イタリア(4) トスカーナ州:フィレンツェ(その2) 生の文化に触れる|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第29回
新しいクラス編成が発表され、ABCScuola(学校)の受付は生徒たちでごった返していた。文法と会話のクラスがあり、会話では日本から6ヶ月前に料理を研究しにきたA嬢と同じクラスになった。私より一世代若いがお互い久しぶりに日本語で会話ができ、大いに盛り上がった。彼女によるとイタリアはフランスよりも食材が豊かだそうだ。フィレンツェのスーパーは食材で溢れている。買い物に慣れてきたとはいえ、私は共同使用のキッチンを汚してまで料理をする気になれないので買うものはパン、チーズ、果物、生ハム、やインスタントに集中してしまう。A嬢はいずれレストランを開く素質のある頑張り屋さん。彼女が教えてくれた日伊のデジタル辞書は重宝して以後ずっと携帯で使っている。イタリア語の発音は日本人にとっては一番楽な外国語であると思うが単語が性別、時制、数量で変化する度合いはフランス語の比ではない。この複雑さが文化にも反映しているのかも知れない。
毎日宿題を終えると、フィレンツエの街を歩き文化活動を開始する。ヴェッキオ宮殿(3月号記)から北に6ブロック歩いたところにフィレンツエのシンボル、13世紀に建築スタートしたフィオーレ大聖堂(Basilica di Santa Maria del Fiore)がある。緑、白、ピンク色の大理石と赤レンガの美しいパターンが織りなす優雅で荘厳な建築物は街のどこにいても映え存在感を知らしめる。洗礼堂、大聖堂、鐘楼の3つからなり、中でもDuomo(ドゥオーモ)の名称で親しまれる大聖堂の赤レンガのドームは木枠を作らずにレンガを積み上げたユニークな2重構造になっており世界最大の石積み式建築だ。15世紀にスタートし完成に14年かかっている。その後で作られた各地のドームは全てこの工法を真似て作られたと言われる。463段の狭い階段を登りドームの内側に入る。丸天井いっぱいに最後の審判、キリストの復活の絵が広がる。ドームの上のキューポラに出るとおそらく当時と殆ど変わらないであろう赤レンガの街並みが見える。狭く薄暗い階段を降りて広場に出ると、Duomoを見上げている建築家フィリポ・ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi 1377-1447)の像が待っている。自分が生み出したドームの傑作を感慨深く眺めているポーズだ。
オペラの縮小版やカンツォーネが生で聴ける教会がある。ヴェッキオ橋(3月号記)を渡った川向こうのSt. Mark’s(セント・マークス教会)だ。丁度いい具合にオペラ『椿姫』と〝三人のテノール〟をやっていた。即両方の前売り券を各35ユーロで入手。夜のフィレンツェは治安が良いと言われたが、その通りで一人でも安心して歩いて会場を往復できた。『私の太陽』『帰れソレントへ』『グラナダ』などポピューラーな歌曲の数々が生のイタリアンテノールで聴くことが出来て私はご満悦。それも席から3メートルの目の前で。終わるとピアニスト共々ホールに出てきて客とカメラに収まるなど〝おもてなし〟に愛嬌を撒いていた。そして私もその客の一人になる。
インターナショナル・パフォーミング・アートセンターではピアノ演奏会のサインが出ていた。見れば開始1時間前。ならばとまず当日券を10ユーロで求め、広場のレストランに飛び込みポルチーニのパスタで腹ごしらえをする。地元の住民や観光客に混じって私も久々のピアノの生演奏に陶酔した。
別段私はブランド商品に特に興味はないが宮殿と同じ広場にグッチ(GUC
CI)美術館があれば話は別だ。立ち寄らない手はない。服も靴も古くから超奇抜。一階が店になっていてコントラストの強い色同士を大胆に組み合わせた服がこれまた超高価な値段で売られていた。その中でも赤一色で一番安価な小銭入れを私は思い切って記念に買った。私のブランド商品第一号だ。
いつまでも夜のフィレンツエを歩いていたいが早朝のクラスもあるので帰路に着く。アルノ川近くで夜のセレナーデが聞こえてきた。黒いドレスに身を纏った若い女性がひと気の少なくなった広場の一角に座ってバイオリンを弾いているのだ。絵のようなその姿と音色はまさしく私の一日のフィナーレにふさわしいではないか。ありがとう。これであしたも頑張れる。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daugher (CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回上映中。PPOC正会員、日本FP協会会員。
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