いろんな愛のカタチ

バレンタインデーがやって来る2月のテーマは「愛」。一言に「愛」と言っても、恋人、友情、家族や同僚など様々なカタチがありますよね。愛溢れる6組の方のインタビューや、デート・女子会にぴったりなレストラン、トロントのお勧めデートコースやいろんな愛の映画紹介など、今月も内容盛りだくさんでお送りします! 寒い季節だからこそ、愛いっぱいの日々を過ごしましょう!


Interview
夫婦・親子・友情・師弟・同僚など、いろんな愛のストーリー


大家族を支える、相棒、そして夫婦のような永遠のパートナー

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Guu 総料理長 杉本 夏彦さん×Guu General Manager小笠原 克さん

トロントに住む人なら誰もが知るトロントの居酒屋のパイオニア、Guu。1号店、2号店ともに毎晩多くのお客さんで賑わうこの大繁盛店を支えるのが、General ManagerのMasaruさんと、総料理長のNatsuさんだ。明るく元気なMasaruさんに対して、クールで寡黙な印象を受けるNatsuさん。対照的なふたりだが、長年仕事もプライベートも連れ添った者同士、根は同じ空気感が漂っている。
ふたりは8年前にバンクーバーのGuu Otokomae店で出会った。Guu歴の先輩はNatsuさん。MasaruさんがGuu Otokomae店の面接を受けた際、面接をしたのがNatsuさんだった。同じ年齢、音楽の趣味も似ていることからふたりは仕事の後もNatsuさんの自宅で飲んだりするほどの仲になった。3年前にトロントに来てから現在もふたりは同じ家で暮らしている、正に相棒だ。

未開拓地へのふたりの挑戦

Guuトロント進出が決まった際、まずMasaruさんが責任者として選ばれた。

Masaruさん「実はトロントに行くことが決まったとき、Natsuさんとは別の人が僕のペアで決まっていたんです。ですが急遽その人が来ることが中止となり、別の候補で社長が挙げたのがNatsuさんでした。でもNatsuさんは僕より先輩。トロントでの責任者が僕になるので、OKしてくれると思ってなかったのですが、、Natsuさんは一緒に行くことを決めてくれました。」

Natsuさん「当時、Guuで働いて8年。新しいことに挑戦したいという思いがあったので、迷いはなかったです。Masaruさんと一緒にトロントのGuuを成功させたいと思いました。」

0からのスタート。当時はバンクーバーと比べてトロントでは「Izakaya」の知名度が低かった。その為苦労したこともたくさんあったが、メニューの考案や試作、従業員の面接や指導などふたりで協力して行った。そして2009年12月にGuu Izakayaがオープン。オープン以来大人気店としてトロントニアンに定着したのは、ふたりがGuuを支え続けている結果だろう。

夫婦のようなバランス

オープン当時は予想をはるかに上回る繁盛ぶりに休みなく働く日々が続いた。疲れがどうしても出てしまい、スタッフにキツく叱ってしまうこともあったというMasaruさん。そんなとき、優しい人柄のNatsuさんがさりげなくフォローしてくれた。まるでGuuファミリーの厳しいお父さんと優しいお母さんのような、ふたりのバランスが上手に取れていると語ってくれた。

Masaruさん「日替わりメニューなど考えるとき、Natsuさんに材料と雰囲気だけ伝えれば僕が求めていたものを作ってくれるし、Natsuさんが家でかけてる音楽も僕好みばかりなんです(笑)これらの趣味やセンスが似ているのはとても大きいですね。」

Natsuさん「オープンから3年経って、これだけの結果を残せたのは、Masaruさんと一緒だったからだと思うし、ふたりには阿吽の呼吸のようなものがあると思います(笑)料理にしても、何も言わなくてもお互いの作るものがお互いが好きな味。性格は全く違いますが、本当にいいバランスがとれてますね。」

これからもふたりで

オープン以来、”ふたりで休みが一緒にとれたら”、”ふたりでGuuのカウンターで飲めたら”と小さな夢を立て、ひとつずつ叶ってきた。それはふたりの下で働くスタッフが頑張ってくれているから。カウンターでふたりで乾杯したときはとても感動したそう。

