AirCanada 最高経営責任者Calin Rovinescu氏

日本とカナダのビジネスの可能性 14回

air-canada-calin-rovinescu-01
5年連続『The Best Airline in North America』に選出されている ナショナル・エアライン、AirCanadaの魅力に迫る。

air-canada-calin-rovinescu-03

Calin Rovinescu氏、市田嘉彦氏

air-canada-calin-rovinescu-04

B787 Economy

air-canada-calin-rovinescu-05

ボーイング777 executivefirst

air-canada-calin-rovinescu-06

ボーイング787エコノミークラス


エア・カナダ社はカナダ航空業界において独占的地位にあり従業員27,000名、利用者3,500万人を擁しTSX-ACE.RVの銘柄でトロント証券に上場するモントリオ―ルに本社を構える公的企業である。2013年に創業75年を迎えた同社の企業方針は、「一にも二にも安全第一」「社員の一致団結」「誠心誠意の行動」「顧客本位のサービス」「人を活かす人事」「高信頼の企業」を目指している。現在使用する機材は米国のボーイング社、英仏のエアバス社、ブラジルのエンブラエル社、カナダのボンバルディア社製で、AC部門に178機、Express部門に159機、Rouge部門に17機計、総数354機を保有している。運行収入$12.38B、収益$619M、乗客率は82.8%を達成。同社の企業史は、1937年国営時代のカナディアン・ナショナル鉄道(CNR)の子会社としてTrans-Canada Air Lines(TCA)が設立された。同年ロッキードL-10Aを使用してバンクーバーからシアトルまで2人の乗客と郵便を運ぶ初飛行から始まった。

温和で紳士的なカリン・ロビネスク最高経営責任者によると、エア・カナダ社の経緯と実情は、第一変換期の1988-89年はカナダ国有会社から独立して私企業に転換した。第二変換期の1999年はOnex社やAmerican Airlines社による買収攻勢を受けた。また2000年にはカナディアン航空を買収してカナダ航空市場の独占的地位を獲得した。第三変換期の2003‐2004年は金融危機や911やSARS事件の発生など最悪機を迎え破産保護申請をした。その後子会社3社の売却などコスト削減策を実施し、エア・カナダ社は新設されたACE Aviation Holdings Inc.の傘下に属し再建された。その結果株価$5Bを捻出し新機材をボーイング社とエンブラエル社から購入し経営効率を高めた。第四変換期2008‐2012年は原油価格の高騰による採算悪化、代理店向けの卸販売手数料の廃止、労働乱気流による労働協約の改定から社員年金不採算の解消など数々の苦難を乗り越えて、今日借入金の低金利状況を達成出来た。第五変換期にある現在の課題は、世界の名門だったコダックやポラロイド、音楽やビデオ産業の如く、どれだけ偉大なブランドを保有していても一瞬にして消滅してしまう変革の時代である。新時代に於いては急激な変化に敏速に対応し得るビジネス感覚、常に時代を先取りする姿勢と戦略を身に付け、如何に柔軟に対応出来るかが、企業存続の大きな舵取りになると認識している。幸いにも2013年4月比の株価は150%を維持している。また4‐5年後に対応が必要な労使交渉など数々のハードルを控えつつ、グローバル市場への躍進と成長を基本的成長戦略の優先目標としている。効率的に運営する為には機材においても$6Bの予算を組み、ボーイング777-300ER機や787機の購入に着手する。これらの新機種の導入効果は35%のコスト削減に寄与出来るとみている。

ニューヨーク・タイムス、ジャーナリストのトマス・フライドマン氏曰く『市場は平穏であり、平均的成果を求める事業経営では成り立たない。即ち、インターネット社会、経済開発力の変化や高スキル労働者の増加、日々変わるデータ、高学歴による競争激化が起因する』と言う。只、エア・カナダ社の立地条件は、欧州、アジア、南米、米国など巨大市場を繋ぐ好位置にありその利点を十分に発揮出来る優位性が生かせる。更に、中国、韓国、日本など成長するアジア市場開拓を重視している。特に日本向けフライトは冬季週17便(4280席)、夏季週33便(8835席) が運行され、新規路線のトロントと羽田間直行便は同社初のボーイング787機を採用し、今後も3機追加される。また、季節便として2015年5月から10月の期間バンクーバー関西空港直行便も開始する予定である。今後共利用者の意見や要望を広く聞き、より良いサービスを提供出来る航空会社を目指して行く。現在エア・カナダ社は世界の航空会社1000数社の15番目となる大手商業航空会社に成長した。また英国ロンドンにあるAviation Research Org. によるSkytrax 2014 World Airline Awardsとして、北米にある航空会社245社の中からエア・カナダ社は、2010年より5年連続で『The Best Airline in North America』に選出された。

