家族間で「のこす」義務?その① ~夫婦間の場合~|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第10話】

 遺言書を作る際、相続人を誰にするか、悩む人も少なくありません。特に、家族間でののこし方について、次のような質問を受けることがよくあります。

①「遺言書の中で、妻に遺産をのこす義務はありますか?」
②「子供はすでに独立し、経済的にも成功しているので、私の遺産は支援したいチャリティーに残したいと考えています。」

 このような、夫婦の間や、親から子供に遺産がのこされていない遺言内容は、実現することができるのでしょうか。今月はまず、①の質問にある、夫婦間で遺産をのこす義務についてお話します。

遺言の自由

 日本には、「遺留分(いりゅうぶん)」という制度があります。これは、遺言書の中で、一定の法定相続人に遺産がのこされていなかった場合、相続人が最低限の相続財産を確保することができるという法律です。一方、オンタリオ州には、日本の遺留分のような制度はありません。原則として、遺言書によって、自分の財産を自由な意思で処分できる、「遺言の自由」(Testamentary Freedom)が保障されています。しかし、この遺言の自由は、夫婦間の相続においては、一定の制約をともないます。

選択肢は二つ

 法律婚夫婦の一方が遺言書を残して死亡した場合、残された配偶者には、次の二つの選択肢があります。なお、これらの選択肢は、法律婚夫婦にのみ適用され、事実婚(コモンロー)夫婦は含みません。 

■ 選択肢(その1)- 遺言書の権利を受け入れる(Entitlement under the Will)

 最初の選択肢は、遺言書の権利を受け入れるというものです。先立った配偶者の遺言書で何ものこされていなかった場合、遺言書で扱う遺産(Estate)以外の財産がのこされていないかを特定しなければなりません。その例としては、夫婦で共同名義になっている銀行口座や不動産(Joint Assets)、受取人(Beneficiary)に指定されている生命保険金やRRSP、RRIF、TFSAなどのレジスタードプラン、年金(Pension)などがあります。

 もし、このような遺産以外の財産が残されていた場合、遺言書による相続分がたとえゼロであっても、それらが満足のいく額である場合は、遺言書の権利を受け入れるという選択をすることができます。

■ 選択肢(その2)- 家族法上の扶養的財産分与を請求する(Equalization Payment under the Family Law Act)

 一方、遺産を構成しない財産さえ満足のいく額でない場合、遺言書による相続権を放棄し、婚姻期間中に築いた財産を平等に分けるための、家族法上の扶養的財産分与(Equalization Payment)を請求することができます。家族法(Family Law Act)では、配偶者の死亡は、婚姻関係の終了を意味します。そのため、死別の際の同権利の請求には、別居・離婚時の扶養的財産分与と同様の集計作業を行うことになります。

 具体的には、先立った配偶者と、残された配偶者のそれぞれが、婚姻日から死別する前日までの婚姻期間中に築いたそれぞれの純資産額(「Net Family Property(NFP)」と呼ばれる)を算出します。もし、先立った配偶者のNFPが多い場合は、二人のNFPの差額の半分が、残された配偶者に支払われることになります。

 なお、いったん家族法上の扶養的財産分与権を選択すると、残された配偶者は、先立った配偶者の遺言書において、遺言者より先に亡くなったように扱われます。

 ちなみに、家族法上の扶養的財産分与の請求期限は限られており、配偶者の死亡から6カ月以内と定められています。したがって、先立った配偶者の遺言書の内容に満足しない場合は、すぐに専門の弁護士に相談する必要があります。

婚姻住宅の配偶者居住権

 なお、家族法上の付随する権利として、もし夫婦で住んでいた自宅(「Matrimonial Home – 婚姻住宅」)が、先立った配偶者の単独名義であった場合、残された配偶者は、名義人の死亡日から60日間は家賃を支払わずに無償でその家に住むことができます。

慎重なプラニングを

 このように、夫婦の間で遺産をのこさないという遺言書を作成したい場合は、生命保険など遺産以外でののこし方や、家族法上の扶養的財産分与権に配慮した、総合的かつ慎重なプラニングが必要になります。また、夫婦の間でお互いにのこさないことを希望し、お互いに納得している場合は、結婚契約書(Marriage Contract)を作成すると、死後の相続問題の予防にも役立つでしょう。

 次号は、冒頭にある質問②を例に、親から子に遺産をのこす義務についてお話します。

【おことわり】このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。


スミス希美(のぞみ)

福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。