日本美術 in Toronto 第4回

宇田奈緒氏の作品

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©Nao Uda, Words Fail Me, 2013-15

©Nao Uda, Words Fail Me, 2013-15

©Nao Uda, Words Fail Me, 2013-15

©Nao Uda

©Nao Uda

©Nao Uda, Words Fail Me, 2013-15

©Nao Uda, Words Fail Me, 2013-15

©Nao Uda, Words Fail Me, 2013-15

©Nao Uda, Words Fail Me, 2013-15

先日、ロイヤルオンタリオ博物館(以下ROM)は宇田奈緒氏からご自身の作品「Words Fail Me(言葉にならない)」を寄贈頂きました。今回は宇田氏の作品と、彼女の作品が焦点を当てる近代日本の移民の歴史(特にカナダでの日系の歴史)、そしてそれを語る上で欠かせない戦争の歴史について少しお話したいと思います。

宇田氏は横浜で生まれ育った日本人の現代アーティストで、写真、ドローイング、アクリル画、インスタレーションとジャンルを超えて活躍されています。高校を卒業後、単身アメリカに渡り、ニューヨークにあるスクール•オブ•ビジュアルアーツで学び、2007年に卒業されています。2006年から日本、アメリカ、カナダ、台湾で個展を行うなど、国際的に活動されています。2014年にはポーラ美術振興財団から助成金を受け、トロントにある日系文化会館でアーティスト•イン•レジデンスとして1年間滞在されていました。

今年ROMに寄贈いただいた「言葉にならない」は2013年から2015年に制作された、45点の写真からなる作品です。ROMには明治時代に外国人写真家と彼らの日本人の弟子によって主に横浜で撮影•販売された「横浜写真」が所蔵されていますが、その時代以降の写真は収蔵されていないので、宇田氏の作品はROMにおいて貴重な21世紀の日本の写真作品ということになります。

「言葉にならない」は1924年にバンクーバーで生まれ、1941年7月に日本に引っ越しをされた宇田氏のおじいさまに関する作品です。おじいさまは宇田氏が6歳の時に亡くなられたということですが、この作品は宇田氏がおじいさまとの架空の記憶を記録するというコンセプトで作られています。

最近では映画「バンクーバーの朝日」や日本国内で放映されているテレビシリーズ「ファミリーヒストリー」などで日系移民の歴史に対する関心が高まっているように思いますが、宇田氏のおじいさまの人生はまさに日系移民の歴史を象徴するものです。日本の学校で使われている日本史の教科書などで大きく取り上げられることは滅多にありませんが、すでに明治時代から多数の日本人が移民として海外に渡っているという事実があります。主に貧困問題を抱えていた地方の農家の人々が村単位でブラジル、アメリカ、カナダ等に新しい職と生活を求めて移住したのです。同時に、台湾、韓国、樺太、満州などの地域が日本領土となる過程で、多くの日本人が現在の日本の土地以外の場所に移り住みました。私自身の祖母も現在はロシア領土の樺太(現•サハリン)で生まれており、この日本移民の歴史の一部です。

19世紀後期と20世紀前期の日系移民の歴史を語る上で非常に重要なのは第二次世界大戦です。宇田氏のおじいさまが1941年7月に日本に「帰国」(実際にはバンクーバーで生まれていらっしゃり、日本に行かれるのは初めてだったので適切な言葉ではありません)されたのは、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃する数ヶ月前のことです。日常から様々な面で差別を受ける事が多かった日系移民ですが、真珠湾攻撃後、「敵国」の住民と考えられた2万人にのぼる日系移民の人々が拘留され、財産を奪われ、この過程で家族写真やカメラなども押収されました。宇田氏の作品で表現されたおじいさまとの架空の記憶というのは、こういった戦争中に押収され失われた家族写真を連想させます。作品タイトルの「言葉にならない」とは宇田氏のおじいさまがバンクーバーで生まれ育った幼なじみのジョージさんに宛てた別れの時のメッセージに由来しています。宇田氏は時代に翻弄される人々の感情と視覚言語を通して向き合っています。

差別経験は日本人移民に限った事ではありません。宇田氏は自身の制作のモチベーションの一つになっているものに、台湾にルーツをもつ高校時代の親友の死があるといいます。複数の文化的バックグラウンドを持ち、日本で生まれ育つということをどのように捉えるかということに悩んでいたといいます。植民地時代や戦争が終ったとはいえ、その時代の人々の移動がその後のジェネレーションに与える影響は大きいのです。

日本近代の歴史の理解には日本人移民だけではなく、日本に移住した日本植民地下の人々の存在の認識が非常に重要だと私は考えています。朝鮮人や台湾人の日本への移民も「日本史」のなかで語られる事は稀ですが、彼らもカナダに移住した日本人のように日本で差別を受けました。1923年の関東大震災直後の日本に住む朝鮮人の虐殺がいい例です。彼らの子孫は様々な差別を未だに抱え、現在の日本社会に生き続けています。そういった意味で、宇田氏はカナダでの日系移民の歴史だけではなく、さらに広い範囲でのディアスポラの問題に取り組んでいるように思います。在日外国人やカナダの日系の歴史に注目することで新しい歴史認識のモデルを提案しているといえるでしょう。

植民地支配や戦争という暴力が残す心の傷跡は計り知れません。しかしながらその傷跡は時を経るに連れて、そしてジェネレーションが変わるに連れて形を変えているように思えます。トラウマと向き合い、それを癒すという作業をできるのが3代目のジェネレーションであるという主張する論文を目にした事があります。まさにそれは宇田氏が属するジェネレーションです。近代の歴史を国家単位で語るだけではなく、移民の軌跡に注目しグローバルな視点で語る事で私たちは「加害者」と「被害者」の関係が実は非常に複雑であることを認識し、時間の経過と共に少しずつ傷口を癒していく事ができるのではないかと思います。


asato-ikeda池田安里/Asato Ikeda

ニューヨーク•フォーダム大学美術史助教授/ロイヤルオンタリオ博物館研究者(2014-2016)。ブリティッシュ•コロンビア大学博士課程を首席で卒業し、カナダ政府総督府より金メダルを受賞。著書に「Art and War in Japan and its Empire 」(監修 ブリル出版)、 「Inuit Prints: Japanese Inspiration」(共著 オタワ文明博物館出版)等。