Masaruさん「今、下の子たちがどんどん成長してくれているおかげでお店を任すことができ、僕らふたりも次のステップへと進むことが出来ています。スタッフみんなのおかげで成長できたGuuファミリーに感謝ですね。今後は、いつかふたりで今までにない新しいお店を出せればいいなと思っています。」

新しいことに挑戦し続けるGuuを支える二人の今後に期待したい。


ふたりの求める先は同じ。「美」と「食」が与えてくれる、無限の発想力。

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料理家 太田 千晶さん× nagomiオーナー Megumi Overtonさん

Jane駅近くのスパ、nagomiオーナーのMegumiさんと料理家との千晶さん。ふたりは2010年にここトロントで出会った。nagomiで様々なワークショップも開いているMegumiさんが、現在は東京で活動する千晶さんをトロントへ招き、クッキングクラスなどを行なっている。昨年6月に第一回目が実現し、2月に2回目となるイベントが4つ開催される。ふたりで意見を出し合いながら企画していく。これまで親子で参加できる食育講座や、スパイスの効用などを学び、それらを使用したインド料理のクッキングクラスなど、多くの人々に体の内側から美しく健康になって欲しい、「美」と「食」に興味を持って欲しいという想いから、ただ料理を教えるだけでなく、素材や料理が美や健康与える効果までを丁寧に伝えている。
Megumiさんの経営するnagomiは、厳選された日本のプロダクトを使用し落ち着いた空間でフェイシャルエステやネイルなどのサービスが受けれるスパ。美容関係のお仕事をしていたお母様の影響で、Megumiさんも「女性が美しく変わる」お手伝いができればと思うようになり、スキンケアやメイクアップを学び、昨年nagomiをオープンさせた。
千晶さんは、縁ある食の空間、en-kitchen/Chiakiとしてフリーランスの活動をしている。小学校で食育について教えたり、ケータリング、フードイベントの開催などを行なっている。2010年、自分にあとひとつだけ足りない何かを更に求め、海外に行くことを決意。トロントにワーキングホリデーで半年間滞在した。
ふたりの出逢いは勤務先のレストラン。しかし、その当時は今のような親しい関係ではなかったそう。

きっかけは結婚式

Megumiさんは、当時自身の結婚式のケータリング会社を探していた。ヴィーガンやアレルギーを持つ参列者もいるため、予算内で注文を受けてくれる会社がなかなか見つからず困っていたところ、既にフリーで料理家として活動していた同じ職場の千晶さんがそれを引き受けることに。

Megumiさん「私の細かい希望にも添ってくれ、当日は完璧にこなしてくれました。来場者のみなさんも大満足で、千晶さんに頼んで本当に良かったです。」
その後千晶さんは帰国。その頃Megumiさんは自身の将来について考えた。結婚し、母親にもなったが、やはり美容に携わる仕事をずっとしていたい、自分が自信を持って薦められるプロダクトを使用して女性達にきれいになって欲しいと思い、nagomiのオープンを決意する。

美と食が繋げてくれた二人の友情

Megumiさんと千晶さんは、美と健康、そして食は繋がっていると考える。旬の食材や、季節に合った料理を食べて健康に、そして美しくなる。ふたりの職種は違えど、同じ考えを根本に持つからこそ様々なアイデアが浮かぶのだ。Megumiさんから出されたアイデアを千晶さんが形にしていく。それぞれの意見やアイデアがお互いの発見に繋がり、刺激なることも多いのだそう。

Megumiさん「nagomiで美と健康のワークショップをしたいなと思ったとき、すぐに千晶さんにお願いしようと思いました。結婚式のときで彼女の仕事に対する姿勢を見て、彼女なら絶対素敵なイベントをやってくれる自信がありましたね。私がこうしたい、あれがしたいってイメージを伝えると彼女は完璧に私のイメージ通りにしてくれます。」

千晶さん「Megumiさんお話を伺った時、「食育」をやりたい!と真っ先に思いました。やるなら少人数で、実際に作りながら子どもたちに『食』に対する興味を持ってもらう。その中でお母さん達が発見することも多いようで、親子揃って学んでもらえているかなと思っています。」

「美」と「食」。それは我々にとってとても大切なもの。Megumiさんと千晶さんにとっては、加えてふたりの友情を繋ぐ架け橋となっているのだ。これからもどんな斬新なアイデアで私たちに美と食の知識を与えてくれるか楽しみにしていたい。


