日本美術 in Toronto 第5回

日本木版画のグローバルな歴史

棟方志功  ロイヤルオンタリオ美術館所蔵

棟方志功 ロイヤルオンタリオ美術館所蔵

今日は日本の版画とその影響についてお話したいと思います。

カナダ人アーティストであるジェームズ・ヒューストン氏が創作版画作家である平塚運一氏のもとで1959年に版画を学び、その技法を北極のイヌイットの版画家たちに伝えたというお話を先日ロイヤルオンタリオ博物館にてさせていただきました。イヌイットの版画は1950年代に始まったもので、カナダでは特にカレンダーなどにフィーチャーされているので、どのような作品かご存知の方も多いかもしれません。イヌイットのアーティスト達はヒューストン氏を通し、自身の署名を判子にして作品に残すという方法、馬連(ばれん)を使って色を均等に印刷する方法、違う色を完璧に隣同士に印刷する方法、余白をデザインに工夫して取り入れる方法などを学びました。

イヌイットと日本の版画の関係性については驚かれる方も多いかと思いますが、実は日本の版画は海外からの技術を積極的に取り入れたり、逆に海外のアーティストや作品を影響したりと、海外との関わりの中で発展したものだといっても過言ではありません。

そもそも木版画は8世紀頃に中国から伝わってきたものです。初期の木版画は仏教などの宗教的な文脈で使われることが多く、絵よりも文章が中心でした。その後、特に江戸時代に発展した浮世絵は、よく知られているかと思いますが、ヨーロッパの近代画家たちに大きな影響を与えました。具体的には印象派のマネ、セザンヌやポスト印象派のゴーギャンやゴッホなどが日本の浮世絵に興味を持っていたことが知られています。平面的なデザインや大胆な構図が特に気に入られたようです。

西洋モダン美術における日本の浮世絵の影響が多く注目を集めているなかで忘れがちなのが、実は浮世絵が西洋美術の技法を積極的に取り入れていたという事実です。例えば、奥村政信(おくむらまさのぶ)は浮絵(うきえ)というジャンルで西洋の遠近法を使っています。鎖国の時代でありながらも、日本は中国とオランダとの貿易を続けていて、遠近法を使った作品がオランダから長崎を通じて江戸の人々の手に届いていたのです。また、北斎や広重は、西洋の画家たちが特に気に入っていた浮世絵師として知られていますが、彼らは作品の中でドイツから輸入されたプロシアンブルーとよばれる紺青の顔料を使用しています。

japanese-art-in-toronto-04-02ヒューストン氏の師匠である平塚運一氏が関わっていた創作版画という美術運動もヨーロッパの美術に多大な影響を受けています。浮世絵の製作過程(絵描きがデザインを制作し、彫師が彫り、印刷は他の技術者が担当する)に対抗し、版画家がすべての工程を担当し、版画を一人のアーティストの作品とすることを提案した創作版画ですが、これらのアイディアは20世紀前半に日本で紹介された西洋の、個人の個性を重んじるモダン美術に強く感化されたものです。ロイヤル・オンタリオ博物館では創作版画を代表する棟方志功の作品を所蔵しています。

木版画はもともと中国から紹介されたことについて触れましたが、20世紀初頭には、逆に日本の版画家が中国の版画家に影響を与えたといわれています。第二次世界大戦後には共産党率いる中国で国民美術として扱われた木版画ですが、中国における近代木版画の発展は、日本で学んだ中国文学家・魯迅(ろじん)が日本の版画家を招待して1931年に中国で行ったワークショップに帰するのです。1930年・1940年代の日本と中国の版画家たちの交流についてはほとんど文献がありませんが、平塚運一氏を始め何人かの日本の版画家たちは1940年代前半に北京に長期滞在をし、中国人の学生に木版画を教えたという経歴があります。

日本の版画は日本独特の、日本人特有の表現だとよくいわれます。しかしながら日本木版画の歴史を注意深く観察すると実は海外との交流や海外からの影響がその発展には欠かせなかったということが明確に確認できます。美術を国家単位で語るよりも、より広いグローバルな視点から考えるのも面白いのではないでしょうか。


asato-ikeda池田安里/Asato Ikeda

ニューヨーク•フォーダム大学美術史助教授/ロイヤルオンタリオ博物館研究者(2014-2016)。ブリティッシュ•コロンビア大学博士課程を首席で卒業し、カナダ政府総督府より金メダルを受賞。著書に「Art and War in Japan and its Empire 」(監修 ブリル出版)、 「Inuit Prints: Japanese Inspiration」(共著 オタワ文明博物館出版)等。