再びラブラドールへ(2)— ホープデール(Hopedale) | 紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第20回

ミッションハウスが目印のホープデール

 日本近海で比較するなら、オホーツク海のカムチャッカ半島とラブラドールが同じ緯度だ。北緯50度から60度の間にすっぽり入る位置にある。ニューファンドランド島とラブラドール地域を合わせて一つの州なのだが両者間に陸の接点などない。それでいて西と南境にはケベック州、東側全域は大西洋に突き出るリアス式海岸という地理的に非常にユニークなのがラブラドールだ。

 約30万平方キロメートルの地域(おそよ日本全土から北海道を抜いた面積)に数万人という微小の人口を持ち、そのなかのイヌイット族は9千年もの歴史をもつ。外部の影響をうけながら一体どのように生き延びてきたのだろうか。我々の客船はいよいよヌナチアヴット(Nunatsiavut)自治政府の立憲首都、ホープデールに向かう(行政上の首都はナイン:Nain)。

 客船を後にゴムボート、ゾディアック(Zodiac)で岸に近付くと私の目に飛び込んで来たのは惚れ惚れするような岩肌、ナイス(Gneiss 変麻岩)とよばれる縞模様が織りなす自然の芸術品だ。それも超巨大な。30億年も前の地層の大変動で出来上がったともいわれ、その岩の上に象徴的に立つのがホープデールだ。ラブラドールが地質学者達の天国だというのもうなずける。

ホープデール上陸と自然のナイスの岩模様


 私達が到着するのを知ってか、自治体の代表の方々や子供らが笑顔で迎える。村民総出でお茶やお菓子をふるまってくれた。人口約600人のこの小さな村の教育機関は高校の12年生までで、道路はホープデール内のみ。果てしなく続くのは海と空だけ。ジープのような4輪車を操縦するのが若者達のレクリエーションなのか、あちこちで乗り回している。案内役を勤めるのは十代の学生達。あと一年で卒業のモニカがスマホを持っていたのも印象的だった。 彼女はRCMPになる夢をもっている。私と同じアジア系の顔をしているが、違うのはアザラシの肉食生活のせいか、そのふっくらとした体型。

お出迎えの村長さんと自治区議会委員の皆さん


ヤマハの4輪を楽しむ若者達


 カナダ東部で一番古い木造建築物のホープデール・ミッション・ハウスはこの村のプライドでもある。国定史跡の建造物は今も集会場・ミュージアムとして使われ住民の生活の中心的存在。建立したのは18世紀に到来したモラビアン宗派の宣教師達だ。教育、音楽、敬虔、異民族共存、宣教を柱にイヌイットの心に入って行った。キリスト教のモラビアン宗派は中世記のボヘミア地域(チェコ/東ドイツ周辺)に由来するドイツ系の最古のプロテスタント。彼等はグリーンランドでイヌイット語(イヌクテイタット:Inuktitut)を習得し、聖書もイヌイット語に翻訳して文字文化をもたらした。現在に至るまでモラビアン教会の影響は強く人口の80%以上がキリスト教信者だという。

イヌイット語(イヌクテイタット)の聖書


 モニカに案内されて中に入るとヨーロッパから持ち込まれた古い楽器や教育資料が残されていて大変興味深い。イヌイットのブラスバンドもかつては活発に演奏をしていた。数字の概念がない彼等はいまでも1から10まではドイツ語で数える人が多い。カナダの各地で教会運営のレジデンシャルスクールによる虐待が問題視されるなか、ここはそれとは全く無縁だ。ホープデールの住民はモラビアンの伝統を誇りに思っているとさえ私には感じられた。

18世紀に持ち込まれたヨーロッパの楽器


 今日の教会は、というと祭壇には分厚い英語の聖書、屋根裏にはイヌイット語の聖書が山積みに残されていた。現在は人口の大半が英語を解するという。ナクメック(有り難う)をイヌイットの言葉でモニカに教えてもらったが、スペルは分からなかった。・ラブラドールが1949年にカナダに加わってから学校教育は英語で行われている。ヌナチアヴット議事堂のモダンな建物を見学した後は、若者達が面白い力試し競技をご披露してくれた。一般の観光地とはひと味もふた味も違ったおもてなしをうけ、私達はまた客船にもどる。キャビンに入るとモニカからイーメールが来ていた。


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石原牧子

オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daugher (CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回上映中。PPOC正会員、日本FP協会会員。
www.nagatsurahomewithoutland.com