エア・カナダ社の運営を好調にリードしているブカレスト生まれのCalin Rovinescu氏の経歴は、ハンガリーから医師の免許を持つ父ロネル氏、二つの学位を持つ教師であった母エドリアナ氏と姉オリビアの一家は英語や仏語を話さない家族であったが、1955年たった$200の資金と二つのスーツケースのみでカナダに移民した。ロビネスク氏は幼少の頃から勉学好きの青年で、スポーツ、音楽、ビジネスに興味を持っていた。特に法律に興味を持ち、オタワ大学とモントリオール大学で法学士の資格を取り、2000年エア・カナダ顧問弁護士となる。しかし2004年退社後、Genuity Capital Markets社を創立しCEOとなる。エア・カナダ社が倒産危機に陥った2009年にエア・カナダのCEOに就任し同社の再建に大きく寄与し今日の成功に導いた。2013年Business Magazineにより『Canada’s Best CEO of 2013』受賞。2012年来『Chairman of the Chief Executive Board of Star Alliance Service GmbH』に就任、2014年240の航空会社が所属する『Chairman of The International Air Transport Association (IATA)』に選出された。その他役職の経歴には『Member of the Board of Governors at International Air Transportation Association 』『Former Director of McGill University Health Centre, Skyservice Business Aviation Inc., Emergis Inc., BELLUS Health Inc.』等を持つ。ロビネスク氏の人生の信条は、『Transparency透明性、Clarity明瞭、Sequence継続』と経験と実績から学んだ最高指導者の指針を持つ、温和な雰囲気の笑顔で話す紳士である。またロビネスク氏が1980年代に外国人の若者対象に日本体験や学習を目的とした日本政府(外務省とジェトロ)が招待実施していたInstitute for International Studies and Trainingのプログラムに応募した。欧州20名、米国23名、カナダ7名の一人に選出され始めて日本を訪問し、日本の伝統文化に興味を持ち、技術大国の認識、そして日本の人々の熱いおもてなしを体験した。それ以来、日本贔屓で、特に古都京都は大のお気に入りである。


air-canada-calin-rovinescu-02

最高経営責任者Calin Rovinescu氏

7月からトロント-羽田便も就航し、より近くなった日本とカナダを結ぶのがエア・カナダ。創業77年を迎え、近年では北米245社ある航空会社の中で2010年から5年間連続でThe Best Airline in North Americaに選ばれている。この大企業を統括し経営する人物に迫る!!
■これまでのキャリアはどのように築かれましたか。

25年以上前、弁護士だったころに事業私営化の主要相談役として、エア・カナダに携わりました。その際、私営化プロセスだけではなく、会社事業そのものにも携わり理解を深め、その後も長期に渡り関係を維持していました。つまり2000年にエア・カナダでフルタイム勤務を始めたころ、その時点ですでに特別な長期関係を築いていたのです。

■2000年の就任当時、どのような考えをお持ちでしたか。

社内のビジネスユニット構築に加えて、付加価値の高いプログラムを提供して航空会社としての価値を高めること、運営面の改善を目標に掲げていました。

■どのようなポリシーをお持ちですか。

常にコミュニケーションを優先することですね。ビジネスには変化がつきものですし、その都度、利害関係者に配慮しなければなりません。また、シンプルなメッセージを心がけています。込み入った状況では複雑な指示になりがちですが、それでは大きな組織をまとめられませんから。

■最も大変だった時期や出来事を教えてください。

もちろん2001年9月11日の同時多発テロ事件です。事件直後に北米は遮断し、それにより多くの企業が破産しました。当時は本当に厳しい状況だったのです。この10年は、911からの再起の時代でした。

■対象市場についてお聞かせください。

弊社はカナダ/日本間に最多の便を提供しており、中でも羽田空港便は特に重視しています。エア・カナダは、アメリカを含めて北米で唯一、羽田空港へ日中に就航している航空会社です。お客様にとって都合の良い時間帯に出発するため、カナダのみならずアメリカからも乗客を集めています。そのうち25%は羽田空港から他の目的地へ乗り継ぐので、深夜到着は避けたい。それを考慮すると、北米で唯一の日中便を提供できるということは、とても意味のあることなのです。

アジアへの接続は依然として重要です。日本に関しては東京へ1949年に乗り入れ、この市場のことは熟知しています。輸出面でも実績があり、議論が重ねられているEPA(経済連携協定)にも、十分に配慮しています。また、旅客機ビジネスのほか巨大な機体を生かして輸送ビジネスも展開しており、さらなる日本市場の発展を期待しています。

■エア・カナダと同じスターアライアンスに、ANA社が所属していますね。

エア・カナダはANAとパートナーシップ関係にあります。同じスターアライアンスに属していますし、コードシェア便の運航や、ANA便に接続したチケットの提供をしています。
そのほか、ユナイテッド社やルフトハンザ社とも深い関係を築いています。

■エア・カナダはカナダ企業ですが、三菱リージョナルジェット(日本製の中距離航空機)を導入する予定はありますか?

機体の購入には熟考の上、判断を下します。航空機材を購入する際は、航空機の場合もエンジンなど部分的な購入の場合も、機能を考慮して最適な価格を検討します。航空会社は通常、効率化のために保有機体の型をある程度統一させます。新しい機体を導入すると、パイロットのトレーニングなど付随費用がかさむためです。新機体の導入には、複雑な事情を考慮する必要があるのです。

■日本政府は、今以上に多くの人が日本を訪れることを望んでいます。旅客業としては、さらにビジネスを広げるチャンスですね。

その通りです。すでに現在、年間15万のカナダ人が日本を訪れ、30万の日本人がカナダを訪れていますから。

■個人的なお話をお聞かせください。どのような子どもでしたか?

勉強好きで、学業に専念していました。また、子ども時代ではありませんが、30歳のときに日本のビジネスを日本で学ぶ、JETRO(日本貿易振興機構)主催のプログラムに参加しました。

■学習の地に日本を選んだ理由は?

当時、日本の国際力は上昇していました。私は弁護士として、法務面で様々なカナダビジネスに携わっており、日本で勉強することは自分のキャリアにとってプラスになると考えたのです。

1年に50名が選ばれるこのプログラムは、日本のビジネスが6週間に凝縮されたすばらしいものでした。フィールドワークも充実した包括的なプログラムで、私の日本観はこの経験に大きな影響を受けています。


ichida-yoshihiko市田 嘉彦
京都五条坂出身のビジネスコンサルタント。民芸、ラテン 音楽、合気道愛好家。座右の銘、京都大徳寺 大仙院尾関宗園住職『今ここで頑張らずにいつ頑張る』JAPAN TRADE INVEST (Consultant) 、
Former Investment Advisor at JETRO Toronto

(Visited 507 time, 1 visit today)