世界に羽ばたくアニメイベント事業|世界でエンタメ三昧【第59回】

50万人が殺到する世界一アニメイベントのコミケ

 マンガ・アニメ系イベントというと何を思い浮かべますか?日本ならコミケ、米国ならAnime Expo、カナダならAnime North、東南アジアならAFAといったところでしょうか。コスプレイヤーがいて、ゲームやアニメの会社が出展して新商品やグッズの販売を行い、有名なタレントのトークショーやコンサートが行われる。こうしたイベントはもはや我々の日常の一風景となってきましたが、一般の人にはまだまだ敷居があるのかもしれません。少なくとも5千円~1万円のチケットを購入して、5〜10万円分のグッズをたんまり購入するといったユーザー心理はいまだ一般な消費者とはだいぶ距離があります。

 マンガ系イベントで世界ギネス記録は当然日本のコミケです。年末の3日間で延べ50万人が参加する世界最大のオタクイベントです。そのはじまりは1975年「日本消防会館」に700名が集う小さなサークル活動にすぎませんでした。参加者も9割が中学・高校の女子であり、荻尾望都「ポーの一族」など少女漫画のファンクラブなどが中心になっていました。ただその後の成長は誰もが予想しないもので、5年後の80年には10倍の7千名、「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」などアニメ色がどんどん強まります。85年にその5倍の3万名、90年にはさらに10倍近い25万と、80年代を通してすっかりマスなイベントへと成長しました。

 90年代は宮崎勤少女殺人事件とオタクが結び付けられ、宅八郎などシニカルにオタクを捉える傾向が助長され、有名にはなったけれど非社会的な印象が強く流布された、どちらかというと停滞の時代にありました。それが「新世紀エヴァンゲリオン」などをきっかけに、90年代後半から市場は大きく復調し、2007年に50万名規模まで成長します。ここでみると日本におけるオタクは80年代に急成長、90年代後半から00年代半ばまでに2段階目の成長があり、「電車男」によりポジティブに需要されるようになった反面、2010年代は増加せず安定したような時代、というのが日本の状況でしょう。

25年遅れて急増している海外のアニメイベント

 我々がもっと知るべきは、こうした国内のアニメトレンドが、実は海外でより大きく華開いている事実です。1990年米テキサスのA-Kon、92年米ロスのAnimeExpo、95年スペインのSalon del Manga、99年仏のJapan Expo、現在参加者10万名を超える巨大なイベントの大半はこの90年代に生まれています。この数が延べ人数でなくユニーク数であることを考えると、もはやアメリカ各地、イギリス、フランス、スペインでは20年かけて日本のコミケ級の巨大イベントが乱立しはじめている時代といえます。

 驚くのはほとんどのイベントが右肩上がりであること。日本コミケはここ10年頭打ちですが、世界中のアニメイベントはむしろ2010年以降のアニメ「配信」の波によって成長曲線をさらに大きくしています。年平均成長率のCAGRは図1のイベントはほとんどが10%前後、毎年1割ずつ増加し、7年で2倍になる高成長率です。それもそのはず、限られた地上波では数本、10数本しか放映されていなかったアニメが、ネットを通じて年間300本といったタイトルが日本と同じタイミングで視聴することができる時代になったからです。各国で10万名規模のイベントが乱立する様は、まさにオタク・マンガ・アニメ・ゲームがバズワードになった1990年前後の日本。いま世界中が25年遅れで、日本のポップカルチャー全盛の時代に入っています。

 図2は米国での80強のイベントを設立年ごとに規模分類したものです。巨大規模(3万名以上)は90年代の黎明期に設立したものも多いですが、意外に05年以降、最近設立したものでも急成長しているものがあります。1〜3万名の大規模イベントも同様でしょう。ただ全体的に顕著なのは2000年代前半にイベントの設立数が増加している点です。放送・ビデオ・DVDによる流通が一般化し、「AKIRA」「エヴァンゲリオン」「ドラゴンボール」「セーラームーン」なにより「ポケモン」が米国に急激に流通していく過程と機を一つにしています。逆にこの00年代以降に米国各地、それこそユタ・カンザス・ネブラスカといった内陸部にまで設立されたアニメイベントは規模も限定され、小規模のまま維持されているものも多いです。10年代になるとこうしたイベント設立ブームはいったん収束したこともあり、北米は地方も含め主要なアニメ(この時期になるとコミック色よりはほとんどアニメ色のイベントといえる)イベントはプレイヤーとして固定してきた、といえる状況です。

自社の事業インキュベーションとしてのイベント

 デジタルの世界が広がる動きと連動して、こうしたリアルなアニメイベントはコミュニケーションプラットフォームとしてより活性化していきました。7〜8割は公共交通・車で参加する近距離内、また10〜20代の若者が中心のイベント。こうした「地縁・趣味縁コミュニティ」が声優・監督などのタレントを中心に、映像・グッズとともに「同じ時間」を消費する、こうした市場はいま2020年間近に日本のみならず世界中で一大産業となったといっても過言ではないでしょう。2012年から毎年開催で8回目を迎えたドワンゴの「ニコニコ超会議」も毎年15万人(ネット来場者は500万人超)という巨大なイベントではありながら、同時に一度も黒字になったことがなく、時には4億円前後の赤字を費やすメディアとなっています。

 そもそも採算がとれないイベント事業、明確に効果があるかも見えないままに、なぜ続けられるのでしょうか。ニコ動の有料会員も12〜15年まで増加していましたが、16年以降は250万人から200万人弱までずっと下がり続けている状況です。それでもファンが一気に集うこうした場は化学反応で「新しいカルチャーが生まれる」といったことが起こります。初音ミクブームの火付け役も、小林幸子の復活劇も、新しいユーザーとの動きはこうしたイベントという特別な場によってストーリーが生み出され、次のビジネスチャンスになることが多いです。そういう意味ではイベントは一つのインキュベーション装置といえるでしょう。だからこそ意思の力で、赤字事業でも続けられていくのです。

 もちろん制約もあります。特に日本は今完全に「ハコ不足」の時代。コンベンション施設は80年代のバブル期に建設されたものが多く、ちょうど東日本大震災を経て耐震工事計画や、民主党政権の事業仕分けで閉鎖が決定されたものが続出。2020年オリンピックにむけてイベント需要の高騰により、人気の施設・大規模施設は平気で1年待ちといった事態に陥ります。音楽ライブ事業も、アニソン事業も、コミックイベント事業も、スポーツ興行事業も、いまはライブエンタメ業界は右肩上がりの大活況時代。そうした中で「ハコを抑える力」という別軸の競争要件が試される時代にもなっています。だからこそSonyグループが海外でもZeppというコンサートホール事業を展開したり、アジア最大級のAFAを主催するSozo社に資本をいれて、海外のイベントメディアの開拓に情熱を注いでいます。

 さて、そんな中でブシロードといえば、19年12月7〜8日にロサンゼルスはアナハイム、ディズニーランドの真横でCharaExpoというイベントを主催いたします。このご時世、米国でイベント事業を主催する事例は極めて稀、そしてこれは昨年に引き続き2年目の挑戦でもあります。どうか皆さま奮ってご参加ください。charaexpo-usa.com

2018年11月CharaExpo2018@Anaheimのライブ風景

atsuo-nakayama

中山 淳雄

ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP,2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。