未来が見えることの無価値|世界でエンタメ三昧【第64回】

ヒットは予測することが出来るのか

 私はその昔、歴史学を学ぶ学生でした。「歴史とは裏返しの未来である」を地でいく感じで、歴史がどう動いたかをみれば未来が何によって動くのかの理解に役に立つと思っていたのです。それはある意味正解でもあり、ある意味間違いでもありました。通信や広告、ITがどのように産業として成立してきたかをみれば、いまのPayPayやLINEペイなど決済手段をめぐる抗争の重要さも理解できるでしょう。スーパーからコンビニに小売のトレンドが変化したのを見てみれば、現在コンビニが落ちいっている停滞にも次の未来を予見していくことも可能なはずです。

 ただ歴史は政治・経済・産業といったインフラ的なものではなく、「人・作品」単位になったときに、あまり有用なものではなくなります。特にエンタメの世界で、何がヒットするか、といった作品単位であれば、もはや歴史の与える示唆が多くはないことは自明でしょう。「君の名は。」のヒットを分析すれば「天気の子」が生まれるわけではないのです。

 オセロとルービックキューブ、トミカそれにミニ四駆といった玩具のヒット作をみて、次のヒット作をつくることは可能でしょうか?エンタメのヒット作は、ほぼ必ずその時代の空気を背負った要素があります。1970年代のスポーツカーブームは、大学生が車をもっていないと女にモテないと本気で呟くような時代に、トミカが1971年に生まれ、1975年から「サーキットの狼」の連載が好評、といった当時のヒット作に色濃く反映されています。

 人々のその時に驚きとともに受け入れられる関心事というのは、その時にしか起こらない時代の空気的なものがあり、また同時にそこで生まれたヒット作そのものが、人々のブームに浮かれる空気感を定義づけ、醸成しているとも言えます。大ヒットには二匹目のドジョウが大量に生まれ、それが結果的に「ブーム」を引き起こす要因にもなります。つまりブームとは相互依存的な社会現象であり、何か最初に当たったものがあって初めて連鎖して生まれてくるため、「どんなヒット作が生まれるか」自体を予見することが極めて難しいものなのです。

過剰学習する組織の足をひっぱる方法

 ヒット作の分析的量産は不可能―そうはいうものの、「ヒットメーカー」というものは確かに存在します。彼らが作るものはすべて当たるといった10年に一度の大物プロデューサーのような存在です。彼らは一つ一つの成功・失敗体験を乗り越え、ヒットを連発させるだけの「胆力」を身につけています。誰もがみえない暗闇でおそるおそる進むコンテンツ制作のプロセスで、大胆にも大股歩きでどんどん進んでしまいます。時代が求めるものを大局的に読み、周囲を巻き込む剛腕さとともに、市況を読みながらマーケティングのさじ加減を絶妙に調整していくトップシェフのような存在です。彼らが作るものはそのままブランドを帯びており、彼の作る作品なら、とハリウッドの映画監督のようにタレントのまわりに資金と人が自然とついていきます。そういった関係性の質も含めて、構想の実現確度が上がっていくのです。

 ただヒットプロデューサーとヒット企業は違います。組織になってくると、こうした職人芸が途端にパターン化・硬直化するものです。「コンピテンシートラップ」という言葉があります。成功体験となった自社の強みを過剰に学習してしまい、それ以外の方向性を見失ってしまうのです。私の場合、リクルート時代は人材派遣での収益パターンが固着化しすぎたあまり、最初から収益性が悪いと思われる領域は人材ニーズが高くとも展開する機会を逃す場面を見ました。DeNAの時代にはゲームの収益性が高すぎるがゆえに、ゲーム以外の事業に意思決定がしにくい成功者の罠も実感しました。デロイトトーマツの時代には人件費商売というコンサルの前提があるがゆえに、レベニューシェアやライセンスといったスケール期待がある案件にも、リスクをとって(労務費というごく限定的なリスクにも関わらず!)進出する機会を逃した経験があります。企業が成功体験を確立した状態で、それを否定する新機軸は、合意形成に過大なエネルギーがかかるのです。

 事業を追求するには「Exploration(探索)」と「Exploytation(深化)」という2つの軸があります。前者の「探索」は、なにをやれば成功するかわからないなかで色々とやってみる段階。Webサービスを様々展開していたDeNAがソーシャルゲームにぶちあたるようなことです。後者の「深化」はすでに芽が出た成功法則に基づいて、より成功の再現率を高めるために改善を続けるといったもの。ヤマト運輸が効率の悪い個宅配送のみに絞って強みを特化していったような変革です。

