「もしも」のための 委任状の準備も忘れずに|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第2話】

「エステートプラニング」と聞くと、遺言書の準備をまず考えがちですが、事故や病気、認知症など、自分のことが自分で決められなくなった場合の、生前の「もしも」に備えることも忘れてはいけません。今回は、そんな生前の「もしも」の場面で必要になる、「委任状」(Power of Attorney)についてお話します。

日本でもよく利用される「委任状」ですが、オンタリオ州では、委任者の生前の「もしも」に備え、委任者の意思能力が低下・喪失した際に使われる委任状があります。このようなタイプの委任状には二種類あり、私はこれらをまとめて「『もしも』のための委任状」と呼んでいます。

①「財産管理のための継続委任状」
(Continuing Power of Attorney for Property)

一つは、ご自分の財産を管理できなくなったときに、財産管理を任せる代理人を任命するための委任状です。この委任状によって、財産代理人(Attorney for Property)は、あなたが元気なときにできた、あらゆる財産行為を行うことができます。

代理人は、あなたのパートナーやご家族、ご友人など、18歳以上の個人、もしくは、信託銀行を任命することができます。代理人の権限は幅広く、日頃のバンキングだけではなく、債務返済、税金、投資、年金の対応、不動産の管理・売買などを担います。

また、契約書のサインや訴訟の参加など、あなたに代わって様々な法律行為を行うことができます。

②「身体の世話のための委任状」
(Power of Attorney for Personal Care)

もう一つは、医療行為を始め、身体のケア全般について決めてもらう代理人を任命するための「身体の世話のための委任状」です。この委任状で指名された、身体の世話のための代理人(Attorney for Personal Care)は、委任者の意思能力が喪失した際、ご本人に代わって、衣食住、栄養、健康、医療、安全、衛生など、身体の世話に関わること全般について対応することになります。 

なお、身体の世話のための代理人は、ご家族やご友人など、16歳以上の方を任命することができます(但し一定の制約あり)。

「もしも」のための委任状と遺言書は違う

遺言書と「もしも」のための委任状を混同する方が多くいらっしゃいますが、これらはまったく別の文書です。遺言書は、遺言者の死亡により効力が生じ、「死後」の財産を扱うために使われる文書であるのに対し、委任状は「生前」に使われ、ご本人の死亡と同時にその効力を失います。

「もしも」のための委任状がないとどうなるの?

さて、「もしも」のための委任状がないまま意思能力を失ってしまうと、とにかく大変です。まず、財産管理のための委任状なしには、たとえ夫婦であろうと、親子であろうと、銀行や政府機関は取り合ってくれません。さらに、委任状がないと、オンタリオ州政府の機関である公的後見人・管財人事務所(Office of the Public Guardian and Trustee)が、自動的に法定財産後見人(Statutory Guardian)としてあなたの財産の管理人になります。

また、州政府の介入を止め、ご家族が財産後見人(Guardian of Property)の任命を受けるためには、裁判所に申し立てる必要があります。しかし、このプロセスは煩雑で、時間も費用もかかります。 

一方、身体の世話のための委任状がない場合は、法律で定められた身体の世話のための決定者の優先順位に従って、主治医や医療機関と話し合うことになります。ただし、この優先順位は、必ずしもご本人の希望の人物と一致しない場合があります。また、延命措置をはじめとする特定の医療行為の拒否など、ご自身の医療について特別な希望がある場合は、その希望を委任状に組み入れることができます。

生前の「もしも」に備え、あなたの声を届ける人を確保する

今、元気なあなたは、ご自分の希望を周りに伝えることができます。しかし、突然の事故や病気で、意思能力が無くなってしまったら、ご自分の希望を伝えることができなくなります。特に、契約社会、訴訟社会であるカナダでは、きちんとした委任状がないと、残されたご家族が多くの困難に直面することになります。

第1回のコラムでお話した遺言執行人(Executor)が、死後にあなたの代弁者となるのと同じように、「もしも」のための委任状は、生前の「もしも」のときに、あなたの信頼する代理人を通して、あなたの声を届けてもらうことを可能にします。元気なうちに、「もしも」のための委任状を準備しておきましょう。

【おことわり】このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。


スミス希美(のぞみ)

福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。