ディズニー映画『Frozen』の日本語訳詞を担当した高橋 知伽江さん

世界中で巻き起こった“レリゴー現象” ディズニー映画『Frozen』の日本語訳詞を担当した、高橋 知伽江さんインタビュー
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高橋 知伽江さん

ディズニー映画『Frozen(邦題:アナと雪の女王)』が北米で公開されて11月で1年となる。イディナ・メンゼルが歌う挿入歌『Let it go』は世界的な大ヒットを記録、“レリゴー現象”とまで言わしめた。ここトロントも例外ではなく、街を歩けば“レリゴー、レリゴー”と歌う子供たちとすれ違い、今年の記録的な厳しい冬を乗り越えるために“The cold never bothered me anyway.”という歌詞をお守りにしていた人も少なくないだろう。

日本でも字幕版・吹替版ともに大ヒットした本作。特に吹替版の歌は「口の動きと歌詞がシンクロしている」と、日本のみならず世界的に絶賛されている。『Let It Go』の歌のサビは“ありのままの~”と訳され、孤独なエルサの心を映した前向きな歌詞は、多くの人々の共感を得ている。映画と挿入歌の双方のヒットこそが今回の社会現象をもたらしたと言えるだろう。

本作の歌詞の翻訳(以下、訳詞)を担当されたのは高橋 知伽江(たかはし ちかえ)さん。現在は茨城県にある水戸芸術館の演劇部門の芸術監督を務めておられる。今回は『Frozen』の訳詞、水戸芸術館の活動、また演劇について高橋さんにお話を伺った。

世界的に活躍する小澤氏を館長に迎えることで、活動や展望に何か影響はありましたか?

小澤館長は、水戸芸術館がもっと多くの市民の方に親しんでいただける施設になることを強く望んでいます。私も企画を考えたり、スクールを運営していく上で、ACM劇場(水戸芸術館内にある劇場)に多くの方が足を運んでくださるためにはどうすればよいかを常に考えています。

演劇と言えば、今年の8月15日に日系文化会館で上演された、ミュージカル『ロンの花園』の脚本は、高橋さんが担当されていましたね。

この作品は10年ほど前に書いたもので、それ以降、日本ではたくさんの子供たちが演じていて、毎回、お客様の涙を誘っています。見かけで偏見を持ってはいけない、一番大事なのは美しい心というシンプルなメッセージは、国は違っても多くの人の心に響いたと信じておりますし、たくさんの子供たちにとって忘れがたい夏の思い出になったことと願っています。

歌詞翻訳~「Let It Go」に込められた、孤独な女王エルサの想い

ひとことで“映像の翻訳”と言っても、吹替え翻訳、字幕翻訳、そして歌詞翻訳がありますよね。
吹替えや字幕は翻訳の中でも特殊ジャンルで、普通は専門に勉強した人が手掛けます。例えば字幕だと1秒間に表示できるのは4文字という決まりがあり、仮に3秒のセリフなら12文字以内で訳さねばなりません。吹替えにもテクニックがあって、翻訳学校では専門コースを設けて教えています。日本は映画の吹替えの歴史が長いので、指導方法も確立しているし、解説書も出ていますね。

歌詞翻訳については?

訳詞をやる人はとても限られています。私の知る範囲では教えている学校も無いし、マニュアル的な本も無いでしょうね。

訳詞作業は、どのように行うのでしょうか?

資料の映像を見て、台本を読み、1曲1曲チェックして、歌詞の意味や歌い手の役柄や心理を理解し、作家が歌に託した想いを音楽に乗せていく作業ですね。

当然、映像も訳詞に大きく関わってくるわけですよね。

もちろんです。私のところに来る段階では、映像が完成していないことが多いんです。色が完全でなかったり、部分的に鉛筆描きだったりします。訳詞のためには口の動きがどれくらいクローズアップされるかが重要になります。楽譜に、この音のときは口が尖っているとか、ここの部分は口がアップになっているとか書き込むことから始めます。

確かに『Let It Go』は、口の動きと歌詞がぴったり合っていて、本当にエルサが日本語で歌っているかのように感じました。

それは今回に限ったことではなくて、ディズニー作品ではずっと守られているルールだと思います。もちろんすべては無理ですけど、顔がアップになっているときは口の形と日本語の母音を合わせています。もう一つ難しいのは、メロディによって“アクセントやイントネーションが既に決まっている”ということ。例えば疑問文を入れたくても、メロディが下降していれば疑問のニュアンスが出せません。よく“雨”と“飴”の例が使われますけれど、音が上がるか下がるかで、日本語では違う意味になってしまいます。

作詞に近い作業になっていくわけですね。

そうですね。だから『Let It Go』の“ありのままの~”のような歌のサビには、魅力的でキャッチーな言葉を見つけることが求められます。“文字と音の数”、さらに“口の形と日本語の母音”を合わせつつ、歌の持つメッセージを訳詞で伝えねばなりません。この歌は、自分を抑えてきたエルサが、“もういいんだ。素直に本当に自分らしく生きていこう”と決意をする歌ですよね。彼女のそんな想いを凝縮したフレーズを、このサビに入れた結果の訳詞です。

『Let It Go』は、日本でも高い評価を得ています。

評価された理由としては、もちろん曲の良さがあると思います。それから、訳詞については、ディズニー側から“聴く人が自分を重ねあわせて共感出来るようにしたい”という希望がありました。映画が公開されて以来、SNSを通して“勇気づけられました”とか“元気が出ました”というメッセージをたくさん頂いています。共感できる歌詞という点ではうまくいったと言えるかもしれません。

現在、トロントにも翻訳家を目指している留学生たちが多く滞在しています。最後に、そんな方々へのメッセージをお願い致します。

ネイティブの人たちと生活を共にして“生きた”英語を学ぶチャンスはかけがえのないものと思います。ただ、翻訳をするには日本語の力もとても必要になります。日本語の表現力を磨くことも忘れないようにしてください。

※インタビュー本文一部、水戸芸術館公式ブログより転載。
水戸芸術館公式ホームページ:【arttowermito.or.jp

小澤征爾氏と水戸芸術館のつながり

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茨城県にある水戸芸術館

水戸芸術館は1990年の開館以来、音楽・演劇・美術の3部門が独立して文化普及の活動を行っている。2013年4月には指揮者の小澤征爾氏が館長に就任。小澤氏は過去にトロント交響楽団(TSO)の指揮者に就任しており、50年経った現在でもトロントの多くの人々の中でその雄姿は語り継がれている。


高橋 知伽江(たかはし ちかえ)
日本の劇作家・翻訳家。東京外国語大学ロシア語学科卒業。劇団四季、新神戸オリエンタル劇場勤務を経た後、フリーランスで活躍する。2011年、ノエル・カワードによる戯曲『秘密はうたう A Song at Twilight』『出番を待ちながら』の翻訳により第4回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。2013年4月より茨城県にある水戸芸術館演劇部門芸術監督に就任し、演劇台本の執筆の他、企画運営にも携わっている。ディズニー映画では『Enchanted(邦題:魔法にかけられて、2007年)』『Tangled(邦題:塔の上のラプンツェル、2010年)等の挿入歌の訳詞も手掛けた。