トロント国際映画祭『旅のおわり世界のはじまり』上映 黒沢清監督独占インタビュー|カナダを訪れた著名人

 トロント国際映画祭(TIFF2019)での『旅のおわり世界のはじまり』の上映に合わせ、昨年度に引き続き黒沢清監督がトロントに来加。今回が7度目のトロント国際映画祭参加という監督に、作品やご自身の考えについてお話を伺った。

〝主人公葉子が最後に強くより自由に成長した姿を、「愛の讃歌」を通して表そうと思った〟

ー『ダゲレオタイプの女』上映から一年、今回は『旅のおわり世界のはじまり』がトロント国際映画祭で上映となりました。心境をお聞かせください。

 僕が最初にトロント国際映画祭に呼ばれたのは1998年のごく初期でした。今回で7回目の上映ということで、長く呼んでくれているのが嬉しいですね。そのうち飽きて呼んでくれないかと思っていましたが(笑)、定期的に作品を見て呼んでくださるので、トロントという地に温かみを感じますね。

〝ウズベキスタンは何百年何千年前の光景がすぐそばに残る貴重な国〟

ー今回の映画に関して、偶然が重なりウズベキスタンを舞台に選んだということでした。何かきっかけはありましたか?また、撮影を終えて感じるウズベキスタンの魅力は何ですか?

 ウズベキスタンに関しては何の知識もありませんでしたが、プロデューサーからオファーがあり、撮影でなければ行く機会もないと思って撮ろうと決めました。行ってみると、とてもとても素晴らしい国で、想像していたより近代的でしたね。普通の街があって皆が東京やトロントとは変わらない普通の生活をしていますが、失われつつある牧畜生活がすぐそばにありました。何百年何千年前の光景がすぐ横に残っている貴重な国だと思います。

ーご自身の過去作品『Seventh Code』でも主人公を務めた前田敦子さんを今作品にもキャスティングされました。その理由や撮影中のエピソードを教えてください。

 前田さんとは何度か一緒に仕事をしています。劇中の葉子と重なるのですが、本当にこちらの意図することをためらいや躊躇なくやってみてくれるのが嬉しいです。その場の直感で演じている面と前々からキャラクターを理解して演じている面がミックスしている素晴らしい撮影現場でした。

 面白いエピソードはありませんが、遊具に乗るシーンは本当に大変だったみたいです。見た目は危なっかしいですが、「乗ってみてたいして怖くはなくてもすごく怖かったような演技をしてください」と伝え、実際3回乗ってもらいました。乗り終わったあとは、「とても演技できません」と前田さんも素になっていました(笑)。

〝「愛の讃歌」で主人公の強く成長した姿を描きたかった〟

ー劇中では「愛の讃歌」を葉子が歌うシーンがあります。監督自身も好きな曲を選んだということですが、この歌を取り入れた理由はありますか?

 主演が前田敦子さんに決まったら、元歌手ということで歌ってもらおうと思っていました。素晴らしい、ふさわしいものは何かと探して、個人的にも好きだったこの歌を選びました。一番託したのは歌詞の強さですね。日本の歌では考えられない愛の歌を歌っています。ロマンチックやセンチメンタルでなく、強烈な試練も乗り越えられる強さを表しています。主人公葉子が最後に強くより自由に成長した姿を、「愛の讃歌」を通して表そうと思いました。

ー物語では、仕事に没頭していた葉子がウズベキスタンの街の魅力に気づき、自由を取り戻します。日本では働き方についてたびたび問題になりますが、それに関して思うところはありましたか?

 働き方に関して一概にコメントはできませんが、休みを取って適切な時間働くのが最もだと思います。ですが働き方は業界や職種によっていろいろありますよね。映画業界、特に撮影は決まった時間働くということはできません。職種や業界にあった働き方をそれぞれが柔軟に見出してほしいですね。

〝今後は歴史を扱った映画を撮っていきたい〟

ー今後撮りたいテーマの映画はありますか?

