物忘れと遺言能力|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第23話】

 今回は、遺言書や、生前の「もしも」に備える委任状を作成するために必要な判断能力についてのお話です。次の事例を見てみましょう。

 80歳の母親と暮らすA子さん。最近母親の物忘れが目立つようになりました。母親が最後に遺言書を作ったのは、30年も昔。その頃とはすっかり状況も変わり、母親の委任状の作成と遺言書の更新を考えています。物忘れが多い母に、果たして遺言書や委任状を作ることができるのか、A子さんは心配しています。母親を連れて、弁護士に相談することにしました。

文書の種類によって異なる求められる能力

 「もしも」の場面に必要な基本文書は三つ。①生前に財産管理ができなくなったときに使われる「財産管理のための継続委任状」、②医療行為や身体のケアについて判断できなくなったときに使われる「身体の世話のための委任状」、そして、③死後に残された財産を処分するために使われる「遺言書」です。 

 これらの文書の作成は、立派な法律行為です。そのため、それぞれの文書を作成するためには、ご本人が一定の判断能力(Capacity)を持ち合わせていなければなりません。 それでは、どのような能力が求められるのでしょうか。

①遺言能力
(Testamentary Capacity)

 遺言書を作るには、18歳以上かつ、作成時点で一定の判断能力を備えていなければなりません。遺言者が、遺言内容のみならず、遺言作成の意味とその結果への理解を理解し、自身の財産を把握し、この遺言書を作成することによってどのような人たちが影響を受けるかを理解していることが前提となります。 

 例えば、遺言書が、絶縁状態の子供に相続させない内容である場合、相続人になれなかった子供が遺言書の有効性を巡り、訴えを起こすリスクがあることをご本人が理解する必要があります。 

 通常、遺言書作成に当たり、専門の弁護士が一定の質問をご本人に行い、遺言能力に問題がないかを確認します。この際に、明らかに遺言能力を欠くと弁護士が判断した場合は、遺言書の作成を断られることがあります。また、弁護士がご本人の判断能力が弱いと判断した場合は、州政府認定の能力評価者(Capacity Assessor)と呼ばれる専門家から、遺言能力の確定を受けることを求められることがあります。

 ちなみに、遺言能力の有無は、ご本人の物忘れの程度に比例するとは限りません。遺言書の作成を弁護士に指示する際、及び、署名する際に、これらの条件がご本人に備わっている必要があります。ですので、強い眠気や幻覚など薬の副作用などが出やすい時間帯は、弁護士との面談を避けるなど、ご本人の体調や気分に十分配慮する必要があります。

②財産管理のための継続委任状作成能力
(Capacity to make a Continuing Power of Attorney for Property)

 代理人に財産管理を委ねる「財産管理のための継続委任状」は、ご本人の知らないところで不正使用される危険もあります。財産委任状の作成には、ご本人が18歳以上で、ご自分の財産について理解しているだけではなく、未成年の子や配偶者などへの法的扶養義務があるか、代理人が本人に代わって財産行為を行う権限があること、代理人が会計記録義務を負うとこと、そして、代理人による財産の減少と委任状の不正使用のリスクを理解していることが必要となります。

③身体の世話のための委任状作成能力
(Capacity to make a Power of Attorney for Personal Care)

 医療行為など自分の身上に関する決定をする人物を任命する書類が、「身体の世話のための委任状」です。この委任状を作るには、ご本人が16歳以上で、任命する代理人が委任者の幸福・福祉について関心があるということ、および、委任者に代わって代理人が、本人の身体に関する決定をしなければならないかもしれないということを理解していなければなりません。

元気なうちに一式準備を

 このように、それぞれの文書作成のために必要な能力の程度が異なるため、遺言書と財産委任状を作ることは難しいけれども、身体の世話のための委任状は作成することができるなど、ご本人の状況によって作成できる文書も異なります。 

 カナダ社会も高齢化が進み、遺言能力や委任状作成能力をめぐり、文書の有効性を争う訴訟は、増える一方です。そのような争いを避けるためにも、ご本人が元気なうちに必要な文書を一式作っておくことが大切です。

[おことわり] 前述の事例は架空の人物、出来事に基づいています。また、このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。

スミス希美(のぞみ)

福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。