カナダ留学で人生のヒントを見つけ大学在学中にカミングアウトをし人生を変えたクィア・フェミニストKodyさん[人生のBEFORE AFTER]|特集 カナダライフBEFORE AFTER

「私は黙らない」でスピーチを行うKodyさん


 Kodyさんは高校生の時にカルガリーで1年間の留学を行い、大学ではスウェーデンに留学、そして卒業後はイギリスのサセックス大学院でジェンダー&メディア学を専攻した。現在は日本に戻っており、働きながら週末にはフェミニズムの運動に参加したり、LGBTQコミュニティーで活動を行っている。自身をクィアだというKodyさんにカナダ留学を経て得た教訓やカミングアウトをした際のことを語っていただいた。

ーKodyさんは現在どのような活動をしていらっしゃるのですか?

 働きながら、週末はフェミニズムやLGBTQに関する活動を行っています。今年の4月に新宿アルタ前で行われた「私は黙らない」でスピーチをしました。

 LGBTQ関連ではLGBTユースジャパンという学生団体があり、そこはLGBTQの問題に興味関心がある若者を集めてNYのLGBTQ支援団体を回るスタディーツアーへ行ったり、全国から同じような団体を集めて勉強会や交流会を主催しています。

 いまでこそこうして積極的に色々な活動をしていますが、子供の頃は女友達が多く、本を読むのが好きなインドア派でした。英語は姉の影響もあり、興味があったので英会話はやっていたのですが、高校生になるまで長期で海外に行ったことは無かったです。

性暴力は「女性の問題」ではない

ー「私は黙らない」ではスピーチをされたとのことですがどのような内容をお話したのですか?

 私が中学の男性教師から性暴力を受けた話をしました。日本でカミングアウトをしている人は少なく、そこで男性が男性から性暴力を受けましたと言うと、お前が女性っぽいからだといった目が向けられてしまうため、ただでさえ言いにくいのに当事者だと更に言いにくくなってしまいます。

 そこで少なくともカミングアウトできている私ならまだ言いやすいかなと思ったのです。性暴力の被害者は女性だけという考え方も変えたかったですね。性暴力の構図が女性対男性というものになっているのでそれを無くしたかったのです。一方で、性暴力の被害者は女性が圧倒的に多く、加害者は男性の場合がほとんど。そのため性暴力は「女性問題」とされがちですが、むろ加害者側の男性がなんとかしなけれならない問題だということを強調したくて参加しました。

ーご自身のセクシュアリティに気が付いたのはいつ頃でしたか?

 高校2年生の時でした。それまでは恋愛感情が一切なく、体の発育が一般的な人よりも遅いせいか思春期が来るのが遅かったような気がします。恋ってつい誰かを目で追ったり意識してしまうものだと思いますが、私の場合はそれが同性だということにある日気が付きました。ここでいつも難しいのが、異性愛者の人が「いつ異性が好きだと気が付きました?」と言われても答えられないように、私にとっても思い返すのが難しいものではあります。

「私は黙らない」には多くの人が駆け付けた


 ですがそのことに気が付いた時、自分に嫌悪感しかありませんでした。その時期、オネエというものがテレビに出てきたことが大きいです。そこに出ている人たちは下品なことを言い、男でも女でもないモンスターのように扱われており、当時は同性愛者やゲイという言葉を知らなかったので私も自分はオネエだと思っていました。その嫌悪感が高校の間はずっとあり、人と違うことに耐えられず、自殺願望さえありました。

 学校の授業でも一切その情報は無く、全員異性愛者で異性を好きになるって教科書に書いてあるくらいですからね。とにかくポジティブな印象や情報源が一切ありませんでした。だから自分一人が人と違うんだとずっと思っていましたね。もし英語という楽しいと思えることが無ければ本当に死んでたと思います。

ーご自身をクィアだとおっしゃっていますが、もう少し詳しく教えてください。

 クィアとは男女を二分とした性別のありかた、異性愛を中心とした性のあり方に疑問を抱き、そこには属さないよ、という人たちを指します。元々は変わっているとか変態といった意味がありますが、今は自己肯定的に、ラディカルに使われることが多いですね。

 カミングアウトした時は自身をゲイだと思っていたのですが、ジェンダーを勉強しているうちにゲイというのは自分が男性であるという考え方が前提になっていることに気が付きました。そこで自分ののジェンダーが断定できない・したくないと、そこがブレてしまうので、クィアの方が包括的ですし、私としてもしっくりきました。

ー高校でカルガリーへ1年間の留学をされたそうですが、何故カナダを選んだのでしょうか?

