「トランプ政権におけるカナダの経済・ビジネス競争力」スピーカー: シンクタンク・ウィルソンセンター・カナダ研究所 ローラ・ドーソン氏|ジャパン・ソサエティ主催


 12月6日、トランプ政権におけるカナダのビジネス競争力についてのプレゼンテーションがローラ・ドーソン氏により行われた。米ワシントンDCにあるシンクタンク、ウィルソン・センター・カナダ研究所のトップを務めるドーソン氏は、国際貿易情勢についてのスペシャリストであり、NAFTA(北米自由貿易協定)やCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)にも関わった経験がある。

 自身はカナダ人でありながらアメリカで勤務を続けているドーソン氏が今回議論したのは、トランプ政権におけるカナダの経済・ビジネス競争力だ。アメリカはカナダにとって最も重要なビジネスパートナーだとドーソン氏は語る。アメリカとの関係性はカナダにとって他国との関係にも大きな影響を及ぼし、それは日加関係も例外ではないと加えた。両国がこれからどのように経済的関係を保っていくかを知るためにも米加関係を知ることは重要であるとドーソン氏は語った。講演でドーソン氏はカナダにおける米政府の影響力、カナダが抱える問題、そしてこれから先の国際関係の鍵を握る貿易協定について議論した。

アメリカはカナダにとって最も重要なビジネスパートナー。「不安定」が新たな標準に

 はじめにドーソン氏は、トランプ氏が率いるアメリカ政府のカナダにおける影響力について言及。中でもトランプ氏本人の力を強調した。まず、アメリカ国内から見えるトランプ氏の姿はカナダから見えるトランプ氏の姿とは違うと述べ、米国民の多くはトランプ氏を比較的肯定的に見ていると指摘した。

 税率を下げ、成長率を上げ、不法移民の問題に取り組んでいる大統領として二期続けて彼が選ばれることも夢ではないとドーソン氏は語った。しかしながら、トランプ政権は予測不能であることが多い。今まで打ち出されてきた政策も持続的ではないものが多いと述べた。この「不安定さが新たな標準になる」ことにより、カナダやその他多くの国はその不安定さに対する耐久性を強化していかなければならないとドーソン氏は加えた。

 その方法の一つとして、カナダは今よりさらに国際的に貿易活動を行わなければならないと指摘。しかしながら、アメリカの多大なる影響力によりその切り替えの難しさを強調した。現状では、カナダからの輸出のおよそ4分の3(76%)がアメリカに行っている。つまり、アメリカは他国と多大な差をつけてカナダにとってナンバーワンの貿易相手国というわけだ。

 実際、第二位の中国は4%、第三位のイギリスは3%など、その数字を見ればいかにアメリカがカナダの経済にとって重要な国なのかがよくわかる。これを多様化することは容易ではないため、アメリカとの関係を維持するためにも様々な問題に立ち向かわなければならないと付け加えた。

カナダが抱える輸入型とメイド・イン・カナダの課題

 次にフォーカスしたのはカナダが他国の影響を受けている「輸入型」の問題。 もちろん、アメリカも大きな要因の一つである。国家安全保障に基づいた米通商拡大法232条などによる貿易の不安定さにより2020年までにカナダからの輸出が1%、カナダにおける事業投資が2%減るとカナダ銀行(Bank of Canada)は昨年発表した。

 しかし、ドーソン氏は貿易よりも税制改革がより大きな影響を及ぼすと言及。実際、貿易よりも十倍ほどの悪影響を及ぼす見込みがあるそうだ。中でも特に興味深いのは「所得税」。オンタリオ州では55%なのに対し、アメリカのミシガン州やニューヨーク州では20%台とその差は歴然だ。この違いは優秀な労働者の争奪戦においてカナダを不利な位置に立たせるとドーソン氏は語った。

 さらにもう一つ大きな問題として「移民問題」について言及。移民受け入れに寛容な国として有名なカナダだが、二万五千人の難民という数は想定外だったと言う。昨年はその数がさらに増加。そして同時に三万人近くの難民が不法に入国し、カナダの国家警察により捕まっているという。この移民問題は毎年およそ三億カナダドルという多額な費用がかかっているそうだ。

 続いてドーソン氏はカナダ国内で起きている「メイド・イン・カナダ」の問題を挙げた。その中でも特に大きな問題となっているのは「競争力」である。カナダ国内の経済には十分な投資がされていないとドーソン氏は指摘。実際、アメリカの企業が労働者一人当たり1ドルを投資しているのに対し、カナダの企業は労働者一人当たり59セントしか投資していないそうだ。

 これは研究開発・新器具・社員研修など、労働環境を作るために必要な様々な要素を含んでいる。この投資額の低さはOECD(経済協力開発機構)の加盟国の中でも二番目に低いという。これらはアメリカとカナダの間に明らかな差があることを表していると ドーソン氏は加えた。

