わたしの”ゆく年くる年” Interview

anzu-hara歴史と未来を繋げる。
世代を超えた日系移住者たちを支える若き会長。

新移住者協会 会長

原あんず さん


1970年代、1990年移住者、そして最近の新移住者という3世代にわたるニーズに幅広く答え、新移住者たちの情報交換・サポートを行う団体として、38年の歴史を持つ“新移住者協会(以下:NJCA)”。そのNJCAに今年、歴代最年少の会長が誕生した。それが原あんずさんだ。

13年前、原さんは子育てに関する情報交換のための場を作りたいと、ママたちの情報交換の場として特化した “Family Talks Forum(以下:FTF)”を仲間と創設。このFTFがNJCAの加盟団体となり、FTFの代表としてNJCAの役員の一人になったことが彼女とNJCAの関係の始まりだ。

昨年からはNJCAで副会長を務め、以前にも増して大きな役割を担うようになっていった彼女だったが、今年に入って先代会長が急病のため突然の引退、それを受けて3月に急遽会長に就任することとなった。「副会長になってから、いつかは会長になるのだろうなとは思っていたのですが、まさかこんなに急に会長になるとは思っていませんでした。」彼女は40歳にも満たない若さだが、13年間NJCAに理事、役員として関わっており、彼女の世代だけでなく上の世代も含めての古株。引き継ぎもままならない状況だったが、彼女のNJCAでの長年の経験が会長を務めるうえで大きな助けとなっていることは間違いないだろう。

JCCCで行われたNJCA日本語教育プロジェクトセミナー

JCCCで行われたNJCA日本語教育プロジェクトセミナー

NJCAでは、会長の抱負によって会や理事たちの動きやメンバーも変わり、“新移住たちのための会”であるという基本理念以外の多くの点で会長の方針が色濃く反映されるのだという。では新会長である原さんの方針はどのようなものなのだろうか?「まずはここのところ言われていた世代交代ですね。ですがこの世代交代というのは、決して古くからのものを一新するという意味ではありません。新移住者の歴史として、2015年には戦後移住者50周年、そして新移住者協会40周年の年を迎えます。私はこれまで自分の子供たちのこともあり、ずっと未来のことを考えてきたのですが、やはり歴史の重さというものを会長になってから大きく感じています。歴史を土台にしなければ、未来はその上に乗っからないのですよね。」
ここ数年の世代交代の流れで、彼女の会長就任後、当時の理事の半数は名誉理事または退任となり、新たに5人もの若手が新理事として迎え入れられた。突然の変容に、これまでの会の体制からガラッと変わってしまったように感じ、戸惑う人も少なくはないだろう。しかし、彼女はNJCAの持つ長い歴史を踏襲することを忘れてはいない。「ここ2年の間に、移民100年の歴史などをできるだけ勉強してきました。そして、ボランティア活動を通して、多くの年配の方々と交流を重ね、カナダの新移住者や移民1世、2世、3世の人たちがどのように生活してきたのかを聞いてきました。そうして古くからのものを知って、そして新しいものを作っていかなければならないなと思っています。そしてまた、私は時代を繋げていきたいという思いがあります。上の世代の人たちに残してもらいたいものを確立してもらい、それを私たちが引き継ぎ、次世代の子供たちへと残していけたらと思っています。歴史は、始まりがあって、どんどんと続いていく、終わりのないストーリーで、まるで一冊の本のようなものです。途中から本を読み始めてもおもしろくはないですからね。」

昨年、今年と移民の歴史の学びを深めつつ、さらに今年は会長として組織づくりに努めてきた原さん。原さんにとって2013年は新しいものをどんどんと取り入れていくというような発展の年というよりも、2年後の区切りの年を見据えての準備期間だったようだ。「来年も今年と同様に地盤を固めていき、移住者の歴史にとって大きな節目となる2015年を迎えるころには、世代が代わったNJCAで何か見せられるものがあればいいなと思っています。たかだか13年の歴史を知っているところで、長い歴史のあるものを急に受け継いですぐさま新しいことをするというのは無理な話です。2割新しいことを始められればいいなと思います。古参の理事や会員の人たちと協力して古くからのものを守るのが8割、そして新理事たちの自由で斬新なアイデアで新しいものを始めていくのが2割といった具合ですね。」

