カナダでMUJI旋風の仕掛人 MUJI Canada 秋田 徹社長 インタビュー | 特集 カナダ・Professionals

アジア以外では最大となる旗艦店を昨年12月にバンクーバーにオープンするなど、出店戦略のプロフェッショナルに迫る!

2015年からトロントに赴任し、カナダにおける展開を推進してきた秋田社長。昨年新しくバンクーバーのロブソンストリートに2号店をオープンしたばかりの秋田社長に、プロフェッショナルとして歩んできた人生とその中で培われた価値観、そして今後の展望について伺った。

♦良品計画に入社することを決めた理由を教えてください。

理由は2つあります。1つ目は学生時代にヨーロッパにいた友人たちと将来的にビジネスを始める計画をしており、当時考えていたのはヨーロッパを中心に衣料品や生活雑貨等の幅広い商品群を提供することでした。そのビジネスを学ぶにあたり、既にやっている企業を探したところ良品計画に出会いました。2つ目ですが、良品計画は世界のためになるビジネスができる可能性を秘めている会社だと思ったからです。日本に生まれ、世界を旅することで自分が恵まれた環境にいたこと、生まれた環境が理由で才能や能力を発揮できない人たちが世界中に溢れていることに気が付きました。このような境遇の違う方々とも力を合わせ、世の中のためになることができないかと考えた時、無印良品というブランドでそれが実現できるのではないかと感じました。

♦良品計画に入社してからカナダに赴任されるまではどのようなMUJI人生を歩まれたのでしょうか?

無印良品は店舗とお客様を一番大事にしているため、入社後は店舗に配属され、日本各地の店舗で経験を積ませていただき、入社2年目で京都にある店舗の店長になりました。その後も3店舗の店長として働いた後、東京の有楽町にある世界で一番大きい店舗のマネージャーになりました。そして2005年にはエリアマネージャーとして中京エリアを管轄しました。

(左)北京1号店、西単大悦城 2008年3月8日開店(右)北京時代(2008年6月)


元々仕事を始めたきっかけには海外で社会貢献をしたいという想いが強くありましたので、海外事業部での勤務の希望はしていました。希望が通り、2007年には海外事業部に異動し、その直後に北京駐在をすることになりました。

北京時代の写真(2008年)


進出当時は無印良品の商標を別の企業に抑えられてしまっていたのですが、商標を取り返してからは一気に中国展開を加速するために、社内では初の中国駐在員として現地法人の立ち上げからスタッフ採用、物流システムの構築を担当し、2008年には北京1号店を出店することができました。最終的に1号店から5号店は私が開店させ、2009年には駐在が終わり、海外事業部に配属される形で日本に帰りました。

同じ年にはインドネシアの現地法人とライセンス契約を結び立ち上げを行い、2010年にはフィリピンでの立ち上げを行うために現地のアドバイザーとしてかかわりました。

フィリピンの最先端都市「フォート・ボニファシオ」のハイストリートにあるフィリピン1号店


その後はまた日本に戻り、北日本と東京西のエリアマネージャーをしました。

♦秋田社長がマネージャーとして無印良品のブランドを活かし、カナダに来る前までに取り組んだ「これぞ無印良品」という活動はありますか?

北日本のエリアマネージャーをしていた時のことなのですが、東日本大震災の翌年、復興の時期に東北コットンプロジェクトという活動を仙台地区を中心にしていました。震災で畑が塩害を受け米や作物が育たなくなってしまったのですが、コットンは塩害でやられた土地でも育つのです。そこで、コットンをオーガニックで作ろうという取り組みを地元の自治体の方々と始めました。栽培には日本中からボランティアの方が集まり、そのコットンを使った無印良品の製品を作って実際に店頭で売りました。
このプロジェクトに限らず、無印良品はモノを売って利益を出す、それだけの会社ではいけません。地域の皆さんのためにできることは無いか考え、そのコミュニティーやそこに住む人に目を向けていれば無印良品だけではできないことが徐々に見えてきます。それがいずれ地域貢献に発展していくのです。

フィリピン時代(2010年)

ビジネスを通していかに社会貢献ができるかが私たちの存在意義であり私の仕事の醍醐味でもあります

♦良品計画としても新しいアイデアを社員に発信しやすいようなカルチャーがあるのでしょうか?