 では組織としてのヒット量産を担保するものは何なのか?『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(入山章栄、日経BP、2015)で紹介された企業コンピテンシー事例によると「成功体験が1つあるとその後の成功率はぐんとあがる。とはいえ大事なのは成功体験よりも失敗体験で、失敗体験を内省しながらその後の失敗率が下がっていく」といった一見矛盾した現象が起こります。まさに探索と深化のパラドックスです。ゲームの世界でいえば1つの大作を生んだ企業が2作目以降すべて失敗するといったことが本当によくあります。1作目の数字にとらわれすぎて、探索プロセスを生み出す社内の別カルチャーをつくることが出来ないのです。

 それがゆえに「破壊的創造」という言葉が好まれます。だんだん固定化して安定化してきた事業の利益を阻害するけれど、中長期的には正しい方向の新規事業というのは社内のコンフリクトを乗り越え、推進していかなければならないのです。

未来を予測するのでなく、予測に基づいた未来をドライブする文化を

 エンタメ企業で5~10年後を考えるプロジェクト、というのを何度かやったことがあります。その都度、過去のヒットタイトルなどをマッピングしながら、いわゆる「歴史に学んで次を考える」というプロセスをとって、それなりの結論をきれいにして提示する、といった結果になりました。でも、それが実際の企画プロセスに使われたことはありません。ユーザーが何をしたいかを読むのに必死なプロデューサーは、机上の空論で「未来がこうなるかも」といったポートフォリオ的なアプローチを歯牙にもかけません。

 2015年ごろからアーケードゲーム(70-80年代)⇒家庭用ゲーム(90-00年代)⇒モバイルゲーム(10年代-)と主流のプラットフォームが変化するなかで「次はVR」「次はeSports」などゲーム業界の未来を予見する言葉が聞こえはじめます。次はどうなるの?について意見が欲しいという質問を頂くこともあります。その都度、私自身が回答するものとしては、「現在・過去のエンタメから考える、『しばらく存在していない遊びのホワイトスペース』を探す」作業はお互いのレファレンスの深さに感心したり、チームの紐帯を深めたりする以上の効果がない、むしろエンタメの未来を考えるときに一番必要なのは「未来のユーザーの生活・情報消費スタイルはどうなっているか。生活消費のなかでエンタメはどういう場面で楽しむものになるのか」という生活空間をインフラから想起すべきものなのではないか、ということです。作品にフォーカスするのでなく、あくまでユーザーの消費行動の変化予想という基盤にフォーカスすべきなのです。そこまでは積み上げた予測の範疇で、それ以上の領域は前述のように相互依存的に生まれるヒット作品を予測することなど不可能に近い。

 10年近くコンテンツ業界にいるなかで、バズワードは心地よいくらいさらりとすり抜けて忘れ去られることばかりでした。「HTML5ゲーム」「VR」「AR」「MR」「ハイパーカジュアルゲーム×広告収入」「ブロックチェーンゲーム」「eSports」「5G×クラウドゲーム」、毎1〜2年ごとに次は?次は?と語られ、その都度ナゾの市場規模予想が生み出され、数百億から数千億へと成長するお決まりの累乗係数が描かれる。もちろんそれらの中で市場は形成されるし成功企業もいくつも出てくることでしょう。そこに芽がないとは思いませんが、その未来が来ることの予想は8割方の人が合意できるように「なってしまった」段階で陳腐化しているような気がしてなりません。その未来についてアイデアを出すよりも、それに基づいて組織をまとめ作品をつくる段階になった瞬間、それはプロデューサーとしてのスキルの勝負であり、予想屋の出る幕がなくなります。

 未来が見えることそのものには大した価値はありません。ひらめきはしょせん1%の価値しかなく、結局その方向に組織もプロジェクトも巻き込んで、推進し、実際に見えた未来を創り出す努力99%にこそ価値があるのです。

 テーマとは関係ありませんが、久々に新作出版しました!日本のマンガ・アニメ・ゲームがどうやってグローバルコンテンツになっていったか、未来のエンタメは2.5次元が主流になる、という私自身の5年間の海外経験で発見したことを凝縮した内容です。プロレスの話も出てきますし、ぜひ読んでくださいませ!
日経BP『オタク経済圏創世記』

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中山 淳雄

 ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に“The Third Wave of Japanese Games”(PHP、2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。新作『オタク経済圏創世記』(日経BP、2019)も発売中!仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com