原さんは今年、JCCCの理事にも就任している。NJCAとJCCCをはじめとした日系団体同士の繋がりが強まり、結束することは、トロントがより日系社会・日系人にとって住みやすい街となることを意味する。その架け橋に、彼女はなっている。


oda-hirokazu今トロントにいることが今後の人生の転換点になるように。

Ryerson University
Facility of Communication & Design
School of Professional Communication
Visitor Student

小田裕和 さん


千葉工業大学大学院デザイン科学専攻修士1年生の小田裕和さん。2013年9月からの半年間、交換留学の協定を結ぶRyerson UniversityにVisitor Studentとして通っている。「大学3年生の頃、台湾から学生が来て1週間共同でワークショップを行いました。その時初めて英語でコミュニケーションをとらないといけない状況になり、全く会話ができず、むしろ彼らが日本語ができたのでそっちに頼ってしまいました。元をたどれば今回トロントに来ようと思ったきっかけはそれだったかもしれません。」
裕和さんは千葉工業大学大学院で修士論文や研究の他に、デザイン思考/ Design Thinking (デザイン的プロセスを通し、どのような問題に対してもクリエイティブなアプローチ活用して解決しようとする考え方)を学んだり、企業からの案件やプロジェクトに参加しパッケージデザインなども行っている。また、たくさん存在するアイデア発想法を整理し新しい発想法が生み出せないか、またそれらの発想法とデジタルツールを使用して新しいアイデアへ繋ぐ方法がないかなどを企業と一緒に考える。様々な企業の商品開発やマーケティングへ生かすため、新たな発想法を生み出したいと裕和さん。
そもそも“アイデア発想法”とは何か。それは“アイデアを簡単に生み出す事ができる、発想方法・ツール”のことを指し、有名なものではKJ法(カードに1つずつアイデアを書き、似たもの同士を集めて分類することによってアイデアを発想する方法)やオズボーンのチェックリスト(『入れ替えてみたら』『大きくしてみたら』『逆にしてみたら』などと、1つのお題からアイデアを大量生産することができるフレームワーク)などがある。「たくさんの発想法が頭に入っているとデザインをするときもスムーズにアイデアが出やすくなります。デザインするものは最終的に“人”が使うもの。色んな規定の中でも目的を明確にし、効率よくデザインができやすくなるんです。」

Ryerson UniversityでのJeffrey教授との作業風景

Ryerson UniversityでのJeffrey教授との作業風景

現在、Ryerson UniversityではJeffrey教授の元で“E-Rhythms”というプロジェクトに参加している。これは人はコミュニケーションをどのようにとっているかの統計を集めデータ化するもので、今年から始まり4年計画で進行している。アプリを使用して携帯での人々のコミュニケーションの密度、人数などを国別や年齢で調査するのだ。そのアプリやプロジェクトのロゴデザイン、またウェブサイトの作成も裕和さんは行っている。

また、個人でも“Youtfit”というファッションアプリをデザインした。世界中の人々がおのおののファッションを公開、共有でき、またそれを閲覧、コメントをすることができるアプリだ。デジタルツールの発展で世界中とのコミュニケーションが当たり前になった現在だが、若干23歳の彼はデジタルとコミュニケーションの長所を活かしたアイデアをカタチにしている。そしてこのアプリを世界中の人に広めたいと裕和さんは言う。

2013年は大学を卒業し大学院生となり、そして交換留学生としてトロントへ来た。裕和さんは毎年その年の自身の目標を掲げる。2013年の目標は“ひとつ上のステージへ”と決めた。「トロントへ来ることを今年のゴールにしていた訳ではありませんが、海外に来たことも含めて今までやったことがないことにも挑戦できました。この留学は10年後、今の自分を振り返った時にトロントに来て良かったと思えるような転換点にしたいです。」

2014年3月上旬には帰国する裕和さんだが、来年の自分は今までの人生で1番不透明な年と感じるそう。だが、自分を客観的に見れるようにしたいと裕和さん。「3月に帰国して、半年は休学する予定です。その間に、今まで自分が作ってきたものを世の中に出し、意見を聞き“自分の立ち位置”を知りたいと思います。それを知った上で2015年に始める就職活動や今後の自分の発展の為に生かせるよう、自分というものを客観的に知る年にしたいです。」

