トロントで麹のイベント開催 麹研究家 なかじ(南智征)さんインタビュー

主婦やシェフへ麹の作り方や歴史を伝えるイベントを開催


 麹研究家なかじ(南智征)さん主催による麹のイベントが、9月30日と10月1日の2日間にわたって行われた。

 初日にはNagomi beauty roomにて麹の談話会が催され、なかじさんが作る麹を使用した料理を囲みながら、参加者が発酵や麹についての理解を深めた。参加者の中にはトロントで子育てに勤しむお母さんも多く、麹の歴史や作り方、なかじさんの経歴がシェアされたほか、なかじさんも質疑応答では麹から子育てに至るまで真摯に質問に回答した。

 2日目には、トロントで味噌や麹を扱っているシェフ向けの講習会が開催。専門的な麹や発酵の知識をビデオやホワイトボードを使いながら4時間以上にわたり解説し、麹作りのデモンストレーションや試食会を通じて、その作り方を講義した。麹の作り方の知識はあっても、どんな歴史があり麹が生まれたのかということに関して学ぶ機会が少ない昨今、多くのシェフが「来て良かった」と笑顔でコメントしてくれた。

なかじさんインタビュー

ー人生初の渡加ということですが、トロントの印象はいかがですか?

 トロントは今日で3日目になるのですが、空気感がすごく気持ちの良いところですね。軽井沢や上高地などの日本の高原にいるような気分です。

ー麹との出会いについて教えてください。

 麹と出会ったのは、酒屋さんで働き始めたことがきっかけです。それまでは旅をしたり、料理研究家の中島デコさんのところに住み込みで学んだりしました。もちろんその時もお味噌や麹を作ったこともあったのですが、そこで「日本人の暮らし」を体験して、「生きていく」ということの全般を学んだのです。その先生が紹介してくださったのが千葉県にある寺田本家という酒屋さんでした。寺田本家の社長さんはすごく面白い方で、「次の冬一緒にお酒を作りませんか?」と誘っていただきました。それが発酵の世界に入ったきっかけです。寺田本家では8年間働きました。寺田本家の杜氏さんに、お酒づくりのこと、麹のこと、微生物のことを学びましたね。

こどもと一緒にいれるような生活スタイルに変えたかった

ー寺田本家をやめて独立されたきっかけはありますか?

 きっかけの1つはこどもが生まれたことですね。どうしてもお酒づくりは一度始まると朝から晩まで仕事なので、なかなか家族との時間を作れないことに気がついたんです。幼いこどもと一緒にいる期間というのは一生のうちでそんなに長くないな、と。その大事な期間にひと冬家にいない、昼間に家にいないのは嫌だなと思いましたね。こどもと一緒にいれるような生活スタイルに変えようと思って。人に雇われていたらその時間が取れないと思ったので、自分で仕事を始めてみようと決めましたね。

麹作りのデモンストレーション

麹作りのデモンストレーション

みんなで作り上げる発酵のコミュニティスクール

ーこれまでの歩みを教えてください。

 寺田本家をやめ、独立してから約2年間札幌で生活雑貨とカフェを兼用したお店を経営しました。その後、奥さんの実家である千葉県に引っ越し、そこから日本の各地で発酵についてのワークショップを開いたり講演会を行なったり、体のボディワークも行っていました。その様子をSNSで発信していると、海外で僕のSNSを見ている方々から、「麹を習いたいけれどなかなか日本に行けないから、オンラインで教えて欲しい」という声をいただいて、そこから始まったのが「麹の学校」です。

 フェイスブックにある「ぷくぷく発酵塾」というグループでは、色々な人が麹だけでなく、発酵について全般の情報交換をしながら、僕もワークショップや旅の様子を世界中のメンバーとシェアしています。現在は約8千人のメンバーがいますので、まさに巨大な発酵のコミュニティスクールといった感じですかね。

ー麹と出会い、ご自身の変化はありましたか?

 先ほどの談話会でもお話ししましたが、見えない世界をより信じられるように、その影響を知ることができるようになりましたね。僕らがこうやって話している間にも、人と人の間には何兆という微生物がひしめいているわけです。これが僕らに影響を与えているし、お互いも影響を常に与え続けている。それって知れば知るほど、物理的に影響を与えていることに気づきましたね。

シェフ向け講習会に参加されたみなさん

シェフ向け講習会に参加されたみなさん

麹は五感で感じ、感性を育ててくれるもの

ー麹を教えるにあたり、大事にされていることはありますか?

