「亡き友から学ぶ事–⑵ 終活」| カナダ・トロントにある幼稚園の園長先生コラム。気付けば息子も大きくなりました…第94回

 5月下旬、私が兄のように慕って来た友人が亡くなりました。家族や親戚などの身寄りがカナダに居なかった彼の最期を少しでもサポート出来る様に、我が家で引き取り介護をした中で、様々な事を学ぶ機会を得ました。

 人生まだまだこれから!の、私と同じ年代の彼が亡くなり、命の儚さを思い知らされたのです。仕事もバリバリ出来、やりたい事だって山の様にある年代。余命を宣告されることで、当然ながら、人生180度変わってしまうのです。

 残りの人生をどう生きるのか。そんなこと、考えたこともありませんでした。彼が我が家に来た後も、実際、彼の残された人生についてや彼が亡くなった後の事などを話し合ったことすらありませんでした。

 ひょっとしたら、これが本当に血の繋がった家族であったならば、有無を言わせず話し合ったかも知れませんが、そこはやはりお互い、遠慮があったのかも知れません。私たちもなんとなく、亡くなった後のことを話すのは縁起でもなく、話しにくいタブーの様に感じていました。それに、まだまだ時間がある、と、勝手に思い込んでいたのか、また今度…と、いつも遠回しにしてきました。

 そして、彼の心の声を聞くこともなく、彼は逝ってしまったのです。お葬式やお墓はどうしたかったんだろう。いや、残りの時間を彼は本当はどう過ごしたかったんだろう。そして、彼からの遺言書はおろか、メモや手紙すらも残っていませんから、どれほど問いかけても今となっては答えを知る術はありません。

 息子の健人が小さかった頃は、万が一私と夫マークの両方が亡くなった時のことを考え、私達の事業や健人のこれからのことを誰に委ねるか、などきちんと遺言書を残していたものですが、健人も成人し、一人で生きて行けるだろう安堵感から、その更新すらしていませんでした。でも、本当は自分の気持ちを家族に伝えておくって、本当に大切なことなんですよね。

 最近では、『終活』とも言われています。『終活』とは、死と向き合い、最後まで自分らしい人生を送るための準備のことで、自分の人生を全うし、残される家族のためにとっても大切なものと言われています。友人の死をきっかけに、『終活』の意義と必要性について考えてみました。でも実は、『終活』とはもっと老後にするものなんだろう、と漠然と考えていたのです。  

 現に、自分たちの両親の老後の面倒を考えたり看たりしている方、または、それをした経験のある方は多いかも知れません。しかし、自分の事となると考えたこともなかった、という人がほとんどなのではないでしょうか?

 歳は関係なく、個々が置かれた立場や状況で、残された人たちのことを考えて「もしも、もしも」を追求して準備しておかないといけないと、今ではそう感じています。
 
 私は職業柄、小さなお子さんを持つご家族と関わっていますし、(大きなお世話なのですが)その子供たちのことを考えると余計な心配までしてしまいます。小さな子供を持つ親がある日突然、不治の病に罹ったら?自分の面倒を看てくれる人だけでなく、子供の世話をしてくれる人も必要です。パートナーが居ても仕事をそっちのけで全ての世話をずっとしてもらえる訳でもありませんし、事情によっては片親だけの家庭だってあります。そんな中で自分が倒れてしまったら?

 カナダは福祉も充実しているし、オンタリオ州にはOHIPがあり医療が無料とあって、以前は私も安心していました。しかしながら、OHIPや保険では効かないものもたくさんあり、実際には目に見えない出費がどんどん嵩んでいき、政府からの支援金だけでは追いつかなくなってしまうかも知れない状況もある、と知りました。

 日本に家族が居るから、いざとなったら帰ればいい…というのも、もちろん出来る人は良いかと思いますが、子供の親権問題で帰れない人、また海外在住が長い場合で、日本に不在中の年金や国民保険等の支払い義務分の料金の貯蓄がない人などが居るやも知れません。

 決して脅かしたい訳では無いのですが、どのような状況に転んでも、子供だけは守ってあげられるよう身辺準備だけは整えておかなければなりません。それは「貯蓄しましょう」とか、「保険に入りましょう」ということだけではなく、万が一のことがあった場合、せめて誰(どのような機関)にどんな相談しないといけないのか、どのような支援が受けられるのか、またその手続きに何が必要でどのくらいの期間を要するのか、など調べておくと安心ですよ、ということなのです。
 
 〝備えあれば憂いなし〟。『終活』とは、自分だけのためだけではなく、家族のためにも行うべきであるということ。それは、何度も言うように歳は関係なく、心身ともに余裕のある時に、出来る限りの準備をしておくこと。特に、小さな子供やまだ独り立ちできない歳の子供がいる場合、その子たちを心底思って守ってあげられるのは親だけなのですから。

池端友佳理

京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立、園長を勤める。