裕和さんからは好奇心やアイデアが次々に生まれている印象を受けた。彼にとって貴重な時間であるトロントでの残り3ヶ月、発想力に長ける彼は未来へ繋がる“何か”を得るはずだろう。


ikebata-yukari子供たちとともに、カナダから東北へと復興への思いを届ける。

池端ナーサリースクール園長

池端友佳理 さん


日本とカナダ両国の文化・習慣・言葉が自然な形で習得できると、多くのママたちから熱い支持を受けている池端ナーサリースクール。子供たちの無邪気な笑顔が溢れるこの園を統括しているのは、園長の池端友佳理さんだ。21年前の自宅での託児所開設以降、池端さんはこれまで多くの子供たちの成長を見届けてきた。

そんな池端さんは母や日本の友人たちの多くが東日本大震災のボランティアをしていることに大きく影響を受け、自身も震災復興支援活動に積極的だ。”日本から遠く離れたカナダでも何かできるはずだ”という思いから、震災発生直後の2011年にはJCCCで大きなバザーを、昨年は福島エリアに取り残された動物たちへの支援イベントを開催した。

そうして迎えた今年は、日本で発行されている東北の人々を支援するためのフリーマガジン”志縁”を通し、園の子供たちが震災後に書いた手紙や絵を東北に届けた。「母を通じて知り合った友人がボランティアで”志縁”の編集長をしていて、私たちがこれまで行ってきた活動のことを知って、ぜひ子供たちからのメッセージを東北に届けたいと声が掛かったのです。遠く離れたカナダにいても、私たちはいつもあなたたちのことを思っていますよということが東北の方々に伝わればと強く願います。」

(左)子供たちが被災地に向けて描いた絵の一枚 (右)池端ナーサリースクールの子供たち

(左)子供たちが被災地に向けて描いた絵の一枚 (右)池端ナーサリースクールの子供たち



さらに12月6日に行われるナーサリーの冬のコンサートでは、担任の先生のアイデアで年長クラスの生徒たちによる震災をテーマにした公演が企画されている。スライドを用いて、震災発生直後の惨状から、みんなが力を合わせ、だんだんと復興に向けて頑張っている姿を経て、最後には2020年の東京オリンピックへと繋がって、新しい未来へ向けてみんながいい方向に向かっていけばいいなという願いを込めた舞台設定でコンサートを行うという。「震災後、日本でこういうことが起きたのだということを先生たちは子供たちに伝え続けてきました。たとえカナダという離れた土地にいても日本とはなんらかのかたちで繋がっていて、震災は決して子供たちにとって無縁のことではありません。年長クラスは4,5歳の子供たちなのですが、みんながメッセージを送ることで、日本のみんなが元気になれるのだよということをいつも伝えています。」

そして池端さんは来年、復興支援としてナーサリーで園の子供たちと被災地の子供たちとの繋がりをテーマとしたイベントを行うことを計画しているという。「大きなイベントをやりたいということもありますが、一番大切なことは継続していくことだと思うので、自分たちのできる支援活動をずっと続けていきたいですね。私たちの心に国境はなくいつも繋がっているのだよというメッセージを伝えたいです。」
一方のプライベートにおいても池端さんにとって2013年は大きな変化があったという。その変化を促したのは、夫・マークさんのトライアスロンへの挑戦がきっかけであった。「息子が22歳と大きくなったことで、ようやく自分を見つめ直す時間ができてきました。私は一時間も無駄にしたくはないという思いがあり、時間を見つけても頭の中では仕事のことばかりを考え、せっかく休暇でどこかに出掛けても、”この時間にこれができる…”などと考えてしまって、自分の中でオンとオフの切り替えができなかったのです。でも今年、同じように忙しくしていた夫が初めてトライアスロンに挑戦し、自分自身の時間を持つようになったことで、自分でも何かしなきゃいけないなということを感じ、自分の健康面も見つめ直していかなければと思いはじめました。」

育児に仕事、そして自分を追い込んでしまう性格とが重なりあい、池端さんはこれまで常に走り続けてきた。だが今ようやく、自分自身を見つめ直し、自分自身をいたわることも必要なのだと気づくことができたという。「まだまだリタイアの年ではありませんが、40代、50代は健康面でも崩れやすい時期だと思うので、自分で自分をコントロールできるようにしていきたいですね。」これから何十年を経ても、元気に子供たちと笑い合い、園を駆け回る園長先生の姿が見られることを願う。


mayumi-tomoko社内初の製造部門出身MBA取得者を目指して。

日本水産株式会社(ニッスイ)
UofT Rotman School of Management
フルタイムMBAコース在籍

真弓知子 さん


現在UofT Rotman School of ManagementでMBA取得のため日夜勉学に励んでいる真弓知子さん。彼女は日本大手食品・水産会社の日本水産株式会社(ニッスイ)の社内海外MBAプログラム派遣制度を利用して、昨年9月から同校に留学している。

