パネルディスカッション 「新移住者の軌跡」開催

パネルディスカッション「新移住者の軌跡」開催
11月8日@日系文化会館

11月8日に新移住者協会主催のパネルディスカッションが行われた。新移住者とは戦後1967年に日本人がカナダへの移民を正式に認められた後に移民した人のことを指し、カナダの日本人移民受け入れ再開から2017年で50周年を迎えるにあたり、プレイベントとして今回のパネルディスカッションが開催された。移住した年を年代別に分けてパネリストとして選ばれたのは吉田武彦さん、森貞一弘さん、ラシュトン美紀さん、本射直子さん、増田晶子さんの5名。それぞれがカナダを移住先として選んだ理由、移住してから苦労したこと、成功や達成したと思うこと、アイデンティティーに関して自分にとってのカナダと日本とのつながりなどについて語ってもらった。

1966年、カナダに移住した吉田武彦さんはトロントに来てからはハウスボーイとしてユダヤ系カナダ人の家で6人の幼い子供たちの面倒を見ながら、英語の勉強に励んだ。現在ではピッカリングで額縁の工場を経営し、大変なことはいろいろあったがそれを辛いとは思っていないと言い、家庭にも恵まれ「幸せです」と笑顔で語った。アイデンティティーに関しては十分にカナダに溶け込んでいるからこそ、日本が良くみえると言い、年に一度ぐらいのペースで日本に帰国している。

会社の辞令で1981年カルガリーに赴任した森貞一弘さん。冬が非常に厳しいカルガリーの天候やインターネットの無かった当時、日本の家族との連絡の取りづらさに苦労したという。それでもカナダで38年間同じ会社で勤め上げたことを自身が達成したこととして語ってくれた。カナダと日本の位置関係としてはJRパスで日本を周ることも楽しみだが、普段は地元のコミュニティーに溶け込みカナダに馴染んで生活している。

ラシュトン美紀さんは始め嫌だったが、親の強い勧めで1992年にカナダへ3年間留学し、帰国後1997年に結婚でカナダへ移住した。初めは日本とカナダの文化の違いに苦労したが、今では英語で苦労なく日常生活が送れるようになり、仕事に就きお金を稼ぐことができるようになったことに達成感を感じている。家族からは人が変わったと言われ、日本人以外の友人も増えたことからカナダに馴染み始めていると感じているようで「カナダに骨を埋めようと考えています」とコメントしてくれた。

本射直子さんのカナダ移住の理由は日本で英語教師をしていた中国系男性との結婚。医療制度の違いや文化の違いなどに始めは苦労したがその多様な文化が入り交じったカナダで、様々なことを経験できたと語り、料理の腕が上がったことがカナダで達成したことの一つだという。郷に入っては郷に従えというように、カナダにくれば馴染むと思っていたそうだが英語を話す自分より日本語を話す自分の方が自分らしいと感じている。

増田晶子さんは高校時代の交換留学、ワーキングホリデー、そしてカレッジでの留学を経験。2001年カレッジ時代の友人と結婚しカナダに移住した。日常生活に支障はないが、いざ就職となった時に英語が思ったように話せず苦労したと語る増田さんは現在トロントで最初の居酒屋「Fin Izakaya」を経営している。少しカナダに合わせて変えている部分もあるが、仕事は日本のスタイルが中心で、増田さん本人も日本とのつながりが非常に強いと話してくれた。

5人それぞれの話の後には質疑応答が行われ、いくつかの意見、質問が出てお互いの経験や考えを共有するいい機会になった。今後もトロントの日系コミュニティーの繋がりを強くするようなイベントに期待したい。

パネリストのみなさん

パネリストのみなさん

吉田武彦さん

吉田武彦さん

森貞一弘さん

森貞一弘さん

ラシュトン美紀さん

ラシュトン美紀さん

本射直子さん

本射直子さん

増田晶子さん

増田晶子さん

ゲーリー川口JCCC理事長から挨拶

ゲーリー川口JCCC理事長から挨拶

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子

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