 英会話を始めたのは姉の影響が強く、そのかっこよさに憧れていました。幼い頃から姉の真似ばかりしていたので、自然と高校も姉と同じところに行くという流れにもなっていました。その滑り止めで受けようと思っていた高校で三者面談をした際、新しく設立されるコースが1年間の留学ができると知り、その高校を最終的な進学先に決めました。

カルガリーのホストマザーと


 その高校の留学先がカナダだったのですが、高校側としては英語のアクセントがそんなに強くなく、アメリカと比べて安全なため学校生活に集中できるとのことでした。

ーカナダ留学はいかがでしたか?

 すっごく楽しかったです。ホストファミリーと意気投合したことや、家族構成が似ていたこともあってとても馴染みやすかったです。今でも連絡を取り合っているのですが、2年前はホストファミリーの姉の結婚式にも参列しました。家の中でもたくさん会話をしてくれたので英語がとても伸びましたね。

自分を知るためのイギリス留学

ーカナダ留学はKodyさんの人生にどのような影響を与えましたか?

 誰かが言っていたのが「言語はウイルス」ということです。言語に触れてしまうと、その先の文化や思想までも体の中に入ってきます。いいか悪いかはその人の体験にもよりますが、言語を知ることでどんどん自分の中に新しいものが入ってくるので、ただ言語を学ぶだけというのはあり得ないと言われたことがあります。それを体感したのがカナダ留学でしたね。

 そして一番印象に残っているのは、家族同士の愛情表現の豊かさです。すぐにハグしますし、いいことがあれば喜ぶ。オーバーと言われたらそうですが私にはそれがとても心地よかったです。そこで学んだのが、自分を表現することは悪いことではなく、寧ろ思っていることを伝えるのは素晴らしいという事です。欧米圏ではそれができないと意見が無いと思われてしまいます。だからこそ欧米では色々な主義主張が頻繁にぶつかり合いますが、それと同時に、ある思いや悩みを持っている人が可視化されるようにはなっていると思います。

 ですが日本は考えていることや体験を言う人が少ないですし、言ったところで出る杭は打たれてしまいます。特に人権に関してはうるさいものとして扱われがちです。そして人々が声を上げなくなるからこそ問題が無いと思われているように感じます。

ー2回目の留学はスウェーデンだったそうですが、そこでSNS上でカミングアウトをしたのですよね?

 実は大学へ行く前、高校の親友の1人に打ち明けたことがあります。その時は一時間ずっと言えなくて、その間相手は気が気じゃなかったみたいです(笑)。実際に話してみたところ、親友は「そんなこと!?」と驚いていて、その後は言ってくれてありがとう、嫌いになんてならないよ、と言ってくれました。そこから次のカミングアウトまで3年はしませんでした。大学は秋田だったのですが、そこが良くも悪くも村のような場所でした。私は、大学に入学したらカミングアウトしたいと考えていましたが、まだ言い出すタイミングも勇気もなく言わないことに決めていました。当時のキャラ的にも恋愛しない人、中性的な立場でしたので。

 大学に入ってからはYouTubeを見るようになりました。自分でもなぜか分からないのですが、ある日検索欄に英語でゲイって打ち込んでみたのです。すると動画がたくさん出てきて、その中にはカミングアウトとついている動画もありました。動画を見てみると自分のセクシュアリティを告白している内容だったのです。時には泣きつつ、言葉に詰まりつつも最終的には今は幸せだと言うのが伝わってくる動画だったのでそれに大きな衝撃を受けました。この人たちすっごく前向きに生きてるぞって。

 そういった動画が何万本もあり、そこから元気をもらってゲイでも幸せになれるんだ、今まで自己嫌悪でセクシュアリティを隠して生きていたけれども隠さなくてもいいと思えるようになりました。隠してうじうじ生きるより、動画の人たちみたいに強く明るく生きたほうが幸せだと思い、感化されてカミングアウトを決意しました。

大学の卒業式で撮った親友との写真


 その後スウェーデンに留学をしたのですが、1日6時間程YouTubeを見るようになっていました(笑)。その時好きだったYouTuberが2人いて、その2人が2014年にカミングアウトしました。それ以前はその人たちが同性愛者だという事も知らず、しゃべりが好きだから見ていたので、驚きました。ですが、すごく背中を押され、今かもと思いましたね。感化されやすいんです(笑)。それで2人目のカミングアウトを大学の親友にしました。その後は留学先で仲良くなった10人にカミングアウトをし、悪い反応が一切ありませんでした。

 もう10人にカミングアウトをしたのだから、帰国したらまた隠して生きていくのは無理ですし噂が出ると思い、だったら言ってやろう、もう嘘はつきたくないと思って好きだったYouTuberと同じような言葉を使ってFacebookに動画を投稿しました。

スウェーデンで食事を楽しんでいるKodyさんとそのご友人

ーカミングアウトをした際、ご友人の反応は暖かかったようですがご家族はどうでしたか?