会社がそういうことを応援してくれます。無印良品は日本で420店舗、世界で850店舗あります。私たちにとってトロントの1つのお店は850のうちの1つかもしれませんがその1店舗は地域の方にとってはかけがえのない1店舗です。そしてスタッフや店長は無印良品の代表であり経営者です。ひとりひとりがその地域のために何ができるか、そして地域とどうつながっていくのかを考えることが大切ですし、それが店舗の存在価値になっていきます。

私がカナダで社長をしていても一人ではなにもできません。何をしようか、という部分は皆さんの力を借りて考え、実行しています。

ジャカルタ時代(2009年)

♦カナダ赴任のお話が出てきた当時の状況はいかがでしたか?

実際に話が来たのは2015年5月でした。その当時は衣料品の商品計画と設計に1年間携わっていました。MUJI人生の中で初めて商品に携われたので本音を言えばもう少しその仕事を続けたかったですね。

発表された時ですが、ある日衣料品部署のマネージャーが全員呼ばれ、上司から組織人事を発表されました。私がカナダに行くことが読み上げられたのですが、呼ばれることを予期していなかったため聞き逃してしまい、周りがざわつく中、私は無反応でした。

受け止めるのに時間はかかりましたが、海外で働きたい気持ちは元々ありましたので、辞令をいただいたからには早く行きたいという気持ちでいっぱいでした。

♦トロント1号店を見た最初の印象はいかがでしたか?

お店については小さいと感じました。前情報として知ってはいましたが、私が担当したアジアの店舗と比べると面積が半分以下でした。そしてお客様を見たとき、今まで携わってきた色々な国の人たちが来ていることを感じ、無印良品の28か国での26年の集大成がここにあるような感覚を受けましたね。

サービスについてはアジアと比べ、お客様と向き合っている印象があります。例えば日本の場合は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」という一方的なアプローチですが、北米では挨拶をしてからコミュニケーションをとり続けていないと奇妙な感じになるというコミュニケーション方法の違いが見えました。

♦秋田社長のトロント駐在が始まってからの無印良品の展開を教えてください。

大きかった出来事は2017年1月に行ったバンクーバーでのポップアップストアですね。それまでトロント中心でビジネスをしていましたが、そのビジネス自体も我々が計画していたよりも大幅に上をいっていて大変順調でした。

そして満を持してポップアップストアを出したのですが、反響が私たちの予想を遥かに超えていました。MUJIというブランドがカナダ社会で大きな話題になり、高まっている時に資本を増やしてビジネスを強化することでカナダによりMUJIが浸透する。ある時期に急激に加速したり山を作ることが戦略的な起点になると思います。

バンクーバーのポップアップストア

♦ロブソンストリートへの出店に対する想いを教えてください。

ロブソンの店舗で初めて行ったサービスにコーヒーカウンターがあります。このカウンターは地元のロースターと提携しているのですがそのパートナーを選ぶにあたって、社会に貢献するビジネスをしているかを見ました。現在一緒にやっているのがEthical Beansという会社なのですがそこは100%フェアトレード、オーガニックで高い品質、そして透明性が非常に高いのです。その会社を起こした方の奥様はグアテマラ人なのですが、グアテマラの子供を養子として迎えたり、コーヒーの販売利益の一部をグアテマラの学校支援充てています。その豆を使うこと自体が社会貢献、そしてその会社自体の支援ができますので、このまま拡大していってくれたら嬉しいです。

このコーヒーはオペレーションを簡略化することで1杯税込み2ドルで提供しています。そしてその内の5セントを我々もグアテマラの子供たちに寄付しています。安くておいしいコーヒーを飲みながらリラックスできる環境でお買い物をしていただく、そうすることでより良い選択をしていければと思っています。

♦ロブソンストリートへの出店で苦労したことは?

一番のチャレンジは短期間で人をいかに育てるかでした。バンクーバーは2017年の8月に1号店を出してから一気に2号店を出している状態ですので、合計で180人くらいのスタッフを一気に採用しました。無印良品は小売業ですので商品のクオリティは勿論、日本の会社ですのでカスタマーサービスやおもてなしを通じて商品を伝えることがとても大切になってきます。採用自体は早い時期から行い、採用の決まったスタッフはトロントで研修を行いました。

西カナダを統括するマネージャーも早い段階で採用し、商品の管理方法を勉強してもらうために日本に送り込みました。

他にもインテリアアドバイザーはロンドン、アロマバーでオイルを調合するスタッフは専門性や高いコミュニケーションを身に着けてもらうためにニューヨークにそれぞれ派遣して研修を行いました。オープンにあたっては日本の店長を6人呼び、実際のお店のオペレーションや管理についてを日本の店長がバンクーバーのマネージャーに教えました。

提供する商品のクオリティと提供するスタッフのクオリティ、この2つがあっての無印良品

♦カナダというマーケットは秋田社長にはどう映っていますか?

