14歳の日本人少年!ギフティッド・大川翔さん&大川さんご両親

カナダ名門大学5校が争奪戦を繰り広げた、14歳の日本人少年!ギフティッド・大川翔さん&大川さんご両親が語る、これまでとこれからの道

12歳でカナダの高校に飛び級進学し、14歳の今年、ブロティッシュコロンビア大学(UBC)、マギル大学、トロント大学、サイモンフレーザー大学、ビクトリア大学という、カナダ名門大学5校に合格した大川翔さん。この9月からUBCサイエンスへ、授業料の他、様々な費用がカバーされる奨学金と研究助手の仕事も提供されるという破格の待遇で進学。めったに奨学金オファーをしないといわれるUBC。このことからも、大川さんのたぐいまれなる才能に多くの人が注目していることが窺える。

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▲地元紙に掲載された大川さんの記事。 ©Colleen Flanagan /The Maple Ridge Pitt Meadows News

両親の仕事の関係で5歳のときにカナダへと渡った大川さん。9歳でギフティッド(天才児)と認定され、通常授業とは別に特別教育を受け始める。ライティングコンテストで優勝し、生徒会役員や書店の書評委員も務めた。勉強以外でも空手初段黒帯獲得(国際明武道舘剛柔流)やピアノなど、様々な分野でその才を発揮している。そんな大川さんが今回弊誌インタビュー取材へと応じてくれた。5歳でカナダへ渡ったばかりの頃のことや高校生活を振り返ってもらい、大学進学を含めたこれからの将来への展望を大川さんに伺った。また、今回は大川翔さんご本人だけでなく、大川さんのご両親にもお話を伺う貴重な機会を得た。ご家庭での教育方針やご両親から見た翔さんの人物像について伺った。


大川 翔(おおかわ・しょう)
1999年生まれ。0歳から5歳まで日本の保育園で育つ。5歳のときに両親の仕事の関係でカナダへ。9歳でカナダ政府にギフティッド(天才児)認定され、ギフティッド・プログラムを受け始める。12歳で中学を飛び級してカナダの高校に入学。2012年、一時帰国し渋谷幕張中学受験・合格。家族会議の結果、カナダでの飛び級を優先する。2014年春、14歳でカナダの名門大学5校(トロント大学、UBC、マギル大学、SFU、ビクトリア大学)に奨学金付きで合格し、話題となる。同年6月、14歳でトーマス・ヘイニー高校を卒業。同年8月5日に『ザ・ギフティッド −14歳でカナダのトップ大学に合格した天才児の勉強法』(扶桑社)を上梓。同年9月にUBCサイエンス学部に入学。 大川翔公式ブログ「実録!翔の『極楽カナダ生活』」【canada7.blog.fc2.com


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カナダに来たばかりの5歳のときの写真。
木の枝を使って、ツリーハウスのような基地を製作。

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12歳。渋谷幕張中学受験の前日に
学校近くのホテルに宿泊。

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2014年6月。高校の卒業式(14歳)

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2014年7月。J-PARCニュートリノ実験施設を見学。
欧州CERNでWボゾンとZボゾンの発見に貢献し
ノーベル物理学賞につながった電磁石を見る(14歳)

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2014年7月。文部科学省大臣室にて、下村博文文科省大臣と40分にわたり対談。カナダの教育制度について説明(14歳)

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関係者の許可を得、心臓外科医の
南淵明宏先生の 心臓外科手術に立ち会う大川さん(一番左)

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2014年6月。沖縄県那覇市、明武舘剛柔流本部道場にて、
宗家二代目十段八木明達先生と。初段(黒帯)昇段後。


ご自身の才能に気付かれたのはいつ頃、どんなことからですか?

う~ん、特に時期はありません。というか、自分に特別な才能があると思ったことはないです。ギフティッド認定の後も、クラスのみんなはあまり気にしていなかったと思うし、僕も意識していませんでした。ギフティッド・プログラムの取り出し授業で通常クラスを抜け出すことはよくありましたが、他にもいろいろな理由で取り出し授業を受ける人がいますから、そういったことは、いちいち誰も気にしていなかったと思います。

5歳の頃に来加された翔さんですが、当初環境の変化に対する戸惑いはありましたか?
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5歳のとき。呼んでもらえて凄く嬉しかった キンダーガーテンのクラスメイトの誕生会。

