映画業界で活躍する日本人

「本物よりも良く」。映画に音で息吹を吹き込むアーティスト

フォーリーアーティスト 小山 吾郎さん

師匠のAndyさんと小山さん

師匠のAndyさんと小山さん

フォーリーとは映像における効果音の種類の一つ”生音(ナマオト)”のことで、既成の音では作り出すことのできない動作音を、映像に合わせて人間がマネをして作り出していく作業の事。その音を生み出す芸術家・フォーリーアーティストとしてハリウッド映画の世界で活躍している日本人がいる。それが小山吾郎さんだ。
子供の頃、映画“Rocky”見てハリウッドに憧れるようになった小山さんは、高校卒業後に語学留学したカナダで多くのハリウッド映画が製作されている事を知る。映画学校卒業を控えた頃、現在の師匠であるカナダのサウンド界第一人者・Andy Malcolmさんに出会ったことで彼はフォーリーアーティストの道を歩み始める。
「それまで”音”に深い興味を持った事はありませんでしたが、サウンドスタジオでプロのフォーリーの技を目の当たりにして、その場で弟子入りを志願しました。少し前に、父が病気で失明していたことも手伝って、音で映画を表現したいと思ったんです。」
以来、小山さんはMalcolm氏の下で技術を学び、これまで多くの作品に携わってきた。“Alice in Wonderland”や“Austin Powers” といった大ヒット映画にも携わっており、昨年はテレビ映画“ Hemingway and Gellhorn”でテレビ界のアカデミー賞と呼ばれるエミー賞を受賞、今年も長編テテレビシリーズ“Vikings”でノミネートされている。
「エミー賞受賞で嬉しかったことは、その喜びをメディアを通して多くの人たちと共有できたことですね。受賞を聞き付けた幼稚園の先生からも連絡があったほどです(笑)。海外に住む日本人として、自分のやっていることを伝える責任を果たすことができたように思いました。」
ハリウッド映画では、俳優の声以外ほとんどの音を、撮影後に入れ直していく。フォーリーは映像を元に、最初に足音を、その後、ビルが崩れる音からコーヒーをかき混ぜる音、衣擦れの音まで、細部に渡る音を入れていく。
「音を入れていくことで、作品に命を吹き込むような感覚になります。」と小山さん。
また、フォーリーの役割は、本物に極めて近い音を作るだけに終わらない。監督のしたい演出を酌みとり、それを音で表現していくのだ。
「”本物よりも良く”、リアルさと演出のバランスを作品ごとに見つけて作りあげること、それがフォーリーのアートなのです。フォーリーは上手にやればやるほど気にされない。でも、それを本当に一生懸命にやっているのです。怪獣が宇宙船にかぶりつく音を、大の大人が真剣に悩んで作っていく…、僕に取って至福の時ですよ(笑)。」デジタル化が進む今日でもアナログでしか作れない音があり、そのアナログな音こそが映像により一層の深みを与えるのだ。
生音の中でも足音は、作業の半分を占める重要な音だと小山さんは語る。
「歩き方は、人や場面によってみんな違うし、それぞれに意味や感情がある。機械では到底表現しきれない。作品の中で足音は目立った存在ではないですけれど、足音を最初にやることで映画を理解し、場面の空間を把握することができる。そしてその足音を元に、他の音を入れていくので、僕たちにとってとても重要な音であり、シンプルながら一番難しい音でもあります。」
音作りに使う小道具は、食器類から自動車まで倉庫にも収まりきらないほどの量だ。無数の靴、家具、スポーツ用具、おもちゃ、農機具、鎧、多種多様の本、電話、タイプライター、楽器などが所狭しと並ぶ。また、フォーリーは本物の道具以外を使って音を作ることもあり、血みどろのホラー映画ではセロリとグレープフルーツ、パスタが大活躍なのだとか。
今月開催のトロント国際映画祭で小山さんの携わった作品は5作上映される。その1つは渡辺謙主演の日本映画”許されざる者”で、この作品で小山さんは馬の動作音をすべて手掛けた。
「今回の作品では、馬の音をしっかり入れたいという監督の強い思いが伝わってきました。主人公の心情が馬の動作とリンクする場面が多く、その歩み、踏みしめる地面、馬具の音など、細部にわたり、感情のこもった、良い音に仕上がったと思います。」 TIFFの劇場で、小山さんの作り出した音を実際に体感して欲しい。