カナダは率直に言って世界の中で一番成功している国の一つだと思います。先ほども申し上げたように世界中でのMUJIブランドの浸透性の集大成がこの国にあります。店頭にくるお客様や住んでる方の大半がこのブランドを認識しているか既に使っている状態。一概にカナダとは、と一言では言い切れないことはありますが、トロントやバンクーバーという市場は日本の企業がイメージしている以上の可能性を持つ大きなマーケットだと思います。例えば私達がアメリカで10年間かけて成長してきたものをカナダでは3年間で達成してしまうような急成長を遂げています。そういう意味では日系企業にとって大きな可能性のある国、楽しみなマーケットだと感じます。

一方でこの国の面白いところは州が違えば国民性も全然違い、トロントに至っては通りが違えば文化も違う感覚が味わえます。複雑なマーケットではありますので慎重なマーケティングが必要になってきます。

♦出店場所についてのマーケティングはやはり緻密に行っているのでしょうか?

そうですね。私が一番重視しているのはそこに来ているお客様。結局数値的なデータをどれだけ集めてもそれだけでは判断できません。出店を決める前には私自身が現場に行き、一日中そこに来ているお客様を見ます。20年この会社で働いているのでどのようなお客様がMUJIを利用するかはよくわかっているつもりです。日本だけでなく色々な国を見てきた経験を踏まえ、ロケーションであればお客様に来ていただけるかを見ます。モールの売り上げや知名度に関わらず、我々のお客様がいなければ出店はしません。

♦インターネットでの買い物が普及している中で無印良品が支持されている理由は?

私の意見としては、確かに小売りを取り巻く環境は変わってはいますし、無印良品でもアマゾンのような取り組みを研究し、取り入れていけるかを考えるのは重要です。

一方でAIが進化することでレジに人がいない、オンラインでクリックするだけで買い物ができる、何もかもがそうなってしまうと店頭を通じた人と人とのつながりやコミュニケーションが無くなってしまうので個人的にはさみしいです。

その中で無印良品がいま向かっているもう一つの方向性は無印良品、ないしは小売業の店頭を起点として人をコミュニティーだけでなく世界に繋げていくハブになることです。

無印良品の面白いところは衣料品、生活雑貨、食品という幅広い商品ラインアップがあり、その世界観は店舗に入ればわかることです。これはオンラインでは表現できないものだと思いますね。

店舗を通じて人とコミュニティーを繋げることで豊かな社会の実現を目指す。地域や国によって私たちの位置づけは違ってくるかもしれませんが、これからはオフラインでの小売業はこのような側面が強くなっていくのではないかと思います。

♦カナダでMUJIへの期待度が高くなってきていますが、今後の展望を教えてください。

今後も出店については続けていきます。まだお店のない地域に出店していくことで皆さんにとってより身近なブランドになっていきたいですね。

一方で面積については大きくしていきたいです。現時点で我々がカナダで提供できているサービスは日本で提供しているサービスの半分にも満たない状態です。日本で提供できているサービスをカナダで提供していけるようにしていくことが大切ですので、品揃えを増やしたり、お店をただ大きくするだけでなく、大きくなったお店を通じてお客様やコミュニティ、サプライヤーとつながってカナダのこの地域に根差したお店をつくっていくということが一つのテーマです。他ではないこのカナダならではの無印良品っていうのがこれから展開されていくと思いますのでそこはご期待いただきたいです。

♦好きな言葉や座右の銘はありますか?

信じることから始める、という言葉です。まずできると信じる、やれると信じることから何事も始まっていくのではないでしょうか。

♦最後に、秋田社長にとってプロフェッショナルとは?

私にとってプロフェッショナルとは妄想を現実にする人ですね。今までにない価値観や発想、無印良品がこの国で何ができるかを私が誰よりも考えていなくてはいけません。それを無理だろうって少しでも考えた時点で実現ができなくなります。そんなのありかよって怒られながらやってみたことをそれって面白いねっていわれる。面白いことは社会の役に立つものであるべきで、それを考えて実現できる人っていうのはプロフェッショナルだと思います。

秋田さんの年表

幼少期の秋田さん

10代

16歳:自転車で名古屋から沖縄まで往復で旅行。初めて一人で家を飛び出す。日本を知れた
19歳~20歳(大学時代):イギリスをはじめいろいろな国に身を置いて異文化を体感

20代

初めて組織を統括する立場に。人の面白さを知る

30代

中国やインドネシアで海外ビジネスを経験

30代後半

トロント駐在の辞令が下りる
社長として今までの集大成として自分が社会の役にどうたてるかを実行していくことを楽しむ

40代

バンクーバー、ロブソンストリートへの旗艦店出