遺言書が二つ? ~目的・財産所在地別に作る遺言書|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第18話】

 遺言書はひとつだけ、と思われがちですが、所有する財産の性質や大きさ、所在地によっては、目的別・所在地別に複数の遺言書を持つと便利な場合があります。今回は、複数遺言書対策(Multiple Wills Strategy)と呼ばれる相続対策についてお話します。 なお、裁判所に遺言書を確認・登録するための相続手続きである「プロベイト – Probate」と、その手続きの際に生じる「プロベイト税」については、本欄第9話をご参考ください。

1,会社経営者である場合

 現在オンタリオ州では、遺産管理税(Estate Administration Tax – 通称、「プロベイト税」)の節税対策として、遺産内容別に、遺言書を複数作ることが許されています。この手法は、非上場企業の経営者の間で広く使われており、個人資産を扱うための遺言書(Personal Will/Primary Will/Probate Willなどの名称で呼ばれる)と、事業資産を扱うための遺言書(Corporate Will/Secondary Will/Non-Probate Willなどの名称で呼ばれる)と、二つに分けて作成します。 

 このように、個人資産と事業資産を分けて遺言書を作る利点としては、遺言者の所有する株式(非上場企業のもの)の価値が、プロベイト税の課税対象にならないことや、事業資産の相続手続きを行う遺言執行人に、個人資産を扱う遺言執行人とは異なる、ビジネス能力に長けた人物を任命できること、さらに、事業承継が迅速化することなどが挙げられます。

2,オンタリオ州外・カナダ国外に不動産を持つ場合

 オンタリオ居住者が、他州やカナダ国外に不動産を残して亡くなる場合、不動産の相続は、不動産の所在地の法律に基づいて行われます。したがって、同じカナダ国内でも、オンタリオ州外に不動産を持つ場合は、その州の法律に基づいて、その州の不動産に対処できる遺言書を作成するのが理想です。 

 なお、カナダ国内や英語圏の国であれば、オンタリオ州で作成された遺言書の効果を認めてもらうことも可能です。しかし、日本のように言語も法体系も異なる国の場合、カナダで作った遺言書を他国で認めてもらうために、費用も時間もかかる上、その国の相続法も適用されることがあります。ですので、不動産の相続手続きを迅速化するためには、不動産所在地の法律に基づいた遺言書を作成すると、より手続きがスムーズになります。

3,カナダ国外に多額の金融資産を持つ場合

 オンタリオ州の居住者が亡くなり、遺言書のプロベイトが必要になった場合、プロベイト税の課税対象は、オンタリオ州外に所在する不動産を除く、全世界の財産となります。また、プロベイトが完了した後、裁判所に申告した遺産額の内訳を報告する「遺産情報申告書(Estate Information Return)」をオンタリオ州財務省(Ministry of Finance)に提出しなければならず、その中で、国外の銀行口座情報を報告することが義務付けられています。そのため、カナダ国外に多額の金融資産(投資や銀行口座等)を持つ人は、カナダ国内と国外の財産用にそれぞれ一通ずつ遺言書を作成し、カナダ国外の金融資産にかかるプロベイト税を節約することもできます。

4,高価な私財品を多く持つ場合

 不動産や金融資産だけではなく、美術品、骨董品、宝飾品、コレクションなどの、高価な私財品を多く持つ場合、遺産価値を定めるために、鑑定評価(Appraisal)を得る必要があります。これらの私財品を売却するためには、買主から遺言書のプロベイトを要請されない限り、原則としてプロベイトは必要ありません。そのため、前述の会社経営者が行う二種類の遺言書作成と同様の手法で、高級私財品が対象とならない遺言書を作っておくことで、プロベイト税の節税だけではなく、鑑定評価を得るためのコストと時間、手間を省くことができるため、私財品の価値によっては得策となるでしょう。

日本に財産を持っている方にも得策

 このように、プロベイト税の節税だけではなく、相続手続きの迅速化という点から、日本に財産を持つオンタリオ州在住の方にとっても、資産内容とその価値によっては、複数の遺言書を作ることが得策である場合があります。なお、複数の遺言書を作るには、互いの遺言書が効果を失わないために、ちみつなドラフティングを要するとともに、全財産をカバーする総括的なプランが必要になります。そのため、専門の弁護士・会計士のアドバイスのもと、準備を進めるとよいでしょう。 

[おことわり] このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。

スミス希美(のぞみ)

福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。