正直、戸惑いはなかったような。今から振り返ると、それは戸惑いを感じるほど余裕がなかったってことかもしれないし、あるいは、まだ5歳だったのであまり深く考えてなかったってことかもしれないです。
最初にESLのクラスで友達ができ、近所の友達ができ、それからクラスでの友達ができました。友達とは、共通の趣味、当時はスターウォーズ、で盛り上がっていました。お互いにプレイデートで相手の家に行ったり、スリープオーバーしたりして仲良くなりました。今思うに、共通の話題があるということが、仲良くなるのに役立ったのかなと思います。

言語的にも日本とは異なりますが、英語習得・上達はどのように行われましたか?また、その際に困難はありましたか?
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6歳の時。近所のお姉さんと鶏にエサをやる。

近所のお姉さんに本をたくさん読んでもらったり、図書館でオーディオ・ブックを借りてきて聞きながら読んだり、自分でもたくさんの本を読みました。図書館では、1回に60冊まで本を借りることができるので、いつも大量に本を借りていました。音読もしましたね。あとは友だちと遊んだり、学校でいろいろな発表をしたり、日記を書いたり。

困難といえば、カナダへ来て最初の夏休みのことなんですが、近所のお姉さん達にかなり大量の本の読み聞かせをしてもらっていたから、夏の終わり頃には、英語がわかるようになったなと、自分でももう大丈夫だなと思っていたんですが、現実はそんなに甘くはなかったということがありました。夏休み明けの9月に先生がクラス全員のリーディング力のテストをしたんですが、僕は、英語のレベル別リーディングで最下位グループだと評価されました。その後は、さらに本を読んで読んで、読みまくりましたね。結局、ネイティブと同じかそれ以上読まないと追いつけないということだと思います。

飛び級での高校生活。楽しかったこと、苦労したことを教えてください。

飛び級で楽しかったことは、結構年上のお兄さん、お姉さんたちが優しく接してくれて、いろいろと誘ってもらえたことです。高校で生徒会役員に立候補したとき、役員は最上級生であるグレード12(高校3年)がやるんですが、僕はグレード12だけど、みんなより3歳若いので、票を入れてもらえるか自分でも自信なかったです。で、ドキドキしながら立候補演説をしました。そしたらなんと、たくさんの人が僕に投票してくれて、当選できた。すごくうれしかったです。苦労したことは特にありませんが、強いて言えば、同い年の友達と疎遠になってしまったことですね。

高校生活を振り返ってみて、全体的にいかがでしたか?

充実した高校生活だったと思います。勉強面では、自分で計画を立てて、自由に勉強することができましたし、ボランティア活動や空手、ピアノに生徒会、ギフティッドの授業など盛りだくさんでした。僕はトーマスヘイニーという高校に通っていたんですが、ここは、先生達が作ったラーニング・ガイドをもとに勉強の進度を自分で管理できるシステムで、僕に合っていたと思います。先生達は質問すればドンドン教えてくれるし、とても親切でした。学校が生徒にプレッシャーをかけることもなくて、そのせいか、いじめもない学校でした。もっとも、生徒の自主性を重んじているためか、中には落第する生徒もいると聞きます。

カナダの教育システムは日本とどのような違いがあると感じてらっしゃいますか?

日本の教育システムについての知識が不足しているので、答えるのが難しいんですが、カナダの教育の方が、自由度が高いように思います。教育システムはその国の文化と密接に関係していると思いますし、その文化の違いが教育システムの違いになっているような気がします。

ギフティッドであるからこその苦悩というものはあるのでしょうか?

ないです。ギフティッドだからと言って、特別扱いされるわけではありませんし、特別な目で見られることもありません。ただギフティッドの取り出し授業を受けると、通常授業を受けられないので、後でフォローしなければならない、授業中の課題が宿題みたいになるので、そういう部分では少しだけ大変でした。

この9月からUBCサイエンス学部へと進学を決めた大川さん。なぜ日本を含めた国外ではなく、カナダの大学進学を選んだのですか?そしてその中でもUBCサイエンスを選んだのはなぜですか?