長年の月日と尊敬の念が生み出す阿吽の呼吸

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Zen Japanese Restaurant

柏原 清一さん×Jackie Linさん
スカボロにある日本料理店『Zen Japanese Restaurant』。ダウンタウンから離れた立地だが、本場・日本の寿司をトロントで食べられる名店とあって、その味を求めて連日多くの人が足を運び、予約なしでは入れないほどの人気店である。そんな店の看板を支え続けるのは、大将の柏原清一さん、そして今年で10年目を迎える、一番弟子のチャイニーズ系カナディアンのJackie Linさんだ。
カウンター越しには時折、冗談を言い合う彼らの姿も垣間見えるが、寿司を握る二人の間に言葉はない。Jackieさんが柏原さんの動きをくみ、次の作業へのスムーズな橋渡しをしていき、流れるように二人で一つの華麗な皿を生み出していく。これは長年の月日とJackieさんの師匠に対する尊敬の念が生み出せる業に違いないだろう。

まず、どのような経緯でJackieさんはこのお店で働くようになったのですか?

Jackieさん
高校生のころから寿司職人になりたいという思いを持っていました。調理師学校時代にも日本料理店で働いていたのですけど、そこはあまり良いお店とはいえなくて。修行のために良いお店がないかなと探していたときに、このお店のことを知ったのです。ぜひ、チャンスがあったら働いてみたいと思い、学校からインタビューのお願いをしてもらって、Co-op(インターンシップの一種)という形でスタートしました。

柏原さん
私にとってもそういったもの(Co-op)は初めてだったので、あまり乗り気ではなかったのですが、試しにやってみたら、彼がかなりまじめに働いていたので、「卒業したらうちにくれば?」という話をしたのです。

職人の世界というと「目で見て盗む」という指導方法が思い浮かびますが、こちらでもそういった指導方法なのですか?

柏原さん
いえ、そういった昔のやり方ではないですね。訊かれたら教えるし、何かおかしかったら指摘もするし。昔みたいなやり方をしていたら、一人前になるのに、それこそ何十年とかかってしまいますからね。

Jackieさん
このお店で、お米の洗い方や魚の処理など、一から寿司職人として学び始めた、という感じです。

柏原さん
知っていることは教えるし、知らないことは一緒に調べる。私も25歳でカナダに来たので、まだまだ知らないこともありますしね。教えながら、ともに学んでいるという部分もありますね。

将来、Jackieさんにどのような職人になってほしい、なりたいという思いがありますか?

柏原さん
私としては、彼にもっと広い世界を経験してもらいたいですね。彼にはまだ、伸び代があると思います。彼がいなくなったら大変ですが、彼自身のためにも、もっと厳しいお店を見たりしてより多くの経験を積んでいって技術だけでなく、人間関係などの人間的部分でもより成長していってほしいですね。

Jackieさん
寿司職人としては、やはり自分の店を構えたいという思いがあります。でもまだしばらくは、大将のもとで、もっともっといろいろな経験をしていきたいと思っています。


スポーツが深める、親子の絆。

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根岸 英一さん×一喜くん
父親・英一さんのカナダ駐在を機に、家族でAuroraに2005年より2012年までの約7年居住していた根岸さん一家。
2005年当時3歳と1歳だった二人の息子は、現地の国民的スポーツであるアイスホッケーを始め、後には兄弟そろってカナダ名門チームAurora TigersのRep(代表)選手、長男はAurora初の日本人プレーヤーとして、地元の子供たちとともに数々の遠征を行っていた。その遠征は家族旅行にもなり、家族での時間もつくりだすこととなっていた。
今回は昨年12月に第45回ゴールデンホースシューバーリントンAAAホッケー大会に日本チームとして出場した現在10歳になった長男の一喜くんと、父親の英一さんにお話しを伺った。(※大会ルポは21ページにて掲載)

