突然の退去通告~残された家は誰の家?|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第14話】

 所有者が亡くなった後の不動産をめぐって、相続が「争続」に発展することがよくあります。次の事例を見てみましょう。

「トロント郊外で母親と長年同居してきた独身の太郎。毎月生活費を入れていますが、住んでいる家は、母親の名義です。元気だった母親が突然亡くなり、葬儀を終えて家に帰ると、家の鍵が変えられていました。そして玄関には、『太郎へ 直ちにこの家から退去すること。花子より』と書かれた張り紙を目にします。
 亡くなった母親は、遺言書の中で、姉の花子を遺言執行人(Executor/Estate Trustee)に任命し、遺産を花子、太郎、次郎の子供三人で等分せよという内容でした。突然の花子の行動に、戸惑いと憤りを感じる太郎。太郎はこの家に住み続ける権利はあるのでしょうか。」

亡くなった人の家は遺言執行人の管理下に

 
 オンタリオ州の相続法上、死亡した人の財産は、最終的な遺産の分配まで、遺言執行人(もしくは、無遺言における遺産管財人)によって管理されます。そのため、太郎の母親の家は、まず遺言執行人である花子の管理下に置かれることになるのです。 

 この母親の遺言は、「自宅を太郎にのこす」という主旨の内容でないため、残念ながら、太郎には母の死後、この家に住み続ける権利がありません。花子は、今回のような極端な行動を取らず、太郎と話し合い、適切な退去準備期間を与える必要があったでしょう。ただ、遺言執行人には、故人の死亡日から1年以内に、相続人への遺産分配に向け、遺産の現金化と債務の支払いを完了する義務があるため(「Executor’s Year – 遺言執行人年間」と呼ばれる)、花子は、できるだけ早く、家の売却を進めなければなりません。太郎がもしこのまま自宅の退去を拒否し続ければ、花子は太郎の退去を命ずる裁判を起こさざるをえません。

婚姻住宅の場合

 なお、残された不動産が、法律婚夫婦の自宅(Matrimonial Home – 婚姻住宅)で、先立った配偶者の単独名義であった場合は、残された配偶者は、名義人の死亡日から60日間は家賃を支払わずに無償でその家に住む権利があります。ただ、60日という期間は決して長くなく、特に、再婚家庭のように、残された配偶者だけでなく、前婚の子供たちが相続人である場合、残された家をめぐって、子供たちと残された配偶者との関係に確執が生じることがよくあります。

遺言書の中で対策を

 そこで、太郎のようなトラブルを避けるには、同居中の家族について、遺言書の中で対策を講じる必要があり、次のようなオプションがあります。

①家を相続させる(Gifting the Home)…家の所有権を無償で太郎に移譲し、相続させるというオプションは、単純明快かもしれません。ただし、不動産は、残された財産の中で最も価値が高いことが多く、他の相続人にとって不公平な結果を招くこともあるため、慎重なプラニングが必要です。

②家の買取権を与える(First Right to Purchase)…所有者の死後に、他の誰よりも優先して、太郎に自宅を市場価格で買い取る権利を与え、価格設定や買取までの手続きを定めることができます。このオプションは、太郎のような、家族の中の一人が、自宅やコテージなど、特定の不動産を取得したい場合に利用されることが多く、不動産の売却金は指定する相続人の間で分配されます。

③自宅信託を設立する(Home Trust)…このオプションでは、太郎が希望する期間は、遺言執行人が太郎のためにこの家を信託財産として管理し、太郎に自宅の居住権を与えます。ただし、家賃を支払う代わりに、家の維持費、光熱費、保険代、税金などの一切の費用を太郎が負担し、太郎の死亡や退去の申し出により、信託を終了させ、家を売却し、売却金は指定の相続人の間で分配されます。

 ちなみに、オプション②と③は、太郎のような親と同居する子供だけでなく、再婚やコモンロー関係にある第二のパートナーのためにもよく利用され、相続人やご家族関係の微妙なバランスを汲み込みながらプランを策定します。

家族間でプランを共有しておこう

 太郎のような事例は、自宅所有者との親子関係やご夫婦間に限らず、祖父母と孫の同居関係にも生じます。残された不動産をめぐって、遺族間で争いが生じないように、遺言書の中で適切に対応し、そのプランと主旨をご家族の間で共有し、理解を得ておくとなお良いでしょう。

[おことわり] このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。また、本コラムの事例は架空の設定であり、登場人物は実在の人物ではありません。


スミス希美(のぞみ)

福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。