カナダを選んだのは、単純に親がカナダで仕事をしてたからってことと、あと僕の年齢のこともあります。実は2年程前、12歳のときに、日本で中学受験をして合格したんですが(渋谷幕張中学1校のみを受験し合格)、家族会議で話し合った結果、飛び級を優先して、カナダでの高校生活を選びました。すごく悩みましたが、僕は早く大学に進学したいという思いを両親に伝えました。日本には「飛び級」の制度がなく、14歳で受け入れてくれる大学がないのはわかっていましたから。大学院進学など先のことについては、日本を含め、視野を広げて考えていきたいと思っています。
UBCサイエンス学部を選んだのは、魅力的な教授陣が理由です。僕の興味があるヘルスサイエンスの分野では、タイムズの世界ランキングでカナダ・トップの大学です。また、都市部にありながら、加速器(編集部注:より小さい物体を観測するために、照射する粒子を加速する装置)も備えている点ですかね。僕は素粒子物理にも興味があったので。

1日の勉強時間はどれくらいですか?勉強方法についても教えてください。

学校での学習時間を除くと、平日2時間から5時間くらいです。僕の場合、決まった勉強方法というのはありません。頭がクリアーな時間に、いかに集中して勉強するかだと思います。

根本的な質問ですが、勉強するのはお好きですか?

好き嫌いという感覚はないです。登山家がなぜ山に登るのかと問われれば、そこに山があるからだ、と答えると思います。それと同じ感覚です。

得意・苦手科目はありますか?もし苦手科目があるという場合、どのようにそれを克服・勉強していらっしゃいますか?

得意科目は?と聞かれれば、物理、化学、生物、数学ということになると思います。去年から今年にかけて、それぞれ学年トップアウォードを取ったので。そうすると、得意なのは理系科目ってことになるのかもしれないですが、文系科目というか、英語も(スピーチもエッセイも)、結構得意です。苦手科目というのは特にないですね。苦手というのは、ある意味やっていないということだと思います。僕はゴルフが上手じゃないというか、まあ下手なんですが、それは練習量が足りないからだと思っています。

休日や余暇の時間はどのように過ごしてしていらっしゃいますか?

空手、ピアノ、読書が基本ですが、日本語の勉強として、日本のアニメ、ドラマもよく見ます。ライトノベルを読んだりもしますし、あとは映画も時々見ます。でも、いわゆるビデオゲームはやらないです。

高校では、どのように交友関係を図っていたのですか?

高校での交友関係は、年上の人たち中心でした。自分から誘うことは、あまりなかったんですが、結構皆さんから誘ってもらえたのでよかったです。お茶をしたり、食事をしたり、映画を見に行ったり、ゴルフをしたり…。まあ普通の高校生活と特に変わってはいなかったと思います。

勉強とそれ以外のバランスについて、どのように考えていらっしゃいますか?

バランスは意識したことはないです。計画を立てて、実行するだけです。母からは「早く寝なさい」といつも言われるので、それで結果的にバランスが取れているんじゃないかと思います。

ご自身の学ぶことへのモチベーションはなんなのですか?

「謎を解きたい」という欲求ということになると思います。その上で人の役に立つのなら、なおやる気が出ます。

勉強とは、大川さんにとってどのような位置にあるものですか?

勉強で大事なことは、「継続する」ということだと思います。位置的には、生活の一部みたいな感覚でしょうか。結局、勉強と言うのは、一生続くものなんじゃないかと思っています。

将来、ご自身が親となったときに、自分の子供に対し、どのような教育を行っていきたいというものはありますか?また、その際にはカナダ、日本、その他地域のどこで子供を育てていきたいと思いますか?
う~ん、難しい質問です。まだ、あまり考えたことないです。場所はどこであっても、大事なのは、ひとりできちんと生きていけるようにすることなんじゃないかと思います。

この9月からの大学進学へのお気持ちを聞かせてください。

とても、ワクワクしています。新しい環境、新しい出会いに期待しています。

大川さんの将来の夢を教えてください。

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茨城県つくば市にあるKEK(高エネルギー加速器研究機構)ビームライン前で。2014年7月。金髪ロンゲの天才物理学者、多田将先生と。

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神の手を持つといわれる心臓外科医の南淵明宏先生から、 手術についてやその他説明を聞く。


将来はガンや糖尿病やアルツハイマーなど、現在治療が難しい病気の治療法発見に関与できたらと思っています。僕は素粒子物理学にも興味があるので、一時帰国したときに金髪ロンゲの天才物理学者・多田将先生とお会いし、J – PARCやKEKを見学しました。素粒子物理と生化学の融合の可能性もあるんじゃないかと思っています。また、神の手を持つと言われている心臓外科医の南淵明宏先生にもお会いし、実際の心臓外科手術を見学しました。南淵先生からは、最先端の医療技術についてお話を伺い、いろいろな意味でインスパイアーされました。先生方のように、僕も社会に貢献できたらいいなと思っています。

それでは最後に、TORJA読者へ向けてのメッセージをお願いします。

応援してくれた人たちに心から感謝しています。それと異国で暮らす大変さはあるかもしれないけれど、お互い頑張りましょうって言いたいです。
僕も、勝手ながら、これからも日本代表のつもりで頑張ります!

