イタリア(9)トスカーナ巡り(3):世界遺産 オルチヤ渓谷(Val d’Orcia)|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第34回

ピエンツァから見えるオルチャ渓谷の景色

 キウズーレ(Chiusure)(8月号)の村から見たトスカーナの眺めに酔っていた次の日にまたしても心を揺さぶるような絶景が私を待っていた。いよいよ世界遺産オルチア渓谷、ヴァル・ドルチャ(Val d’Orcia)のお目見えだ。オルチャ川を中心に広がる広大な丘陵に中世の姿をそのまま残した村や町が点在する。

 もともと不毛だった粘土質の土地を何世紀もかけて土壌改良し、葡萄畑、オリーブ畑に変えてきたトスカーナの人々。その世紀をかけて出来上がった田園が2004年に世界遺産として実を結んだわけだ。粘土質はかつて海底だったことを示し、今は穀類も数年ごとの交代で農作し窒素を土壌に還元しているそうだ。ハツとするような景色をずっと見てきたが、そのどの一角をとっても同じ眺めはないのだ。

 オルチャ渓谷の代表的な村ピエンツァ(Pienza)に到着し野菜ラザーニャでランチを済ませ行動開始。キウズーレと同じく高台に位置するが町自体は平坦で歩きやすい。違うのはローマ教皇ピウス2世(1458年に即位)の生地であることと、教皇自身のルネサンス建築へのこだわりからロッセリーノ(Bernardo Rossellino 1409-64)を起用して町興しをしたことだ。暗い中世のイメージからルネサンス調の町を今日に伝えているのは彼が先駆者だったからか。短命で教皇の座にいたのはたったの5年だったが。大富豪でありシエナ(Siena)で権力者であったピッコロミニ家の出身、知識人でヨーロッパに精通しており欧州統合を初めて提唱したのも彼だったと言われる。生まれたのが早すぎたとしか言いようがない。

ゲートをくぐると教皇自慢の故郷が?

 ピエンツァの中心はピウス2世広場のピッコロミニ宮殿(Palazzo Piccolomini)。彼の別荘だったところで近年ロミオとジュリエットの映画のロケにも使われた場所だ。2階の外回廊に出ればロマンチックな場面が想像できる。1962年までピッコロミニ家族が使っていたというがどんな家族ドラマが展開したのだろうか。そしてその後どこへ散っていったのだろうか、「先祖にローマ教皇がいた」と言いながら。

ピエンツァのピウス2世教皇の別荘

 ピエンツァは1時間もあれば回れるほどこじんまりした村だ。しかし観光シーズンになるとお客で店も通りもごった返すそうだ。従って値段はどこも皆高めだがどこか垢抜けている。小ぎれいなブティックがメインストリートに並ぶ。変わったバッグ屋さんを発見。ピエンツア出身のデザイナーによるユニークなショルダーバッグを手に取ってみる。口の部分のジッパーがバックの下についているという代物。ピウス2世にちなんで高いのを承知で記念に買った。

 村から見下ろすオルチヤ渓谷の180度のパノラマは高層ビルや大きな看板が生活に溶け込んでいる人間にとってはまるで別世界。何世紀も変わらない風景が現代にまで続いているという実在する御伽の国か。昔テレビで絵画の指導をしていた画家の安野光雅氏もここからの景色を教材にしている。それほど丘陵のうねりとブリック造りの農家の佇まいが美しく調和し、配置されているのだ。

オルチャ渓谷にそびえるアミアタ山

 ピエンツァを後にするとベールに包まれたアミアタ山(Monte Amiata 1738m)が丘陵のうねりを配下に従えそのエレガントな姿を見せてくれる。モンテプルチアーノ(Montepulciano)の町までは約45キロだ。

坂と急カーブのモンテプルチーノの町

 駐車場の白線は無料の印、ブルーは有料、黄色は住民用。午後をかなり回っていたので白線のところに難なく駐車できた。シャトルバスに乗り、町の一番高いグランデ広場(Piazza Grande)から散策スタート。モンテプルチアーノは急な坂道が多いので歩いて登らないほうが賢い。車で入ったら出てこられなくなりそうな一方通行と急カーブが多い。曲がった胡瓜のような形のこの町は15~16世紀はフィレンツエの配下にあり今の役所はフィレンツエのヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)(3月号記)と間違えるほどよく似ている。建物はどれも古く世紀に渡って修復に修復を重ねた石工の技が興味深い。洞窟のようなレストランで夕食をとり帰途に着く。月明かりとともにドライブしたのは何年ぶりだろうか。

洞窟のようなモンテプルチアーノのレストラン

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石原牧子

石原牧子 オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。 makiko.ishihara@gmail.com