西根博司さんがトロント補習授業校で講演

本誌コラムでもおなじみのプロルアーカーバー・西根博司さんがトロント補習授業校で講演
ルアーづくりに生きる、その人生を語る

hiroshi-nishine-02トロント補習授業校で毎年行われている高等部教育講演会に、本誌コラムでもおなじみのプロルアービルダーの西根博司さんが登場。ルアーを作り続けて30年以上、今では業界ナンバーワンの呼び声高い西根さんの、自身のこれまで歩んできた道を高校生たちに語った。

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同校高等部の中島和子校長は「高校生は、これからの人生設計を考えるのに非常に大事な時期。多くの生徒が大学をどこに行こうかと考えるのですが、それ以外の選択肢があるということをぜひ知ってもらいたい。いろいろな道がある中で、その道でナンバーワンとして活躍している方に講演をしていただき、実際にその仕事の一部を見たり、質問をすることで、高校生たちを勇気づけたい」と、今講演会の意図を説明、講演者として西根さんに白羽の矢が立った理由を教えてくれた。

西根さんは中学1年生の頃にルアーフィッシングを始めると同時にルアー作りを開始。高校3年生で進路を考えたとき、「ルアー作りが好きだから」とプロルアーカーバーになることを決意。「プロルアーカーバーになるためにはたくさんの魚を釣るべきだ」と考えた西根さんは、高校卒業後、日本一周魚釣りの旅へと出掛ける。自転車に野宿道具、そして餞別にと両親から贈られた米と味噌を積みながら、毎日100キロ以上の距離を漕ぎながらの旅・・・。「向い風に、何時間漕いでも5キロ進んでいないということもあった。でも、それを5キロしか進んでいないのか、それとも、5キロも進んでいると考えるのか。ポジティブに考えることで進む力へと変わっていった」と、その旅から物事を前向きに捉えることを学んだという。その旅の途中に、日本一のハンドメイドルアー職人・遠藤龍美さんのルアーとの運命的出会いを果たし、さっそく手紙で遠藤さんに弟子入りを志願する。「弟子はとらない」と断られながらも、何度も遠藤さんの元へと足を運び、頭を下げ続け、ついに念願の弟子となる。最初の2年半は師匠の庭にあった廃車の中での生活しながらの修行、そして計6年半の修行を経て独立。その後、知り合いの誘いでカナダへ来るも、携わっていたプロジェクトが頓挫、自分のルアーで釣った魚や雑草を食べる生活が続く。そして念願の自身の店、ニシネルアーワークスを設立し、現在へと至る。まさに波瀾万丈という言葉を体現するかのような人生を送ってきた西根さん。「高いところに辿り着くためには、諦めないことが大事。どんどん失敗しましょう」と、ルアー作りとともに、より良い人生を生きていくためのコツを教えてくれた。

これまで計2万本以上のルアーを作ってきたという西根さん。以前は自分の頭で考えたものを形にするのがルアー作りだと考えていたのだが、今では自然が作り出している物体を自分が形にするという考えに変わってきたのだという。「木を削る時点で答えはすでにあって、木によって何になりたがっているのかがわかる。ルアーカービングには技術もだが、それを感じる気持ちが大切」と話し、「一生現役。棺桶に入るまでルアーを作り続けます」とルアー作りへとかける情熱を語った。

講演後には西根さんがルアー作りを実演。材料を配合、それを型に流し込んでバーナーで火入れをしてから万力で圧力を加え、待つこと15分。ルアーが完成する。その間には高校生、そして保護者からの質問が飛び交った。「ルアー作りに熱中する西根さん。奥さんの理解は?」との質問に、会場にいた奥さんが「私は自分の仕事に誇りを持った人が好きで、主人には私の方から惚れました」とのろけ、そのなんとも微笑ましい様子に会場が湧く。また、両親は現在どう思っているのかとの問いに対して、今年3月に初めてカナダへとやってきた両親が現在の自分の暮らしぶりを見て、“思っていたよりもしっかりやっていた”と嬉しそうにしていたことを、西根さん自身も嬉しそうに話してくれた。

本編終了後、聴講していた高校生の代表生徒は「辛いことがあっても諦めずに、カッコいいと思った。この後作成するこの講演に関しての小論文も、ぜひ読んでほしい」と西根さんに感謝の意を伝え、会場から盛大な拍手が西根さんに送られた。今回の講演が、高校生たちの進路決定に一つの大きな指針を与えたことは間違いないようだ。