銀杏・木村オーナーシェフのカナダストーリー Vol.9 1984年老舗レストランのオープン

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ソロオーナーとして歩みだした木村オーナー。多忙を極めた当時だったが、それでも自分自身の店を構えることができたことに大きな喜びを感じていたそうだ。ソロオーナーとして持つ店は、前回でもご紹介した通り、細かなこだわりを、メニューひとつ、内装ひとつ、それぞれに取り入れていた。今回はその当時の銀杏レストランの様子に焦点を当ててお伝えしていこう。

Vol.9 1984年老舗レストランのオープン

■Ginkoレストランの当時の人気メニューを教えてください。

やっぱりその当時からお寿司は人気でしたね。ランチの時間でも開店前に作り置きしていた分が、開店して30分ほどで売り切れになりました。事前準備をしていても追いつかないぐらい、寿司は人気がありました。その当時はニューヨークから寿司ブームになりつつあったように感じますから、その影響もあったのではないかと思いますね。

■その当時、印象的だったことはありますか?

ちょうど私たちがオープンした頃、ホンダがアリストンに工場を出しました。その人たちが毎晩アリストンから10〜20人来ていました。その方々は日本食に飢えていたのでしょうね。1980〜1990年は日本のバブルがすごくて、カナダの日系企業の勢いがありました。その当時は日本から出向されてきた方々で店は賑わっていました。今のGinko(International Plaza Hotel内)は駐車場の問題もあって、外から気軽に入れないことも多いため、ホテルのお客さんが多いのですが、前のGinko(現Holiday Inn)は誰でも気軽に入れるような場所でしたから、ホテルのお客さんは少なくて、地元の方やビジネス関係の方が多かったです。

■初めてのソロオーナーとしての、当時のお気持ちは?

剣道道場も始めて、庭師の仕事もあって忙しかったのですが、やっぱり自分のお店をようやく持てる、ということにとても興奮していました。ただ自分がこういう店にしたい、という思いを理解してもらえるのに半年から一年はかかりました。私としては、チームワークを良くして、お客さんに良いものを出したいという気持ちがありました。けれど、私は現場にいなかったので、マネージャーに任せっきりになりました。いろんな個性のある人たちの軋轢がありましたし、みんなの足並みを揃えることに時間はかかりました。チームワークをとることは難しかったですね。

木村さんのたくさんの想いを糧にようやく門出を迎えたGinko Restaurant。しかし、木村さんのチャレンジはここだけに留まらなかった。次回よりGinko Restaurantの他に木村さんがミシサガにオープンした姉妹店をご紹介していこう。