1. 小山さんお得意の馬の音を実演 2. 映像に合わせて行う音入れ作業 3. 倉庫に置かれた大量の靴たち(一部)4. 食器上のグローブが音をよりリアルにする

1. 小山さんお得意の馬の音を実演 2. 映像に合わせて行う音入れ作業 3. 倉庫に置かれた大量の靴たち(一部)4. 食器上のグローブが音をよりリアルにする


デジタルで素材を重ね合わせ、映画のワンショットを作り出していく

シニアコンポジター三浦 稔子さん

miura_movie01映画業界において今後さらに需要が高まっていくことが予想される映像合成・特殊効果技術。これを専門に行っているのがコンポジターであり、このコンポジターを“Spider-Man”や“Wolverine”、“Hulk”といった数多くのハリウッド映画で務めたのが三浦稔子さんだ。

彼女は日本の美大でインテリアデザインを専攻。空間デザイナーや舞台美術に興味があったが、卒業後にポストプロダクション(映像撮影後の作業を担当する制作会社)で働いたことでデジタルに興味を持ったのだという。
「最初はオプチカル(フィルムでの光学合成)の部署で働いていたのですが、会社内にデジタルの部署があることを知り”これからはデジタルの時代だろう”と、部署異動を希望したのです。」
それまではインターネットを利用する程度でパソコンには縁遠かったという三浦さんだったが部署の先輩に教えてもらいながら実地で2D(2次元)合成の技術を学び、映画”ガメラ3”でコンポジターデビューを飾る。
「当時の日本にはCGの専門学校があまりなかったので、職場で基礎のしっかりした後輩たちと接していると羨ましく思います。トロントには優秀な専門学校が多く、とても環境に恵まれていると思いますね。」

1使用ソフトウェアはThe FoundryのNuke(写真はロゴ缶バッジ) 2【三浦さん担当作品】目の色を変える加工(左上), 2Dの首と3Dの首から下部分の体を映像合成(右中央)

1使用ソフトウェアはThe FoundryのNuke(写真はロゴ缶バッジ) 2【三浦さん担当作品】目の色を変える加工(左上), 2Dの首と3Dの首から下部分の体を映像合成(右中央)

その後数年働いたのち、日本での仕事を辞めて語学留学のため来加。当初は1年で日本に帰国し再就職をしようと思っていたが、トロントで同業者に遭遇、自らの日本での経歴を話すと、親切にもその同業者が自分の職場を紹介してくれたのだという。
「日本にいた時には、ハリウッド映画に携わることを”素敵だな”と思うだけで、まさか自分ができるとは思っていませんでしたし、ずっと日本で良いと思っていました。ですが夢に見たハリウッド映画の仕事、日本と環境も違い英語での苦労もありますが、その楽しさにどんどんとのめり込んでいってしまいましたね。」
以降6年以上に渡り、彼女はトロントを拠点に活躍を続けている。
合成や特殊効果というとアクション映画やファンタジー映画を連想する人も多いと思うが、最近では山と海だけの風景の映像に小さな島を登場させるといった、なんの変哲もない風景映像にまでもCGが使われている。3Dや実写の素材を元に、映像を組み合わせていくコンポジターの仕事。メイキング映像などでよく見られるグリーンを背景に俳優が演技、その後背景を合成する作業や、3Dで作られたキャラクターを実写映像に合成して本物に見えるよう馴染ませる作業や、目の色を変える加工も行う。さらには、ワイヤーアクションでのワイヤーなどの撮影上で映ってしまう余分なものを除去する作業なども行っており、その作業内容は多岐に渡る。

そしてワンショット、目の色を変えるだけでも、いくつかのバージョンの映像を用意するのだという。「監督がそのワンショットに力を入れれば入れるほど、多くのバージョンを制作することになります。時には監督やスーパーバイザーも完全にイメージが出来上がっていないこともあり、全く指示がない状況でこちらが”このイメージではどうですか?”と提案することもあるのですが、それが気に入られた時はすごく嬉しいですね。」

良い作品を作ろうと試行錯誤を重ねれば重ねるほど多くの時間を要することになるが、編集作業にも時間の制約はある。加えて、近年の3D映像の流行により作業量が増加、以前よりもさらに時間との戦いが厳しくなったという。
「時間に追われて挫けそうになるとき、ふと頭をよぎるのは監督や俳優、美術スタッフなどといった制作サイドの人たちとお客さんのことです。たったワンショットにも実に多くの様々な人たちが携わっていて、その思いが込められています。それを思うと”やっぱり手は抜けないな”と、諦めない気持ちになりますね。」
また、彼女はこの”諦めない気持ち”は日本人にとって海外で働く上で大きな武器になると語る。
「日本人の根性、粘り強さは海外でも好まれます。カナダ人に英語では勝てないけれど、根性を見せることで対抗していく。カレッジに通って、こちらで就職したいという方も多くいらっしゃると思いますが、それは決して難しい道ではないと思います。」