カナダでホッケーをしていたころの思い出 を聞かせてください。

一喜くん
2009年シーズンで初めてトライアウト(チームに所属するための試験)に合格したときは嬉しかったです。一回目の試験、二回目の試験、とだんだん人数が少なくなっていく中で、最終試験に残り、受かったときは、本当に嬉しかったですね。
英一さん
Repプレーヤーになるには、トライアウトに合格しなければいけなく、だれでもプレーできるハウスリーグとは全然違います。この試験の合否で、何度も涙してきた子供たち、そして合格しても毎年開催されるトライアウト…。子供のころから厳しい環境を認識させられるものだったと思います。
また、学業との両立は大変でした。土曜の朝練習が7時から、その後、遅刻してトロント補習校 に行き、夕方からの試合のために早退する…。こんな日々だったので、小1から まともに一日補習校にいたのは、年間数日しかありませんでした。それでも宿題だけは 貫徹し、泣きながら夜中まで宿題をしていた姿は今でも忘れませんね。

息子さんがホッケーをしていることで、なにか親子の関係は変わったと思いますか?

英一さん
駐在員は 正直多忙。なので、平日の練習や試合は、ほとんど妻がやってくれていました。‘ホッケーマム’という言葉があるように、母親は子供につきっきりで、男の子であれ、母親との距離はかなり近いと思います。 父親である私とは、カナダでは年中ホッケーの試合がTVなどで観られるので、試合の流れやらプレーヤーの動きなど、当時はホッケーの話ばかりしていましたね。 あとは、親子の関係…、もありますが、カナダでは駐在員でありながらも親子で地元コミュニ ティとのつながりを深くもてたという価値は大きかったと思いますね。

これからのアイスホッケーでの目標はなんですか?

一喜くん
ぼくは、NHLの選手になって、カナダ時代の友達とまたプレーしたい。カナダを離れるときに 友達みんなと、『See you on NHL!』って約束しました。3年間一緒にプレーした友達と、大人になってもう一度 プレーしたいですね。日本人初のNHL選手のプレーヤーになりたいです。 それもSedin 兄弟のように、弟の大喜と同じチームでプレーしたい。
英一さん
福藤豊選手という選手が日本人初のNHL選手として活躍していますが、彼はゴーリー(ゴールキーパー)なのです。 いつか二人の息子たちがNHL選手のプレーヤーとしてリンクを駆け回る姿を、私も心待ちにしています。
※Sedin兄弟とは バンクーバー・カナックスに所属する双子のプレーヤーで、兄弟で同じチームに所属している。


表裏一体。それこそがKoyoi人気の秘密。

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Koyoi Japanese Restaurant & Bar

筒井 三奈子さん×川上 知子さん

Wellesley駅近くにあるKoyoiは毎晩遅くまで多くの人で賑わい、日本人常連客の姿も多くみられる。多くの日本人がこの店に通い詰める理由の一つは、料理長の三奈子さんが中心となって作り出す、クオリティ高い日本食の味。そしてもう一つは、気軽に話を聞いてくれるバー・マネージャーの知子さんの存在だ。
二人は約3年前のほぼ同時期に働き始めた同期。その二人が今、Koyoiを支える、表と裏の柱となって、トロントの人々に日本古来のあたたかさや安らぎを与え続けているのだ。
今回、このKoyoi二本柱のスタイルが確立されるまでのお話を、お二人に伺った。

お二人が働き始めたころのお店は、どのような様子だったのですか?

知子さん
オープンしてから半年程度と間がなかったこともあり、お店は賑わっていませんでした。これはどうにかしなければと、みんなでビラを配ったり、手作りのメニューのポップをつくったりと試行錯誤しましたね。
三奈子さん
うちは「日本人の方が満足する味を出していれば、いつかこちらの地元の方にも受け入れてもらえる」という思いでやっていますが、始めのころはそのお店の様子に、カナディアンのスタイルに合わせるべきかとも迷いもしました。でも、この思いで続けてきたことは間違っていなかったと思います。

約一年前に、お店全体を取り仕切っていた料理長の方が突然辞めてしまうという衝撃の出来事が起きましたね。その当時はどのようなお気持ちでしたか?
知子さん
もう、びっくりでしたね。本当に突然のことだったので。それまでは、その料理長をトップに、美奈子さん、私のトライアングルでお店を運営していた部分もあったので、その料理長が抜けたことは大きかったですし、とくに三奈子さんは大変だったと思います。
三奈子さん
アルバイトの子たちも危機感を感じてくれていたようで、みんな一生懸命に働いてくれました。正直戸惑いもありましたが、目の前のことをただやっていくしかありませんでしたね。
知子さん
常連のお客さんからは心配の声もありましたけど、「味が変わらないね」という言葉がほとんどで安心しました。
三奈子さん
変化があったことについて少なからず噂はあったと思いますが、そういった噂は気にせずに、「良い状態を壊さずに守り抜けば、いつか結果がついてくる」と思って、”変わらないこと”を目指しました。

その目まぐるしい日々から、どれくらいして落ち着いたのですか?

