日本美術 in Toronto 第3回

第3回 松原直子氏の版画

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1. Naoko Matsubara, Setting Sail, 2006

オスグッド駅近くのリッチモンド通りにありますAbbozzo Galleryで日本を代表する現代作家、松原直子氏の展示会Dancing with Wood: 50 Years of Woodcuts by Naoko Matsubaraが10月1日から31日まで開催されていました。私はオープニングのレセプションに出席させていただきました。ロイヤル・オンタリオ博物館(ROM)での版画セクションでも近く松原氏の作品を展示させていただこうと考えていましたので、今回は松原氏の作品についてお話させていただきたいと思います。

松原氏は1937年に徳島に生まれ、京都でお育ちになりました。1960年に京都市立美術専門学校(現・京都市立芸術大学)を卒業なさり、アメリカのカーネギーメロン大学にフルブライト奨学生として留学されました。その後ニューヨークのプラット・インスティテュートなどで教鞭をとられ、現在はオンタリオのオークビルにお住いです。松原氏の作品はフィラデルフィア美術館、シカゴ美術館、大英博物館、ボストン美術館、スミソニアン博物館、東京国立近代美術館などの世界の主要な美術館に収蔵されており、世界中で展示会をなさっています。昨年2014年には、外務大臣表彰を受賞され、日本総領事公邸で開かれた祝賀会の様子はTORJAにも大きく取り上げられており、私も拝見しました。

戦後に北米に渡った女性の日本人アーティストとしては、オノ・ヨーコ氏や草間彌生(くさまやよい)氏などがいらっしゃいますが、松原氏は日本に長い歴史のある木版画に携わっているという点で異なります。しかしながら、やはり日本女性として国外に進出し、北米のアーティスト達と言語も文化も違う中で生活を築くというのは、大変な努力と度胸が必要だったに違いありません。世界に飛び出して行き、自身の好きなことを追求する、という女性は日本国内でもその当時非常に稀だったことでしょう。

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2. Naoko Matsubara, Gateway to the East, 2006

1972年より松原氏はカナダに移住し、トロント大学東アジア学部教授のデビッド・ウォーターハウス博士とご結婚なさっています。ウォーターハウス博士はすでに引退されていますが、浮世絵の専門家で、特に鈴木春信の版画を研究なさり、多くの本を出版されています。ROMでも1975年に浮世絵の展示会を企画・開催されており、実はその展示会がROMのコレクションを使って開催した最後の浮世絵の展示会になっています。

松原氏の作品は自身が恩師として仰ぐ棟方志功(むなかたしこう)氏が率いた「創作版画」の制作スタイルを受け継いでいるといえるでしょう。江戸時代の浮世絵は絵師、彫師、摺師、そして出版社との共同制作でしたが、20世紀前半に登場した西洋文化での「美術」の定義に影響された創作版画の作家たちは、木版画を「自己」を表現する媒体と考え、アーティスト個人がデザインし木版を彫り色を摺ったのです。また、同時に棟方氏の作品にも見られるように、松原氏のデザインも写実的に現実を描くのではなく、形の抽象化や印象の強い色が特徴になっています。

ROMでは1999年と2000年にわたり松原氏に寄贈いただいた300点ほどの作品を所蔵しています。これらは初期の作品から1990年代の作品を含んだコレクションで、松原氏の作品を所蔵している美術館の中でも時代を経て様々に変容するスタイルを網羅した非常に貴重なものだと私は認識しています。2003年にはまだ新しくなる前のギャラリーでコレクションの一部を展示したTree Spirit: The Woodcuts of Naoko MatsubaraがROMで開催されました。

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3. Naoko Matsubara, Emerald Summer, 2006

今月号のTORJAが発行される前には展示が開始されていると思いますが、ROMの高円宮ギャラリーの版画セクションにて今後1年間、前期と後期の入れ替えを挟んで松原氏の作品を9点展示します。キュレイターという仕事は多くの作品から限られた枚数を選ばなくてはならないのですが、今回は「私が考える」松原氏の3つの異なるスタイルを展示することにしました。1つは1960年代にアメリカで制作された白黒の非常に細かい彫りが特徴的な人物を描いた作品です。2つめは、それ以降に作られた明るい色を使いモチーフ(手、舞妓、仏像など)が反復されている「ポップ」な作品。そして最後に私が個人的に非常に気にいっている1990年にチベットへの旅を終えられて制作された僧侶や空をモチーフにし、清々としたカラー(特に青や赤)がより多くの面積を占めている「カラリスト」な作品です。是非実際の作品を見にROMまでいらしてください。*この記事に掲載されている松原氏の作品はもっと後期の作品で、私が展示で焦点を当てる3つのスタイルには当てはまりませんが、松原氏の作品がどのようなものであるか少しでもご理解いただければと思います。

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4. 今年4月にオークビルのお宅にお邪魔した際の写真

最後に私事になりますが、12月10日にROMのEaton TheatreでA Transnational History of Japanese Prints: The Inuit-Japan Exchange of the 1950sというトークをさせていただきます。入場券があれば参加できるプログラムで、11時から50分間の予定です。トーク後にはクッキーとコーヒーの提供があります。興味のある方は是非ご参加ください。内容は日本と北極のイヌイットの版画との関係についてです。あまり知られていませんが、1950年代にカナダ人アーティスト、ジェームズ・ヒューストン氏が日本の創作版画家平塚運一氏の下で版画を勉強し、イヌイットのアーティストにその技術を伝えたという事実があります。今回はイヌイットの版画家が日本から何を学んだかに焦点をあてながらも、海外の美術における日本の版画の影響、また日本の版画にみる海外美術の影響を踏まえた上で日本の版画をグローバルな視点から捉えることを試みようと思います。実は今回ご紹介した松原直子氏はヒューストン氏の友人で1980年代に実際に北極に足を運んでいらっしゃいます。松原氏の北極の滞在にも少し触れる予定です。

イベントは
http://www.rom.on.ca/en/activities-programs/events-calendar/contexts-lectures-rom
にて詳細を確認できます。


asato-ikeda池田安里/Asato Ikeda

ニューヨーク•フォーダム大学美術史助教授/ロイヤルオンタリオ博物館研究者(2014-2016)。ブリティッシュ•コロンビア大学博士課程を首席で卒業し、カナダ政府総督府より金メダルを受賞。著書に「Art and War in Japan and its Empire 」(監修 ブリル出版)、 「Inuit Prints: Japanese Inspiration」(共著 オタワ文明博物館出版)等。