 まだ母にしか言っていません。というのも、スウェーデンから帰国した時は全員に言うつもりでしたが、まずは一番仲のいい母に言った所、父と2人の姉に言うのはもう少し待ったら?と言われました。母は嫌悪感の無い反応でしたね。ですが父が大学のお金を出してくれていますし、もし何かあった時に経済的に不利になるのはKodyだよ、待てるなら待ってみたら?と言われました。父はどちらかというと亭主関白で保守的な人なので厳しいだろうなと思っているのでまだ言っていません。

思っていることを表現するのは素晴らしいと知ったカナダ留学

ー3回目の留学はイギリスの大学院ですが、何故こちらを選んだのでしょう?

 大学でジェンダーの授業が無かったのでその分野の勉強をしたいと思っていました。セクシュアリティや自分の性のことを突き詰めて考えるとジェンダーだなと思ったので。今まで隠してきた部分だったからこそ考えてきませんでしたし、自分を知りたいという意識がすごく強かったです。日本だとそういった教育もなく、情報源も少ないです。一度自分が世間が決めたレール(異性愛者でない)からはずれてしまうと知りたいことがぼろぼろ出てきます。その一番大きなことがジェンダーでした。男は男。女の子を好きになっていくというのが自然で疑問を持たずに生きていきます。ですが男で同性が好きだと気づくとそれがどんどん崩れていきます。何をもって男なのか、男らしさって?という疑問が湧いてきます。それを一番解決してくれそうなのがジェンダー学でした。

 そして調べていくうちにイギリスにジェンダー&メディアというものがありました。そもそもの悩みが全てメディアに根付いていることやメディアに興味があったことを踏まえ、カリキュラムが面白そうだったのでサセックス大学へ進むことに決めました。

YouTubeにアップし、Facebookにも投稿したKodyさんのカミングアウト動画

ー大学院で得た学びはありますか?

 イギリスには合計で1年半住んだのですが、3回目の留学にして一番きつかったです。実は初めてホームシックになり、2回は帰国しました。まさか自分でも帰国したいと思うとは思いませんでした(笑)。

 きつさというのは勉強は勿論なのですが差別を目の当たりにしたからと言うのが大きいです。表立った差別は無くても、マイクロアグレッションのようなものを日々感じ、差別感情や抑圧を感じる毎日でした。

 例えばメディア学は白人の先生しかいない、外国の事例を出してくださいと言う割にはアメリカとイギリスにばかり絞っている、留学生が事例を出しても興味を示さない、といったことです。表立った差別は無くても、皆の心の中に既に出来上がっている思想や経験が見えて鬱のような状態になってしまいました。

 ゲイコミュニティーの中でも人種差別はすごく問題になっています。Grinderというマッチングアプリがあるのですが、そこでプロフィールに自己紹介としてどういう人が好きかと言ったことを書く場合があります。そこで人種を食べ物になぞらえ、チョコレートダメ、お米ダメ、ポテト好きという風に書いています。それぞれ黒人、アジア人、白人になりますね。特にアジア人に対しての差別は多いです。ゲイコミュニティーの中で3大モテない要素がアジア人、太っている人、女性的な人ですので、文字で「女性的なアジア人はだめ」と書いている人も中にはいます。そのアプリで私に話しかけてくるのは50代の白人男性ばかりで開口一番に下品な写真を送りつけてくるのが9割でそれがほぼ毎日のことでした。白人のゲイの子にそれを話したら、そんな失礼な人に会ったことが無いと言われ、そこで人種差別なんだという事に気が付きました。

違いに寛容な人が増えることを願う

ー様々なことを経験し、乗り越えてきたKodyさんの今後の展望を教えてください。

 違いに寛容な社会になったらいいなあと思います。自分が人を変えられるとは思いませんが、他の考え方もあるんだ、こういう経験をしている人がいるんだっていうことを知っていただき、そういう生き方もあるんだねという視野を持つ人が増えれば嬉しいです。普通と言うしがらみから解放されたいし、したいです。そういった活動をこれからも続けていこうと思います。


Kodyさんツイッター

twitter.com/PumpkingJack
user name: @PumpkingJack