トロント国際映画祭「寝ても覚めても(英題:Asako I&II)」濱口竜介監督 北米プレミア観客Q&Aダイジェスト


 「今回初めてのTIFFとなる濱口監督は、「ハッピーアワー」という映画で、数々の国際映画祭で受賞した、いま注目の監督です。」と紹介を受け登壇した濱口監督。上映後、拍手が鳴り止まない中で始まった監督へのQ&Aを特別レポート。ネタバレもあるので、映画を観てから読んでください!

「Asako I & II」は、朝子の第一幕と第二幕

Q 「Asako I & II」という英語タイトルについて考えを教えてください。

A. このタイトルは映画の制作会社が付けたものですが、朝子の第一幕、第二幕というニュアンスのタイトルなのだそうです。彼女の変化という意味が込められており、私自身も実際に彼女の表情が映画を通して変わっていくのを感じていたので、そのようなニュアンスのタイトルであれば、それは間違っていないなと思いました。

Q 最後のシーンについて、亮平は「(朝子のことを)一生信じない」と言ったにも関わらず、側にいることを許したのはなぜなのでしょうか?

A. 亮平がなぜ受け入れるのかという理由は非常にシンプルで、朝子のことが好きだからです。セリフは私が書いているのですが、自分で書きながら驚くような気持ちがしたのは、「一生」という言葉を使ったことですね。字幕では“Ever after”と訳されていたと思います。亮平は朝子に対して怒っているにも関わらず、一生を誓っているわけです。亮平は非常に優しい男であるなと思いながら、セリフを書きました。

Q 音沙汰がなかったにも関わらず、途中から、突然現れ始めたバクについて教えてください。

A. この映画は、何かが突然起きるということを表した映画なんです。基本的にはどこの社会でも変わりがなく、昨日も今日も明日も同じような日々を送るはずという、何の根拠もないけれど、そういう確信によって日常は支えられていると思います。これは、そんな日常が突然、破壊されるという話です。

裏設定では、麦は宇宙人

Q 麦の父親は農家で、農業に関係する名前を子供に名付けた(麦と米)という少し変わった性格の持ち主でしたが、麦の家族について、監督はどのようにお考えでしょうか?

A. 原作者である柴崎友香さんによると、裏設定では、麦は宇宙人であり、感情を学びに地球に来ていて、その学んでいる途中なのだと、そういう設定のようです。そのことを聞いたときに、すごく腑に落ちました。ただ、私自身がそう思って演出していたわけではないので、麦がこの映画の中で宇宙人だということではありません。


 麦は何の根拠もなく行動できる人間であり、それが予想もしていなかったようなことを巻き起こす要素になっています。彼がいるから物語が展開するし、日常的な物語から飛躍するようにできているという点で、非常に重要な性格だと私は思っています。

Q 映画化する上で大きなチャレンジや変更点はありましたか?

A. 物語の上で一つ、映像の上で一つあります。物語の上では、震災についてです。原作は2010年に書かれた小説なので、2011年に発生した東日本大震災のことは書かれておりません。ただ、社会的な流れは書かれている小説だったので、その精神を受け継ぐようなつもりで震災は登場させました。

 映像の上での大きな変更点というのは、麦と亮平が出くわすシーンです。小説の中で麦と亮平が出会うことはありません。なので、麦と亮平が居合せ、そして麦と朝子が一緒に逃げるというのはこの映画の中の創作です。ただ、全く同じ顔であることを映像で示せる映画では、そのワンショットは必要だと思ったため取り入れました。