イタリア(5):フィレンツェ(その3) 肉眼で見る世紀の大作と両替ビジネス|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第30回

ウフィツイ美術館から見えるドゥオモとコジモ1世のベッキオ宮殿

 法皇や女王を生み出した大富豪メディチ家の影響は14世紀から18世紀まで続いたことはすでにこのコラムで書いた。〝祖国の父〟と呼ばれたメディチ家の長老コジモは65%のフィレンツェの税金を負担した銀行家。その孫、ロレンツォ(Lorenzo the Magnificent 1449-1492)はたった23年という短い統治時代に〝ルネサンスの男〟と言われるほどカリスマ的パワーを発揮し彼の元でルネサンスは最盛期を迎える。後世に多くの遺産を残したレオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリ、十代のミケランジェロ等を擁護した人物である。また後に同じメディチ家から出たコジモ1世(Cosimo I )(3月号記)は衰退気味であったメディチ家を復活させ、ヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)、ウフィツィ美術館(Galleria degli Uffizi)やピッティ宮殿(Palazzo Pitti)にルネサンス期の芸術家たちによる作品をふんだんに飾りメディチ家歴代に継承させた。ピッティ宮殿は妻エレオノーラが11人の子供達と住んでいた絢爛豪華な屋敷で絵画はさることながら広大なボーボリ庭園(Giardino di Boboli)は高台にあり街が一望できる。後にベルサイユ宮殿の庭の模範とされた庭園だ。

コジモ1世の妻エレオノーラと子供達が住んでいたピッティ宮殿と庭園

 ウフィツィ美術館がルネサンス絵画の宝庫であるとはいえ、2500もある展示物はとても見切れない。イタリア語学校の先生の引率でセレクティヴに絵画巡りをする。世界中の国の美術書に必ず載っている絵画や彫刻の数々、しっかりこの目で実物を見て行こう。1996年に16世紀風に改修された東回廊を歩くとルネサンス期にタイムスリップする。ボッティチェリ(Sandro Botticelli)の『プリマヴェーラ(春)』や『ヴィーナスの誕生』に描き出されている神話的な風景、そこにいる妖精のような人達の透き通るような肌、体に纏っている布の細かいヒダの匠な筆使いには目を見張るものがある。そして画上の人物の異なった視線が全体の絵画の物語を作っている。

表情、肌や布の感触を巧みに描いたボッティチェリの『プリマヴェーラ(春)』部分

 レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo Da Vinci)の『受胎告知』は彼が20歳の時の作と言われ、意図的にメディチ家を象徴する模様を聖母の前の置物に描き入れているのはゴマすりか。背後には生まれ故郷のトスカーナ地方のサイプレスの木々。『受胎告知』を描いた画家は何人もいるが際立った違いは告知される聖母の表情だと思う。マルティー二(Martini)とメンミ(Memmi)が共作した聖母は告知を迷惑そうに聞いているがダヴィンチのは驚きながらもじっと聞き入る気品に溢れた落ち着きのある女性像になっている。彼の神秘的で最も著名な絵画はパリのルーブル美術館にある『モナ・リサ』だ。彼自身稀に見る美男子であったことは有名で彼が同性愛者だったとの噂も出ていたらしい。

告知を受ける気品あふれた聖母を描いたダヴィンチの『受胎告知』部分

 ダヴィンチは、音楽、建築、数学、地質学、解剖学、動植物学、光学、物理天文学など広範囲にわたって才能を発揮した天才、日本でいえば人間国宝になったところだ。1519年、フランスの家で弟子に看取られて亡くなったと言われるが当時としては長命の67歳。付け足すと、2019年の今年は彼の死没500年にあたりトロントのイタリアンコミュニティでは記念のイベントを企画している。作曲家、指揮者として有名な日本の佐藤賢太郎氏がダヴィンチの書いた謎の楽譜“Enigma”を元に作曲し、イタリアやカナダの演奏家らと秋に発表するそうだ。

 ウフィツィの外に出ると白一色に身を包んだ動く人間彫刻が観光客相手に商売をしていた。

全身真っ白に塗りたくり彫刻を装う観光客相手の行商人

 ここで旅行者にとって大事なお金の話を。ウフィツィ美術館の近くに手書きの看板を出している両替業者がいる。空港で1ユーロ68円、街中では48~68円のところ72円と信じられないレートだ。偽金ではないのか、と聞くと「そうだよ」とさらりと返す。1万円札を試しに両替してユーロ紙幣で買い物をしたところ、問題なし。翌日また行くと「どうだった、使えたかい?」とブースの男。もちろん〝偽金〟は冗談だった。ファミリービジネスなので人件費や余計な経費が抑えられ、レートがいいのだと。こんなビジネスが許されるというのがイタリアの面白いところだ。メディチ家も元はと言えば巧妙なビジネスの手腕でのし上がって来た富豪だ。男の未来をちょっと想像しながら私は2度目の両替を終えて次の場所へ向かった。

フィレンツェで一番いいレートの看板を出している両替業者

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石原牧子

石原牧子 オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。 makiko.ishihara@gmail.com