「もしも」のための委任状が必要になる場面とは?|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第21話】

 遺言書とは違い、日本にはないタイプの法律文書、生前の「もしも」に対応するための委任状。そこで今回は、「財産管理に関する継続委任状」(Continuing Power of Attorney for Property)と、「身の回りの世話のための委任状」(Power of Attorney for Personal Care)が必要になる場面をイメージしながら、具体的に見ていきましょう(委任状についての詳細は、本欄第2話をご参照ください)。

場面1

80代の母親を持つトロント在住のA子。母親は10年前に夫を亡くしてから、今も自宅で一人暮らしをしています。そんな元気にしていた母が肺炎をこじらせ、急きょ入院することになり、しばらくは会話ができない日が続きました。入院してすぐに主治医から、「身の回りの世話のための委任状」を持っているかと聞かれました。幸い父が亡くなったときに遺言書と一緒に委任状を作っていたため、財産・医療関係ともに代理人に指名されているA子は、速やかに主治医と、母の医療行為や今後のケアについて話し合うことができました。

解説

このような場面になって、委任状の重要性を知るご家族も多いのですが、そのときにはご本人に委任状作成能力がなく、手遅れの場合も少なくありません。身の回りの世話のための委任状がない場合は、法律ですでに決められた「代理意思決定者」(Substitute Decision Maker)の順番に従い、主治医はご本人の医療行為について話をすることになります。

場面2

A子の母はその後、2カ月間入院することになりました。その間、自宅の維持費の支払いや住宅保険の更新、インカムタックスの提出などが必要になりました。A子は財産管理のための委任状を持って、母の銀行へ出向き、代理人として母の口座の記録に加わりました。

解説

財産管理のための委任状は、委任者の財産管理能力の低下や喪失、または、意思能力はあるけれども、財産管理を第三者に委ねたい場合に使用することができます。財産代理人は、委任者の利用する銀行に委任状の原本を持参し、委任者の口座に代理人として登録されます。

場面3

その後、無事に退院したA子の母ですが、入院中に痴呆が進み、手厚い介護が必要となりました。A子は長期介護施設へ母を入居させることにしました。この入居先からは、財産管理、および身の回りのための委任状の両方の提出を求められました。

解説

介護施設の入居時に、両委任状の提出を求められるのが一般的です。特に、身の回りの世話のための代理人は、委任者の健康管理、医療行為、衣食住、衛生、安全性などの生活全般について、医療従事者や施設のスタッフに指示を与える権限を持ち、重要な役割を果たします。

場面4

母が介護施設で暮らすためには、母の貯金だけでは資金が足りないと判断したA子。そこで、母の家を売却することを決めました。

解説

財産代理人は、不動産の売却やリモーゲージなどを含め、ご本人が元気なときにできたあらゆる財産行為を代行することが許されています。A子は、母に代わり、不動産エージェントを雇い、家を売りに出し、不動産の売買契約を結び、クロージングまでの一切の法律行為を行います。

場面5

介護施設に入所して数年後、A子の母の容態が急変し、病院に運ばれました。主治医からは、今後回復の見込みがないことを告げられ、このまま延命措置を続けるか否か聞かれました。母の委任状には「末期の病で回復の見込みがない場合は、延命措置はしないでほしい」という希望が書かれていました。

解説

特定の医療行為を拒否または希望する場合は、その希望を書面で伝える必要があります。これは「リビング・ウィル – Living Will」(生前意思)とも呼ばれ、身の回りの世話に関する委任状の中に、ご本人の特別な希望として明記し、代理人に指示を与えるものです。

場面6

延命措置を断ったその2日後、A子が見守る中、母は静かに息を引き取りました。

解説

委任者の死亡により、両委任状はともに効力を失い、代理人の役目が終わるとともに、遺言書(Will)が効力を生じます。そして、遺言書の中で任命された遺言執行人が、故人が残した財産を扱うことが法的に許されている、唯一の人物となります。

[おことわり] このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。

スミス希美(のぞみ)

福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。