「見上げてごらん − 今日の空」 | トロントの日系幼稚園の園長先生コラム【第89回】

 先月、SNS上で多くの人が掲載・転載していた、母グマと小さな体の子グマ2匹が雪の崖っぷちをひたすらに登って行く話題の動画。本当に断崖絶壁で、掴まれるような木々も何もなく、ただただ雪にしがみ付くようにして頑張って登り、何度も何度も滑り落ちていきます。あとほんの少しで崖の上の安全な場所にたどり着く…という場面でもまた滑ってしまい下の方までしゅるるる…。母グマも気が気でない様子で、手を出して何とか手伝おうとするかの様な素振り。その動画を見ているだけで手に汗握ってハラハラドキドキ。最終的にはやっと崖の上に這い上がることが出来ます。

 その一生懸命な姿に感動し、涙が出そうになります。「くじけそうになっても諦めないこのクマの母子に励まされた」「何事も一生懸命挑戦し続ければ報われる」と言った内容で、多くの人々がこの動画をシェアしていました。SNSをしている人は目にした記憶もあるのではないでしょうか。


 さて、この動画、実はそんなに美しい感動の物語でなく、悲しい裏話があったのをご存知でしょうか?

 もともと、自然界ではこのような危険な行為を子グマにさせる母グマはいないそうです。この崖っぷちに追い込まれたのには訳があったのです。この自然界の動物の姿を違った角度から撮ろうとした写真家がドローン(無人航空機)を使っていたところ、クマの母子はドローンを恐れ、それから逃げるように雪の崖っぷちに追い込まれてしまったのです。子グマを助けようと手を振りかざしていた動作は、実はドローンを追い払おうとしていたのでした。

 この様子を動画で見た研究者は、このクマの母子の命を脅かすリスクを兼ねた危険な撮影だと指摘しています。実はこれに関連してドローンが一般化されて間もない頃(何年も前)から研究がなされており、すでにその結果、自然界に住む動物はドローンがそばに来た際心拍数は上昇し、特に子連れのクマに関してはドローンから逃げようとして他のクマの縄張りに入ってしまい問題になったり、自然環境ではあり得ない状況に陥る事も報告されているのです。

 近い将来、ドローンは私たちの生活から切っても切れない存在になることは間違いないでしょう。地形調査や生態系観察も出来、自然界を守る上でも重要な役割を担うと期待されてきたドローン。普通の写真撮影や軽い荷物などの配送・輸送に使われるのは当然ながら、防犯やセキュリティー、消防、被災地などの救助、行方不明者の捜索救助、農業分野では農薬・水・肥料の散布…等々、大変な仕事をドローンがより簡単に肩代わりしてくれることになります。商業用のドローンだけでなく、ここに個人用ドローンも加わるでしょう。

 さて、そうした小型のドローンだけでも、かなりの数が空でうごめくのが予想される中、ここに道路渋滞を回避する目的で空中自動車も近い将来参入してくるのです。空飛ぶ自動車や空中タクシーも話題になっています。様々なコンセプトの研究やプロトタイプが登場したことで、現在の自家用車感覚でいずれは一家に一台、いえ一人一台も当たり前になって好きなときに飛べるようになるかも知れません。

 しかしながら、私のような凡人が思うところのドローン。これほど多くの人達が多種多様な用途でドローンや空中自動車を使用することを考えている昨今、空は飽和状態になってしまわないのか…という疑問です。私は専門家でも何でもありませんし、正直そう言ったものにあまり興味はありませんが、空が大好きなんです。

 空を見上げてみてください。変わった形の雲や真っ赤な太陽、月や星、様々な空の表情を見ることに癒されない人はないと思います。心が洗われるような日の出、真っ青の空や美しく彩られた夕焼け空など、それぞれの趣があります。その空が異様な物体で埋め尽くされてしまうとしたら…。今現在見ているようなサンライズやサンセットは近い将来、見られなくなってしまうのでしょうか。

 科学が進み、どんどん便利になって行く世の中。それと引き換えに私達は一体子供たちに何を残していってあげようとしているのでしょうか。
 真っ白く積もった雪の地面を包み込むかのように凛とした空気の中、真っ青に映える空をガラス越しに見ながら、将来に対する不安な気持ちをここに書き記している今日の私です。


池端友佳理

京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。