 また、「Canadian Chamber of Commerce」が公表した“Death by 130,000 Cuts”という名のカナダ国内のビジネス競争力の問題点について書かれた文書を紹介。13万という数字は国内企業に影響を及ぼしている連邦政府による規制の数だ。その数は環境省(Environment and Climate Change Canada)でおよそ1万1千、保健省(Health Canada)でおよそ1万5千、そして運輸省(Transport Canada)ではなんと3万に及ぶ。

 州のレベルだと38万もの規制があり、その中でもオンタリオ州は規制の数が一番多いそうだ。この他にも、州間の貿易がアメリカとの貿易よりも難しいという事実を指摘。価格も8%から15%ほど増えてしまうことがあるそうだ。

カナダが抱える問題

 さらにカナダが抱える他の問題もいくつか挙げた。「借金」もそのうちの一つだ。州が抱える借金は増え続けているとドーソン氏は指摘。中でもオンタリオ州では借金がGDPの38%の割合にあると述べ、毎月10億ドル以上の利子を支払っていると加えた。

 続いて挙げられたのが「インフラ」の問題。パイプラインや鉄道が不完全であることから、カナダ産の石油をアメリカ以外の国へ輸出出来ていないと指摘した。さらにドーソン氏は炭素税についても言及。州ごとに決まりが違うため、統一性の無い税制になってしまっていると指摘した。この炭素税もカナダとアメリカの差が開いている理由の一つであるという。事業に投資するにあたり、コストが安いアメリカを選ぶのが自然になり、その結果アメリカへとビジネスが流れていってしまうのではないかと懸念を示した。

CPTPP・USMCAとWTO

 貿易協定についての議論では、まず「CPTPP」(環太平洋パートナーシップ協定)について語ったドーソン氏。協定における日本の重要性を指摘した。日本が参加するまでは重要性が乏しかったが、これまで多くの貿易協定に参加してこなかった日本が参加を決断したことにより、参加する意義が加わったとドーソン氏は指摘。かつて他国との間にあった壁を乗り越えるチャンスになったと述べた。

 さらに、ドーソン氏は「CPTPP」の内容は革新的な条項が多く、デジタルやサービスの分野の条項もあると指摘。特にデジタル分野の条項は「USMCA」(米国・メキシコ・カナダ協定)にそのまま反映されていると加え、その重要性を強調した。

 「USMCA」については、協定はまだ批准されるか不透明であると言及。TPPにも似ていて、この協定は「およそ八割TPPである」と説明した。しかしながら、この協定の大きな強みとして国境間の取引の促進を挙げた。最新テクノロジーの活用により国境を越える際にかかるコストの軽減が見込めるほか、セキュリティ・安全性・誠実性・プライバシーなども守れるのではないかと語った。

 しかし、ドーソン氏は昨年の夏から起きているアメリカとカナダの間の「貿易戦争」に懸念の意を示した。カナダがアメリカへの反撃として課している報復関税は、カナダの産業を守る手段として考えられているものの、実際にはサプライチェーンに影響を及ぼすほか、消費者・製造者にとってコストが増加してしまうなど問題点は多くあると指摘した。

 続いて「WTO」(世界貿易機関)について語ったドーソン氏。いまだに多くの国々を繋いでいる貿易機関であり、多国間貿易のルールが「WTO」により定められていると述べた。しかしながら、見直しが必要な事項もいくつかあると指摘。同時に、それらの見直しが特にアメリカにとって好条件であることも考慮しなければならないと加えた。

 その理由は「米通商拡大法232条」にある。この関税はアメリカの安全保障を脅かす国に対して課する関税である。さらに、この関税は唯一、トランプ氏が議会の同意なく言い渡せる関税でもあるのだ。これは「WTO」の決まりに反することだが、他国は口を出せずにいる。その理由は、否定すればアメリカが「WTO」から離脱する可能性が十分にあり得るからだ。

 一方で、肯定的な態度を示せば他国も食・倫理・文化などを理由に似たような関税を課さざるを得ない。つまり、多くの国を困らせている「米通商拡大法232条」という例外を指摘することが出来ていないのが現状なのである。

 そして、この232条の関税は「USMCA」においても懸念点になるとドーソン氏は加えた。中でも、日本製の自動車の供給は特に課題を抱えているという。というのも、北米にて関税が免税の対象になる車は製品の75%以上が北米にて製造されたもののみなのだそうだ。つまり、日本の自動車会社はサプライチェーンを北米に移さなければ課税させられてしまう。結果として北米への投資が増えるとドーソン氏は加えた。

 その課題に直面している日本製の車も現在あるそうだ。その車に対してドーソン氏は2.5%というWTOの関税に耐えるか、製造所を北米に移す二択を迫られているとした上で、移さない場合はアメリカから安全保障を理由に25%の関税を課せられる可能性もあると指摘。これから日本が北米と貿易を行うにあたり課題は増え続けそうだ。


 今回のプレゼンテーションで挙げられたように、カナダはビジネスや経済の面でいまだに多くの問題を抱えている。さらに、カナダとアメリカの経済関係にもいくつも課題があると言える。これから先、トルドー政権とトランプ政権がどのような動きを見せるのか。そして、日本をはじめとした他国へどのようなインパクトがあるのか。これからも世界経済の動きからは目が離せない。