三奈子さん
昨年の秋ぐらいから、ですね。キッチンの方はスタッフも充実してきて、だんだんと落ち着いてきました。
知子さん
今まで積み上げてきたものが、ようやく定着してきた、という感じですね。最近は自分の時間も割ととれるようになってきました。

これまでの3年間の付き合いを経て、お互いをどのような人だと感じますか?

三奈子さん
仕事面については、知子さんは本当にまじめですね。そういう部分では私と似たような部分があります。たぶん、仕事面で違いすぎると、いろいろストレスや気になる部分も出てくると思いますが、そこが共通しているので不満は起きないです。やっている仕事のジャンルが違うので、お互いを信頼して、その部署を任せ合っている部分があります。大変な時期も一緒に乗り越えてきたということも大きいでしょうね。


日本とカナダで育んだ愛情、そして信頼と安定という愛のカタチ

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山﨑 直枝さん×Mark Payneさん

2009年に結婚し、今年で結婚4年目を迎えたカナディアンのMarkさんと日本人の直枝さん夫妻。国際結婚は大変では…?という不安は、この二人に出会って一気に吹き飛んでしまった。二人の間にはカップルとはまた違った、互いへの愛情だけでない、永く時をともにするパートナーとしての信頼や安定感の感じられる、とても心地の良い空気が流れている。
互いを一人の人間として尊重し合っている様子からは、二人のカナダ、日本という国籍や文化、習慣の違いをものともしないほどの、強い繋がりが感じられる。そんなお二人に、出会いから現在、普段の生活の様子を伺った。

まず、お二人が出会われたきっかけは?

Markさん
もともとJAVA(Japanese Visitors Association)のボランティアをしていて、その後JET(Japan Exchange Teaching)のプログラムに参加し、日本で生活をしていました。そして、毎年JAVAが日本で行っている「新宿ツアー」に参加し、そのツアーで、ちょうどトロントからワーホリで帰国したばかりだった彼女に出会いました。トロントという共通の話題で盛り上がり、連絡先を交換し、それぞれ友達のパーティに呼びあうなど会う機会が増えて交際がスタートしました。

結婚に至った経緯を教えてください。

直枝さん
お互いパートナーとして意識はしていましたけど、結婚に関しては長い目で見ていました。彼は一枚の紙で成立する結婚というものを無意味と思っていて当初は「結婚はしない」って言っていたのです(笑) でも、結婚後はやっぱり安定感が増えましたね。

Markさん
以前は、お互い愛情があれば結婚する必要はないと思っていましたが、JETの次のキャリアステップについて考え始めたのがきっかけでその気持ちが変化しました。就職活動をした結果、日本ではなくカナダでの採用となり、渡加を考えると同時に、あらためて二人の関係について話し合いました。そして、話し合いの末に二人でカナダに拠点を移すことを決め、これが良い機会となり2009年に入籍したのです。

結婚に対して、お二人のご両親の反応はいかがでしたか?

直枝さん
私は一人っ子ということもあり、両親は複雑だったと思いますね。直接何かを言われた訳ではありませんでしたが、遠くに行って欲しくないとは思っていたと思います。

Markさん
僕の場合は、カナダという国がマルチカルチャーなので特に珍しいことではなく、両親共にすんなりと受け入れてくれました。自分が日本に住んでいたということもあり、日本人の彼女を連れて来たことは驚くことではなかったのだと思います。

普段の生活では英語と日本語、どちらの言語で話すのですか?

直枝さん
両方ですね。やはり私からはネイティブである日本語の方が楽なので、日本語で話すことが多いのですが、英語で話すこともよくあります。そうするとその都度、彼も日本語や英語で返してくる…。いろいろなパターンがありますね(笑)

Markさん
最近は、怒っているときには英語で喋っていますけど基本的にケンカするときには彼女が日本語でバーって言って、僕が英語でバーって言い返していますね(笑)そこはお互い、ネイティブの言葉が出てきちゃいます。