日本美術 in Toronto 第6回
年末年始の日本滞在
年末年始は日本で過ごし、東京でいくつかの展示会に足を運んだり、仕事関係の方や友達に会ったりしてきました。まず、私が東京に帰ってきて必ずといっていいほど訪れる竹橋の国立近代美術館で、戦争画15点を含む藤田嗣治所蔵作品の展示をしていましたので、見に行きました。近代美術館所蔵の戦争画については論文などで私も発表していますが、15点全てを一挙に観覧できるというのは、今までにないことでした。1970年に、戦後没収先のアメリカから近代美術館に「永久貸与」された後、戦争画の展示会が1971年に計画された事はありましたが、開始直前にキャンセルとなり、それ以降美術館では3点ほどの戦争画が常設展に展示されるというかたちで公開されていました。今回はオダギリ•ジョーが演じる藤田嗣治の映画の公開と合わせての展示だったものと推測しています。
次に私がどうしても足を運びたかった、というよりも運ばなければならなかった展示会があります。それは目白の永青文庫での春画展です。展示会が「世界が、先に驚いた」と宣伝しているように、実はこの春画展はイギリスの大英博物館で2013年から2014年にかけてShunga: Sex and Pleasure in Japanese Artとして発表したものを土台にして企画されたもので、春画の海外での評価を経ての開催でした。朝早くから多くの人が列をつくり、展示会場内もたくさんの人でにぎわい、全ての作品を注意深く鑑賞するのはほとんど無理に近いほどの混雑でした。日本では江戸時代以降「猥褻」なものとして扱われていた春画ですが、今日ではその人類学的価値や美術作品としての価値が見直されています。
日本滞在中には、漢字は違いますが私と同性同名の池田麻人(あさと)さんという愛媛出身の陶芸家にお時間を割いて頂き、お話を伺いました。麻人さんには2015年の始めに愛媛を訪れた時にお会いし、作品と制作現場を拝見させていただきましたが、今回は千駄木の和菓子「薫風」というお店で個展(東京•青山のうつわ謙心企画)をされていたので、そちらに伺いました。麻人さんの作品は他にも六本木ヒルズのハリウッドビューティーサロンで毎年夏に展示されています。
麻人さんは地元の砥部焼(白磁に藍色の手書きが特徴)の伝統を受け継ぎつつ、新しい技法に取り組んでいらっしゃる陶芸作家です。作品は斜めに反ったりねじれたりしている表面が特徴的で、彫刻ともいえる形をした実用的な陶器(主に湯のみやお皿など)を作られています。以前は柔らかい青色の作品を作られていましたが、現在は釉薬に酸化銅と酸化チタンを入れる事により、紫やピンクなどの色味がかった作品も作られています。麻人さんの作品は造形に関しても色に関しても、一つ一つ少しずつ違う、というところに特徴があります。ある程度は意図や判断によって作品が決まってきますが、その後は自然なプロセスに作品を任せ、そこで起こる変化を楽しむ、ということが麻人さんが作品制作で一番大切になさっていることです。自由な変化を大切にする姿勢は、古代中国の道教美術や戦後のジャクソン•ポロックに代表される抽象表現主義に通じるようなところがあると感じました。
この制作スタイルの確立に大きな影響を与えたのが10年ほど前の麻人さんのアフリカ滞在の経験だそうです。アフリカはエジプトのアレキサンドリアとよばれる都市に2年間、海外青年協力隊の陶芸隊員の一員として滞在されていたそうで、土を使った遊びを通して障害をもつ子供の情操教育に関わっていたそうです。イスラム教徒の子供がおおいクラスでは、麻人さん自身、アラビア語を使って子供達とコミュニケーションをとっていたということでした。エジプト滞在中の経験が、今の作品の「ざっくり感」に現れているのでは、とご自身で指摘されていました。
伝統的な「砥部焼」に基礎をもちながらもその定義から飛び出し、新しい事を探求し、「個人作家」として活動なさる麻人さんの姿に、日本の伝統の現在の姿とエネルギーを感じました。今後は積極的にご自身の作品を世界に紹介していきたいとのご意向で、現在はシカゴのギャラリーが麻人さんの作品の販売を行っています。2016年にはアメリカのポートランドのギャラリーでのグループ展に参加されるとのことでした。私が勤めるロイヤル•オンタリオ博物館でも麻人さんに作品の寄贈を打診中で、ご検討いただいています。トロントで麻人さんの作品を目にする日が近い事を祈っています。麻人さんが働いていらっしゃる龍泉は下記からアクセスすることができます。
www.ryusengama.com
池田安里/Asato Ikeda
ニューヨーク•フォーダム大学美術史助教授/ロイヤルオンタリオ博物館研究者(2014-2016)。ブリティッシュ•コロンビア大学博士課程を首席で卒業し、カナダ政府総督府より金メダルを受賞。著書に「Art and War in Japan and its Empire 」(監修 ブリル出版)、 「Inuit Prints: Japanese Inspiration」(共著 オタワ文明博物館出版)等。