 一度撮りたいのは現代ではない古い時代、歴史を扱ったものです。先の時代の戦争や明治維新など、どうなったか皆が知っているものですね。歴史の流れを知っている中で、登場人物が繰り広げるドラマを描いてみたいです。

ー最後に、トロントに滞在している学生やワーホリ生、日本人に向けてメッセージをお願いします。

 カナダに来ている人は、すでに自分の壁を乗り越えている人だと思います。今後もより広い世界に向けて壁を乗り越えていってください。

舞台Q&Aに監督登場

 登場した黒沢監督は冒頭で、「Thank you very much for coming to see the movie」と流暢な英語でご挨拶。「平日にも関わらずたくさんの人に聞きに来てもらって嬉しいです。皆さん仕事のほうは大丈夫ですか?(笑)」と呼びかけ、「トロント国際映画祭をきっかけに自分の映画が世界に知られるようになりました」と感謝を述べた。

 これから上映される『旅のおわり世界のはじまり』に関して、「この作品は驚きがある作品ですが、ホラー映画ではありません。主人公は怖い目に合いますが、幽霊や殺人鬼は全く出てこないので期待しないでください」と語り、たびたび会場を笑いの渦に巻き込んだ。

Q ウズベキスタンを物語の舞台に選んだのはなぜですか?

A 知り合いのプロデュ―サーから突然連絡を受けたことがきっかけでした。ウズベキスタンについては全く知りませんでしたが、これまでの自分の作品は東京が舞台で、主人公の日常に怪しいものが侵入し生活が変容していくものがほとんどでした。最初から最後まで日常を描かず、疾走し続けるような全く違う構造の映画を一度製作してみたかったので、ちょうどいい機会だと思い、オファーを受けました。

 スタッフが日本人、ウズベキスタン人の半々でしたが、撮影中はびっくりするくらいスムーズでした。ウズベキスタンの俳優やスタッフは、監督の狙い通り仕事をしようという責任感と熱意に溢れていました。

 特に、通訳のテムル役を演じたウズベキスタンの人気俳優アディズ・ラジャボフさんは、それまで日本語学習の経験がないばかりか日本語を聞いたこともないという状態でした。約ひと月で練習していただいて、結果誰よりもセリフの多い役を完璧に演じてくれました。驚くべきことに、日本人が聞いても皆通訳と信じるくらい、日本語を上手に操っています。どの地でも才能や責任感がある俳優さんは、監督の望む通りの仕事をしてくれると実感しました。

Q 主人公のオレンジの衣装が目立っていました。この色を選択した理由は何ですか?

A 主人公にどういう服を着てもらうか相当迷いました。遠くからでも一番目立つようにしたいのですが、ウズベキスタンの人たちの衣装は皆カラフルで、何色にすれば目立つだろうと考えました。オレンジ色もなくはないですが、一番目立つだろうという結論に至りました。

 仕事をしているときとは別に、主人公が素に戻るときの私服は地味な色やブルーが中心です。この時は足が見えるような服装を選び、人ごみの中でも目立つようにしました。

Q 主人公が遊具に乗るシーンはとても怖そうでしたね。

A あの遊具は本当に彼女に乗ってもらいました。見た目はとても怖そうですが、乗ってみるまで本当に怖いのかわからないし、怖くなくても怖い芝居をしてくれと伝えました。降りたあと、前田さんがもう芝居はできないですと言ってきました(笑)。ですが葉子と同じで、どんなに辛くても3回乗ってもらうと伝え、乗ってもらいました。女優さんですね。

Q 劇中の「愛の讃歌」が印象的でした。

A 前田敦子という女優は、もともと歌手から有名になった人です。この映画に彼女をキャスティングする段階で歌を取り入れようと思っていましたが、何を歌ってもらうか考え、自分がとても好きなこの曲を選びました。

 曲調も素晴らしいですが、歌詞が主人公の最後を飾るのにふさわしいと思ったからです。日本語では、世界が壊れても死んでもかまわないから愛する、という強烈な歌詞です。この強い気持ちを、少しでも主人公の最後に到達した境地として強く表現できるかなと思い取り入れました。