その時代を後追いで体験しているのです。すなわちデジタル化による20世紀型のパッケージビジネスの瓦解です。運命的なことに、この最初の事件はナップスター、1999年から2003年という世紀の切り替わりに始まります。

 日本ではWinMX、Winnyなどのファイル共有ソフトが流行しましたが、個々人の音楽が自由に交換できるというインターネット黎明期の画期的なサービスです。動画・音楽などのファイルを共有するユーザーが後をたたず、9割以上が著作権違反のコンテンツでもありましたが、逆を言うとこの事件をきっかけに著作権ビジネスが整備され、21世紀に入って著作権収入はぐんぐん伸びます。イノベーションは常に整備されていない荒地で現れ、結果として適法・違法の線引きが引かれるだけなのです。Napstarに対する訴訟金額は2.7万社から合計。日本でもファイルローグという会社が19社から3.7億円の損害賠償請求をされている。ちなみに創業者のショーン・パーカーはNapstarの後にFacebook初代CEOも務め、Spotifyにも出資という華麗すぎる起業家経歴をもっています。

 音楽という権利ビジネスにおいて、既存の楽曲の権利所有者を抱き込まない限り、こうしたユーザーの利便性のみを追求したTech勢が合法的に産業からはじき出されるのは、自明の理でもあります。少し昔にツタヤがレンタルビデオ・CDをはじめたときも同じ問題がおき、その際はCCCが27億円を支払うことで合意までもっていきました。Spotifyも株式を世界トップ3のソニーミュージック、ユニバーサル、ワーナーと資本関係を結ぶことにより、権利者利益に沿う形で成長したのです。そうするとどうなるか。図1は世界最大の音楽定額配信プラットフォーム、Spotifyの業績です。売上は3000億近くまで伸びている反面、赤字はずっと広がっています。というか創業以来黒字が出たことがありません。なぜか。売上の7-8割がすべてロイヤリティで支払われているのです。ものすごく聴かれるようになった楽曲は世界で1億人規模で支えても、重過ぎるロイヤリティでその存在が押しつぶされてしまったりもします。

Pandora/Spotify/YouTubeと適法の境界

 同様のことがPandoraにも言えます。そもそも音楽垂れ流しのラジオに放送単位での楽曲使用料が払えるのでしょうか。そこはやはり著作権法案との関係性が色濃く影響しています。Pandoraが流行った背景に、法規制の存在があります。Internet Radio Equality Actというネットアプリが売上の小さい間は楽曲使用料を支払わなくてよい法律が、2008年7月にiPhoneアプリとしてPandoraが社会現象を引き起こした時代に可決、この法律がなければ小規模のPandoraがこのような成長をみせることなどありえなかったでしょう。

 そして同時に、後半期に決定された「0.11セント/再生」の楽曲使用料がPandoraを苦しめます。こちらもSpotify同様、創業以来2010年を除いて黒字になったことのないサービスです。車社会の米国で流行しているPandoraが日本や海外に展開しないのもこの楽曲使用料の高さが関係しています。


 じゃあそんなに著作権払わなければいいんじゃない、ということで第3ポジションにYouTubeがいます。YouTube視聴の6割が音楽ビデオです。大半が音楽をきくためにYouTubeを使っています。そのYouTubeからお金がとれない、ということが楽曲権者のなかで問題になっています。図3はYouTubeとSpotify/Pandoraの違いについて表しています。YouTubeでは9億人ユーザーがいますが、1回視聴してもらっても広告価値としては0.1円、合計すると広告市場規模は610億円。うちミュージシャン自身には1人あたり70円くらいしか還元されていません。対するSpotifyやPandoraなどサブスクリプションは2億人ユーザーがおり、そこからの収益は世界で4300億円。こちらは1回視聴ごとに12-32円程度の還元を行っています。だからテイラー・スウィフト全員からお金をとっているため、視聴あたりの価値が高いのです。それは同時に、ミュージシャンへの還元率も高いのです。1人あたり1200~1600円。なんとYouTubeの20倍前後もの支払いをしています。これがゆえに「YouTubeは音楽家の敵」といった訴えがテイラー・スウィフトからも出ています。


 広がる(使われ・聴かれる)ということと、マネタイズする(聴かれた分きちんとライセンス請求する)ということは、ある意味矛盾する対方向のことでもあります。どんどん著作権フリーにして使ってもらったほうが広がるし知名度もあがりますが、ある程度知名度があがったらマネタイズしていかないとそもそもマーケティング費用の捻出も難しい。選択的になりすぎると、エンタメは育ちません。パッケージで新しい音楽を回遊して聞くから新しい嗜好が育つのです。たいがいストリーミングサービスの売上シェアは売上はメジャー7割、インディーズ3割。これがPandoraだと逆転するのです。ユーザーがながら聴きで回遊してくれるからインディーズブランドが育つ。これはPandoraがSpotifyに優する特徴といえるでしょう。デジタルになって音楽は身近になりました。ただ身近になって聴かれるようになったその時間からどう権利者を切り分けて、マネタイズしていくのか。米国という実験的国家が先鞭をつけて、現在もデジタル音楽市場の半分は米国から生まれてます。対する日本は既存の権利者とのパワーバランスで、なかなかこうした画期的サービスがうまれてこないのも国民性を表すところと言えるんでしょうか。


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中山 淳雄

ブシロードインターナショナル社長​。リクルートスタッフィング、DeNA、​デロイト​を経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで​新規事業会社設立後、現在​シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了​、早稲田大学MBA非常勤講師​。​著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。