彼女は製造部門の出身で食品の生産管理や品質管理について専門的な知識や経験を積んだが、他部署との共同事業などを通して、製造以外にも新しいことを学びそれを役立てたいという思いを抱くようになる。社内にはなかなか彼女の年齢、職種で新しいことを学ぶ機会がないのだが、社内海外MBAプログラム派遣制度を知り応募、留学の権利を獲得する。

ニッスイの製品を手にして、親しい友人たちとRotman校舎内にて記念写真

ニッスイの製品を手にして、親しい友人たちとRotman校舎内にて記念写真


そして迎えた昨年9月。今回の留学が初めての海外長期滞在の彼女だったが、授業についていくのに必死で、”海外生活に慣れる”ということを考える暇もないままに、時間はあっというまに過ぎ去っていったという。「学期中はほとんど学校と家の往復状態ですね。日本の学校とは違い、授業の時間もその日によってバラバラです。授業の準備や予習、課題やグループ課題のためのミーティングなどを授業合間にやっているので、授業に出ている時間よりも授業に出ていない時間の方がやることが多いですね(笑) 忙しいですが、時間管理や自己管理の訓練だと思っています」

だが、夏休みには夏季集中講座を受けながらも、学期中とは違って比較的時間にゆとりがあったため、学校を飛び出して多くの人と交流を深めることに努めたという。「学期中は私も含めてみんなが忙しすぎて、学校以外で友達とゆっくり交流するような時間はありませんでした。夏休みには外に出て友達と交流を深めたり、国や職場といった様々に異なるバックグラウンドを持った人たちと知り合いになったり、交流会やパーティで、こちらでビジネスされている日本人の方とお会いする機会を持つこともできたりととても貴重な経験ができました。」

だがそんな彼女も当初は英語に相当苦労したそうだ。「やはりリスニングとスピーキングが難しかったですね。リスニングは授業を通して耳が慣れてきましたし、スピーキングはなるべく友達とメールや会話をする時間をとるようにして、少しずつ話せるようになってきました。クラスメイトが本当に親身に助けてくれることに感謝です。」いくつかのアメリカの大学も見て回り、最終的に安全で国際的なトロントの町の魅力、日本人受講生の少なさを理由にUofT Rotman School of Managementへの留学を決めたという真弓さん。約320人いる受講生の中で、現在日本人は彼女を含め2人しかいないという。

真弓さんは来年6月にMBAコースを卒業予定。卒業後はすぐに会社に復帰するが、どこの部署やどこの国に配属されるかはまだ決まっていないという。「以前にMBAを取られた社内の先輩は、大抵の方がアメリカやヨーロッパのプログラムを出られていて、卒業後しばらく海外事業所に赴任、その後本社に戻るか、または別の国に赴任するという形が多いと聞きます。ですが、今まで製造部門からMBAを取ったというのは社内に前例がないため、そういったバックグラウンドの違いから私の場合、卒業後の配属についてはまだ検討している途中でよくわからないのが正直なところです。」と話す真弓さん。だが、彼女の中にはすでに卒業後に描きたい未来があるようだ。「ニッスイは海外にも多くの生産拠点を持っていますが、国や言葉の違いがある中で本社や海外の子会社同士うまく連携をとり問題を解決していくことは難しいことです。今はまだ海外事業においてニッスイの製造の専門的な知識を持った人材が少ないと思います。私は現在MBAコースで経済やファイナンス、マーケティング、ストラテジーなどの経営に必要なことを一通り勉強しているので、それに加えて製造の知識も活かしてニッスイの海外のオペレーションについてグローバルな視点で考え、コミュニケーションが取れる人材になれたらと思っています。」

彼女の目まぐるしい日々はこれから卒業まで続いていく。だが、「せっかくカナダにいるのですから、カナダの経済や文化など、いろいろなことに興味を持っていきたいですね。あとは周囲に経歴も国籍も、そしてきっと就職先もバラバラになるであろう人たちが大勢いるということは、とても貴重な機会です。こっちにいる間しかそういう方たちと交流することはできないでしょうから、一つ一つ機会を大事にしていきたいですね。」と語る彼女は、MBAの学問的知識と同時に、さまざまな社会経験をこの地で培っていくことだろう。