園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第60回

第六十回 「四季の有り難さ」

私は世界中の様々な土地に色々な環境で住んでいる友達がたくさんいます。地球の裏側である日本はもちろん、アジア圏、オーストラリア、ヨーロッパ、カリブ海近辺等々、本当に様々です。インターネットの普及で世界はとても近くなり、すぐそばにいる様な感覚になりますが実は遠い〜。でも、そんな友人達の写真をSNSで見ていると羨ましい事もたくさんです。隣りの芝生は青く見える…いえ、隣りの国は暖かく見える!ものですよね。なにしろカナダは冬が厳しい〜!雪が降り出し、昼が短くなり、暗くて寒い毎日が続くと気分もどんより〜。そんな時に常夏の国に住む友人の近況なんかを見るとテンションもダダ下がりになってしまいます(笑)。冬が来る度に「リタイアしたら絶対暖かい国に脱出するんだ」と毎年誓っている私ですが…。
少しずつ雪が溶け、日が長くなり、鳥のさえずりが爽やかに聞こえ始めると心の中のうやむやした気分がふわふわと柔らかくなっていきます。まだ葉を付けぬ木々の枝々の間からさす木漏れ日に何とも言えぬ春を感じます。なんとなく、あれほど嫌っていた冬にさえ、優しく別れを告げられる気にもなるのです。そして、私が一番好きな春の到来!木々が一斉に芽吹き、庭先にチューリップが顔をのぞかせ始めたかと思えば、ビクトリアデー辺りを境目にガーデンセンターが賑やかになり色とりどりの花に囲まれ始めると、私の心は一気に春一色になるのです。花を見ていると、みんな一生懸命頑張って咲いてくれてるなぁ〜と有り難さでいっぱい、感動します。日本の花壇に植えられたなら、毎年自然に咲き返るであろうとも、カナダの厳しい冬を乗り越える事が出来ない花達。短い人生を色鮮やかに捧げる事で、私達人間を和ませてくれます。木々や花々の命の尊さは、カナダに住む私達の様に越冬した者だからこそ有り難く感じられるのかも知れません。一年中あちこちそこら中に咲いていたら、それを見る者にとって有り難さは半減するでしょう。この自然の移り変わりは四季があってこそ感じられるものであり、辛く苦しい冬があるからこそ有り難さは何倍にもなるのでしょうね。

よく、人生は四季に例えられますが、全くその通りだと思います。浮き沈みの無い人生を送る人はありません。辛く堪え難い冬の様な時期も、それを乗り越えれば柔らかな日が射す春がやって来ます。その暖かさは、越冬した人にとっては常夏の生活をしている人とは比べられない程有り難い光となる事でしょう。
私自身そろそろ半世紀ほど生きて来ました。今頃になって思い返すと、日本でも飛び出る釘であった私はなんだかんだと普通とは言い難い人生を送っていたと気付かされますし、カナダに来てからも私は人生の四季の有り難さを何度体験した事でしょう。結婚して子供を授かり何とも幸せな中にも、異国の地に住む〝英語の苦手な私〟が家庭を持ちながら起業し、精神的にも肉体的にも金銭的にも何度極寒を味わった事か分かりません。しかしながら、それは私が考えている上での極ちっぽけな事であって、世の中には私などよりもっと波瀾万丈で大変な人生を送って来られた方は五万といるのです。
また、歴史上で考えると、幸せなご時世に生まれ育った私などは生温く生きている人生そのものだとも思います。ですから、偉そうな事は全く言えませんが、少なくとも自ら体験した事や辛かった想いなどから得た経験は、貴重かつ掛け替えのないものに違いないとも思っています。他の方々と関わる機会があれば、同じ様に私が体験して来た想いを分かち合える事が出来るかも知れません。産科で働き、知識満載でいたにも拘らず、まさかの産後ウツになるなんて…の体験に始まり、移民や国際結婚、子育て、家族を亡くした想い、起業、健康面。人生の冬を乗り越え、幸せな春を感じられるのもそれはやはり、私と一緒に春を迎えてくれた人たちが居るからこそ。辛くて厳しい冬は一人だとくじけがちになるものですが、幸い私にはいつも支えてくれる人達が居てくれました。それは家族であり、友達、職場の仲間であり、掛け替えのない人達。本当にありがとう。
2016年も春は過ぎ、これから素晴らしい気候の夏を迎える訳ですが…このカナダに住む限り、ここに住む人たち同士で一緒に色んな意味で四季を満喫できれば良いなー、と心から思うのです。


池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。