大川さんご両親インタビュー

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5歳から見守ってくれている、カナダのおじいちゃんとおばあちゃんともいうべき存在のカナダ人夫婦、
マリアさんとトレーシーさんとの高校卒業の記念写真。

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3歳から習っているピアノ。ショパンを弾いたところ。
ピアノの先生と。

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10歳の誕生会。遊びの合間に、休憩中。テーブルの上にあるのは、自作のハリーポッターのホグワーツ模型。

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7歳の誕生日に初めての魚釣り。
赤とサメが好きなので赤い帽子にサメのTシャツ。

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アメリカ・ワイオミング州にあるThe Wyoming Dinosaur Centerの付近の現場で、 実際にアロサウルスの化石を発掘。

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8歳(茶帯)のとき。カナダにて、八木明人先生
(国際明武舘剛柔流空手道連盟会長)から個人指導を受ける。


いつ頃から息子さんの才能にお気付きになったのですか?

小学校の担任の先生(グレード3)からのアドバイスを受けたのがきっかけで、息子がギフティッドであることを知りました。

ご家庭での教育方針を教えてください。

特別なことは何もないと思います。本の読み聞かせや、漢籍の素読、音読、計算練習、早く寝るといった、多くの日本人家庭で実践してきたことを、やったまでです。翔が書いた『ザ・ギフティッド』(母親の解説付き)を読んでいただければ、その様子がわかると思います。

カナダの教育システムについて、どのように感じてらっしゃいますか?

カナダの教育システムは、日本の教育システムに比べ、選択の幅が広いように思います。「ギフティッド・プログラム」や「飛び級」といった制度だけではなく、カウンセラー・サポートティーチャー・SEAといった人材の配置、そして、フレンチイマージョン、IB、AP、サイバースクール、モンテッソーリ教育、ホームスクールなど、様々な要望に対応できるシステムが準備されています。もちろん、問題点も多くあるのですが、カナダの場合は、システムを走りながら作るというか、とりあえず作って、後は改善していくというやり方のように感じます。

息子さんの才能や勉学に対し、これまでどのようなサポートを行い、またこれから行っていきたいと思っていらっしゃいますか?

これまでやってきたことは、サポートというほどのものではなく、親としてやるべきことを楽しみながらやってきたという感じです。日本人感覚では子供が20歳までは親の責任ですので、それまでは生活習慣を含めしっかりと、と思っております。本人はカナダナイズされたところもあり、自分の学費は自分で稼ごうという意識があるので、その点、親としてありがたいところです。

勉強面だけでなく、ご両親から見た大川さんはどのような息子さんで、そしてこれからどのように育っていって欲しいと思っていらっしゃいますか?

翔は、決して特別ではないと思います。「ギフティッド」や「飛び級」というのはひとつの尺度ですし万能ではありません。たまたまわかりやすい結果(14歳で高校卒業・奨学金付きの大学合格)が出たので、話題になっただけだと思っています。大事なことは、皆と協力して、新しいことに挑戦していくことが出来るようになることだと思います。翔が、好きな道に進んで、社会に貢献できるのであれば、こんなに幸せなことはないと思います。

この9月に大学進学という次のステップを踏み出す大川翔さん。彼のこれからますますの目覚ましい活躍から、目が離せない。大川さんの公式ブログ「実録!翔の『極楽カナダ生活』」で、彼の今後を見守っていこう。

shoOokawa-19著書紹介

大川翔さん著、『ザ・ギフティッド― 14歳でカナダのトップ大学に合格した天才児の勉強法』(扶桑社)

今回のインタビュイーである大川翔さん初の著書となる本書。カナダの名門大学5校が、返済不要の奨学金を上乗せしての争奪戦!9歳でギフティッド(天才児)登録され、中学を飛び級して、14歳で高校を卒業した日本人少年はいかにして育まれたのかー。本書では、東京弁護士会所属弁護士であり、大学および法科大学院でも教鞭を取ってきた、司法界伝説のリアル「ドラゴン桜」の異名を持つ、大川翔さんの母・栄美子さんが第7章で解説を行い、大川翔さんを育んだ教育法を詳細に述べている。また、巻末には、大川翔さんのスピーチ原稿、渋幕中学事前提出エッセイ、最近のエッセイなども掲載されている。