 身体性ですね。五感を通して感じるということを大事にしています。麹のことや微生物のことは数字や知識でも伝えることができるのですが、いざ自分でやろうとなると五感で把握していないといけない。生き物なので、どんどん変化していくのです。春夏秋冬によっても違うし、原料によっても違う。微生物を五感で捉えることができるどんな国でもどんな季節でもどんな道具でも作れるんです。だから麹作りは、感性を育ててくれるものですね。だから感性を通して麹の成長を追っていくことができる。五感を毎日トレーニングするんです。五感で感じる癖をつけるので、それが麹作りだけでなく、人生全般にも活かされやすくなります。

談話会で振舞われた麹を使った料理

談話会で振舞われた麹を使った料理

世界に出ると、麹がひとり歩きしていると気づく

ー北米ツアーの前に、ヨーロッパツアーを終了されたと聞きました。ヨーロッパの印象、思い出深い出来事はありましたか?

 麹がひとり歩きして、新しい文化が生まれつつあるな、と感じましたね。発酵文化の内側にいる日本人が知らないだけで、麹というものが世界へ飛び出して、世界中の人が使って、新しい何かを作ろうとしている。日本人の知らないところで麹が新しい文化として成長しつつある。それをリアルタイムで見ておきたいなと思っています。

ー本日の談話会はいかがでしたか?

 僕は基本的にこういった談話会は話の組み立てを考えずに参加者の人たちを通して、自分を内観しながら話します。また、トロントで、これだけ日々頑張っている日本の女性がいることにびっくりしました。こんなにみんなで協力して助け合って生きているんだな、と純粋に感動しましたね。

談話会に参加されたみなさんと

談話会に参加されたみなさんと

麹に興味がない人にも、気軽に入りやすい世界をつくりたい

ーこれからのビジョンはいかがですか?

 麹をもっとアートとつなげたいなと思っています。食だけじゃなく、面白い世界観として、表現していきたいなと。僕は絵を描くことも好きだし、発酵のことを映像で伝えたいし、写真も好きだし、文章を書くことも好きです。見えない世界を、見える世界でアートとして伝えていきたいです。麹の学校は教育なので、麹に興味ある人が集まります。けれどもアート、遊びにすると興味がない人たちも入ってくれる。そこから食文化、日本文化に興味を持ってくれるとより嬉しいですよね。「麹文化に触れる間口を広げる」というのもやっていきたいなと思っていますね。

 また、地球全体の文明を発酵文明にしたいなと思っています。エネルギーの生産、ゴミの廃棄、水の浄化、森林の緑化、温暖化、プラスチックの生産。現在、研究で微生物が石油や電気も作れる、水も浄化できる、プラスチックも分解できる、緑化もできる、農業も医療もできることがわかっています。全部微生物で解決できるんですね。発酵や微生物の知識を広げることによって、こっちの方が効率がいいし無限に作れる、ということに世間が関心を持つようになると、発酵が中心になった新しい地球の文明に移行するので、その手伝いをしたいなと思っています。僕が死ぬ前までに、そんな文明になった地球を見てみたいなと思っています。

ー発酵を考える機会が少ない若い世代は、どこから「麹」に入るのがいいでしょうか?

 あえて入らなくてもいいと思っています。いろんな分野があるからその人にあった分野に入るといい。写真や映像の世界に行く人もいるし、会計や法律の世界に入る人もいる。みんなが麹の世界に入ったほうがいいとは思っていません。そもそも多様性の世界なので。発酵の世界に入ることが目的ではなくて、発酵的な生き方や価値観になっていくことが、みんながより生きやすいのかなと考えています。若いほうが、変えやすいと思います。若い時にやりたいことをちゃんとやる、やりたくないことをちゃんとやらない。脳にこびりついた肉親の声や先生の声をできるだけ若いうちに捨て去る。自分に必要なものを再選択して欲しいですね。再選択できる、というのが大人だと思うので。

 「こうやって生きていくんだよ」と言われた通りに行動するのではなく、自分で認識して、1つずつこの価値観は自分の人生に必要なのか?ということを、無自覚ではなく、意識的に選択することでもっと身軽になれます。するとすごく生きやすくなると思います。

ーまだ麹の魅力に気づいていない TORJAの読者の方々へ一言お願いします。

 まず、発酵食品に触れ合って、知って欲しいです。それは味噌でもいいし甘酒や麹でも。これが麹からできているんだなあと感じて欲しいです。そして機会があれば作って欲しいですね。そこから日本の文化の根源を感じてもらえたらうれしいなと思います。

なかじ(南 智征)さんプロフィール

 麹研究家。料理研究家の中島デコさんのもとで学んだ後、千葉県の寺田本家で蔵人として8年間酒づくりに携わる。その後独立し、現在はオンラインスクール「麹の学校」、FBグループ「ぷくぷく発酵塾」を運営しながら、麹の講師として世界中で講習会や講演会を行い、麹の作り方や自然の原理を伝える活動を行う。

インスタグラム: @nakaji_minami
ツイッター: @nakaji_minami
WEBサイト: nakaji-minami.com
FBグループ: ぷくぷく発酵塾